KNIGHT 第1話

第1話




大手鉄道会社が沿線の開発を進め、切り開いた場所に多くの一戸建てを建設した。

当時、『緑多きニュータウン誕生』などと新聞をにぎわせた計画は、

10年の時を使い3区画に分けられた。

その最初に建てられた区画の一つが、私の家となり……


「いっくぞぉ! こっちだ!」


私の家が建てられたときには、まだ3区画目はただの山状態で、

立ち入り禁止にもなっていなかったため、子供達のいい遊び場になった。

『一戸建て購入』という夢を果たした親の年齢は、

人生に勢いをつける時期だったのかとても近く、集まる子供たちの年齢も

ほとんどが重なった。

小さい頃から、3つ年上の兄がいる影響で、

男の子たちと混ざって遊ぶことが好きだった私にとって、

この自然の山は、秘密基地を作ったり、泥だらけになれる口実を作れ、

タダで遊べることが申し訳ないくらい、大好きな場所だった。


「ミーが『ナイトレッド』やる」

「エーッ、またミーちゃんがレッドなの?」

「そうだよ、ずるいよね」

「なんで? いいでしょ、いけないの?」


男の子になんて、何も負ける気がしなかった。

幼稚園から小学校に上がってからも、運動会の徒競走は、ほとんどの男子に勝っていたし、

背だって成長が早かったからか、クラスでも高い方だった。

当時、子供たちの間で流行っていたヒーローものは、

『レインボーナイト』(虹色の騎士)と言われるテレビ番組で、

近所にあった遊園地では、日曜になるとショーが行われた。

私は父にせがみ、兄と一緒に何度も見に言ったし、色紙にサインももらった。

将来は自分も『正義の味方』になろうと、真剣に考えたことだってある。


「だったらいい、ミーは『レインボーナイトごっこ』やらない。
レッドやれないなら、やらない! じゃぁね、バイバイ!」


王様、いや、王女様だった私は、間違いなくわがままで、

いつも『ナイトレッド』しか演じなかった。

一番上に立ち、命令を下すレッドが一番かっこいいと疑わなかったし、

女だからピンクをやるなんて決まりを引き出す男子がいたなら、

手を出し口を出し、容赦なく言いくるめた。

私を怒らせると面倒だと思ったのか、

こうしてふてくされると、だいたい話は私の言うとおりに進んでいった。


「僕……」

「理久(りく)は『ナイトイエロー』やりなよ。洋服も黄色いから」

「エ……また? イヤだよ、僕は『ナイトブルー』が……」

「ダメ! ブルーはダメ! イエローやらないなら、入れてあげない」


いつも私にくっついてきたのは、島本理久。

引っ越してきた日も近く、隣同士だったため、親同士がすぐに仲良くなった。

理久の母親は病気がちで、入院することが多く、うちの母はそのたびに理久を家へ呼び、

私たちと一緒に食事をさせたり、父は兄と一緒に虫取りに連れて行ったりした。


病院に付き添う叔父さんの帰りが遅くなると、理久はよくうちの玄関で泣き、

男は強くて、我慢強いと教わっていた私にとって、

理久は『男』というより『弱虫』のイメージしかなくて、

それは中学生になっても変わることがなかった。





「おはよう」

「あ、おはよう……いずみ」


地元の小学校に通い、地元の中学校に通った。

私たちの中学校は3つの小学校が一つに集まり出来たところで、

同じような教育を受けたはずなのに、小学校それぞれの特色が出る。

近藤亜佐美は、私のいた小学校とは違う、別の小学校から来た友達で、

彼女の家は元々地元の大きな農家だったが、急激に開発され始めた流れに乗って、

いくつかの賃貸マンションを持っていた。

それでも地元意識なのか、どこかのんびりとしていて、

亜佐美といると、時間がゆっくり流れるように思えてしまう。


「ねぇ、ねぇ、いずみ。あのさ、島本君っていずみの幼なじみだよね」

「島本君? 誰それ」

「何言ってるのよ。島本理久。バスケ部の島本君よ!」

「あぁ……理久のことか。島本君なんて呼んだこともないから、考えちゃったよ」


亜佐美は教室の窓からカーテンの陰に隠れるようになり、

校庭をキラキラと輝く目で見つめた。

私がその視線を追いかけると、そこには友達とバスケットボールをしている理久が

確かにいる。


「何、亜佐美。あんた理久に惚れたの?」

「惚れたって……もう、いいの、憧れなんだから! ちょっといずみ、
余計なこと言わないでよ。たださ、島本君ってどんな少年だったのかな……って、
そう思って」


そんなこと知ってどうするの? と問いかけると、亜佐美は理久のことなら、

どんなに小さなことでも知りたいと、ストーカーのようなことを言い出した。

それならば……と、私の記憶から、色々な理久を取り出していく。


「そうだなぁ……おねしょが結構長く治らなかったかな」

「おねしょ?」

「そうそう、布団がさ……」


亜佐美は驚いた顔をして、そこから口がポカンと開いた。





「おい! いずみ!」

「何よ」

「お前なぁ……その口はどうやったら閉じられるんだ、ん?」


放課後、バスケ姿で文句を言いに来たのは、『ナイトイエロー』理久だった。

うちの中学バスケ部のユニフォームは黄色で、私はその理久を初めて見たとき、

おかしくて笑い転げたことを思い出す。


「似合う、似合う、あんたくらい黄色が似合う男はいないね!」

「うるせぇ! 聞いていることに答えろよ。お前、近藤に何を言った」

「近藤? あぁ、亜佐美? 理久がどんな子供だったかって聞くから……」



私はそこからさらに2段階くらいボリュームを上げて、

『おねしょが治らなかった』と叫んで見せた。

理久は人の口を思い切り抑え、真っ赤になる。


「バカ、叫ぶなよ」

「だって事実だもの。ノンフィクション!」

「お前……」



理久がいくらバスケに燃えようが、学校の中で小さなファンクラブが出来ようが、

私にとっては頼りなく、弱虫の存在には変わりなく……





「ただいま」

「あ、お帰り、ねぇ、理久君、呼んできてくれない、いずみ」

「理久? どうして」

「また、お母さんが入院しちゃったのよ。昨日からお父さんも出張でしょ。
もう中学3年生だしとも思うけれど、一人で食事はかわいそうじゃない。
一緒に食べたらどうかしらと思って」

「あいつ、まだじゃないの? 部活」

「ううん、さっき帰ってきたみたいなの。電気がついたから。ほらほら、いずみ」

「あぁ……もう……」


小さい頃から面倒を見てきた母にとって、理久は隣の子供以上の存在だった。

もう一人だって、泣かずに食べられるだろうと言いたくなったが、

私は逆らうことなく島本家へ向かう。

インターフォンを押しても反応はないが、

玄関から見上げると、理久の部屋の明かりはしっかりと見えた。


「あの男、出て来いっていうの! どうして私がお迎えにあがるのよ」


ブツブツ文句を言いながらも、無用心に空いている玄関から入り、

どこに何があるのかわかっている島本家の階段を、上がっていく。

2階の一番奥が理久の部屋。そこでも一度ノックした。





反応なし!





「全く……」


ドアノブを持ち右に回すと、ドアはすぐに開いた。

私が中へ入ると、ベッドに横になっている理久がいる。

耳には大きなヘッドフォンをつけていて、どうも眠っているようだった。

バスケに熱中している中学3年生、確かにいくら寝ても眠いのだろう。

私はヘッドフォンからつながっているコードを追いかけ、

その先にあったコンポへ目を動かした。

コードの横にはボリュームのコントローラーがあり、

右に回すと大きく、左に回すと小さくなることがわかる。


「起きなさいってば!」


ボリュームのコントローラーを思い切り右に動かすと、

驚いた理久の叫び声と、必死に耳からヘッドフォンを外す手が動いた。

勢いで振り払ったその手はコードを抜いてしまい、大音量は部屋中にあふれ出す。


「ちょ……ちょっと……」

「あはは……」


洋楽のわけがわからない叫び声と、慌てふためく理久がおかしくて、

私は部屋の真ん中で涙を流して笑った。全く、思ったとおりに引っかかる。

いや、私の想像以上に理久は慌てて、部屋の絨毯で肘をすりむいた。


「なんだよ、いずみ」

「なんだよじゃないわよ、おかあさんが夕食一緒にどうぞって」

「夕飯?」


ベッドに横たわっていた理久がいなくなり、目の前に1冊の雑誌が残された。

私はすぐにそれを手に取り、パラパラとめくる。


「うわ! 何これ!」


風船のように膨らんだ胸の女性が、『ほら、私を見なさい!』とばかりに、

ポーズを取りながら視線を送っている。


「いやらしい……」

「あ……おい!」


理久が私から勢いよく雑誌を取り上げようとしたので、

こちらも取られてなるものかと引っぱりかえす。

雑誌はホチキスで閉じられた場所から、何枚かのカラーグラビアが切れてしまった。

水着姿の女性が、理久の部屋の床から、必死に悩ましい視線を送る。


「キャー、こっち見てる」

「うるさいなぁ、いずみ。お前これ……」

「これが何よ。宝物だとでも言いたいの?」

「……出て行け!」


私は理久に腕をつかまれ、そのまま部屋を追い出された。

中から鍵をかけられてしまい、そこからは何を話しかけても反応しなくなる。


「ちょっと、夕飯食べないの?」

「いらない!」

「何よ、人の好意を!」

「帰れ!」


悔し紛れに私は理久の部屋の扉を、一度軽く蹴り飛ばしてやった。

階段を下りながら、妙な感覚が胸に残る。

いつの間にか、理久だけ大人になってしまっているような、

そんな思いが心を通り抜けた。





「水着のグラビア?」

「そう、あいつ、いやらしい本を持っていたの。それでケンカした」

「……それはお前が悪いよ」


理久が来なかったことを気にした兄に、

私はアイツが女性のいやらしい雑誌を持っていたと、正直に語った。

3つ違いの兄は高校3年生で、それなりにお付き合いしている彼女もいる。


「中学3年生だろ、一番そういう本に興味がある時なんだ。
お前だって女同士集まれば、あの男の子がかっこいいとか、そんな話しするんだろ」

「するわよ、それと違うでしょ」

「同じだって……。でもないずみ。いつまでも理久を子供扱いするな。
あいつ背も高いし、顔もいい男だし、知らない間に誰かに持っていかれるぞ」

「何、それ」

「気づいた時には、間に合わないってこと」


理久が男?

冗談じゃない。私はそう兄に言い切った。

それが証拠に、私は雑誌を見つけて部屋を追い出されて以来、

あいつと口をきくことを避け続けた。

謝ってくるまで話しかけても、絶対に答えてやらない。

そんな日々を過ごしていたら、いつの間にか、私たちは進路決定の時期だった。







第2話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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始まりました!

yokanさん、こんばんは

>いずみちゃんに恋心が芽生えるのはいつになることやら・・・

そうですね。
ただいま、中学3年生。
さて、いずみはどんな『恋』に気づくのか、
理久はどんな『男』になっていくのか
物語は始まったばかりなので、
この先も、ぜひぜひ、お付き合いくださいね。

始まりました!

ナイショさん、こんばんは

楽しみにしてくださって、嬉しいです。


>幼なじみの二人、どんな成長をするのか、楽しみです。

ありがとうございます。
毎日、二人の成長を楽しんでくださいね。