32 Gift 【贈り物】

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仕事を終えた悠菜は、帰りの電車に乗り込むと、空いている場所を探し、

隅の吊り輪を掴んだ。背中を少し壁にかけ携帯を開き、

昼間撮った昴の顔を呼び出してみる。

『salon』を離れなければならないとわかった日から、

昴への思いはさらに大きく膨らんだ。

そばにいられたらいいという憧れから、心はさらに上を求め、

一人の女性として、寄り添いたい願いが強くなる。

昴の横顔を見つめていると、メールの届く音が聞こえた。

相手を確認すると綾音であることがわかる。

悠菜は写真から画面をメールに切り替えた。



『悠菜さん、クリスマスの予定は、空けておいてね』



綾音からの文面はそれだけで、かわいらしいハートがたくさん並んでいた。

悠菜はすぐに、『クリスマスは裕と過ごさないのか』と返信する。

返信の返信は、綾音からすぐに届いた。



『私じゃないですよ、兄のことです』



綾音は、昴が必ず悠菜さんを誘うから、予定を入れないで欲しいと、

文章の終わりに、頭を下げている絵文字を何度も繰り返し入れてきた。

悠菜は文面を見ながら、昴の仕事姿を思い出す。

自分を見ているわけでもない昴の横顔、しかも思い出すだけなのに、

悠菜の鼓動は少し速度をあげる。

綾音の言うとおりになってくれたらいいのにと願いながらも、

そんな心の内を読まれたくなくて、『からかわないで』とうらはらの返信をした。


二人のメールはそれからしばらく続き、綾音からの『恋』の応援に、

落ち込みかけた悠菜の気持ちは、少し上向きへと変化した。





しかし、綾音の応援通りに現実はうまく行かず、

クリスマスまであと5日となった日でも、昴から悠菜への誘いはなかった。

プレゼントしてもらったチョコの箱を、クリップケースとしてデスクに置き、

自分がどれだけ嬉しかったかをアピールすることはするのだが、

贈り主である昴には、そのアピールが届かないのか、何も変化がなかった。


「ねぇ、住友さん。住友さんはクリスマス、彼とどこに行くの?」


隣に座る同僚、前川は、彼氏がいるものだと決めつけ声をかけてきたが、

悠菜は笑ってごまかすことしか出来ず、その日も昼食を迎える。

いつもランチをともにする女子社員たちは、

それぞれが、どう彼氏とクリスマスを迎えるかの話しで盛り上がり、

悠菜はただ聞き役に回ることしか出来なかった。

そんな形式的な付き合いにも、気持ちに限界があり、

悠菜は書店に寄るからと理由をつけ、メンバーから外れた。

オフィスビル街にある大きな書店に向かい、

店頭においてある雑誌の表紙を見ていると、

情報雑誌には当たり前のように『クリスマス記事』が組まれている。

その中に『素敵な夜景を彼と楽しめるホテル』という特集を組んだ雑誌があり、

悠菜は手に取りパラパラめくり始めた。

『ちょっとリッチな気分になれるのなら』とサブタイトルが入っているホテルは、

『STW』の秘書、江口と待ち合わせした『オンブランジュ』がある

『THE CAPE TOKYO』だった。

宿泊料金と、その部屋の写真を見ていると、

以前、昴が宿泊者専用のエレベーターから降りてきたことを思い出す。

ランチをした同僚が、昴はどこかのお嬢様と付き合っているのではないかという

噂話を披露したことまで、頭に浮かび上がった。


悠菜は、綾音に応援をされ、その気になっていたが、

もう手前にまで来てしまった『クリスマス』の誘いがないのは、

昴には他に予定があるのだと、思い始める。

これだけの高級な部屋で過ごす女性は、どんな人だろうかと思いを巡らせていると、

隣に人影を感じ何気なく横を向いた。


「ここの店は、立ち読みにうるさいですよ。
2、3分もすると店員が、はたきを持ってウロウロとし始めます」


隣に立ったのは、同じように昼食を終えた昴だった。

悠菜はすぐにページを閉じ棚にしまうと、

どんなものを読んでいたのかわからないように、別の雑誌を前に立てる。


「そうなんですか、それじゃ……」

「住友さん」

「はい……」

「明日は……予定がありますか?」

「明日?」


明日は19日で、クリスマスではなかった。

しかし、せっかくの誘いだと思い、空いていますと返事をする。


「そうですか。それなら……食事でも」

「はい」


昴は営業で外へ出るので、携帯に連絡を入れますと笑顔を見せ、

始めから買う予定だったのか、1冊の雑誌を手に取った。

レジに向かおうとする昴の背中に、悠菜は、ふと沸きあがった思いを口にしたくなる。


「畑野さん」

「はい」

「クリスマスには……」


悠菜は、言い始めて『まずい』と思い、一瞬言葉を止めたが、

こうなったら明らかにした方がいいと、思いのままを昴に問いかけた。


「クリスマス、あの……24日には、別の方と予定があるのですか?」


悠菜にしてみたら、『告白』とも言えるくらいの発言だった。

もし、昴に恋人がいるのなら、変な期待を持つことは無駄なことで、

ハッキリ気持ちに区切りをつけようと、そう思っての発言だった。

昴はいきなりの問いかけに、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに優しい顔になる。


「……いえ……」


悠菜が『それならば……』と言う少し前に、昴の方がその言葉を口にした。

クリスマスの日にも、一緒に食事をしましょうという誘いに、

悠菜はあらためて『はい』と返事をする。


レジに向かった昴の背中を見つめながら、悠菜は思い切ってよかったと、

少し大きく息を吐いた。





昴が会計を終え、雑誌のある場所に戻ると、悠菜はすでに店を出たあとだった。

悠菜が見ていた雑誌を、また別の女性がつかみ、読み始める。

『素敵な夜景を彼と楽しめるホテル』という特集記事のタイトルがわかり、

昴は、雑誌を慌てて隠した悠菜のことを思い出し、口元をゆるめた。





「夜行バス?」

「うん……」


綾音のクリスマスは、福岡の裕と待ち合わせをし、

大阪にあるテーマパークに行くことが決まっている。

その時間を有効に使うため、前日、互いに夜行バスで移動する計画を披露した。


「慌しいな、それじゃ」

「そうなんだけど、裕さん仕事が年末まであって、大変なんだって。
休みの時に調律してほしいという音楽教室とかもあるみたいだし」

「そうか……」

「いいの、いいの。お金はなるべくかけないようにしないと」


綾音が裕と付き合いをすることは、すっかり兄妹の間では認められた事実だった。

綾音は、クリスマスプレゼントだという紙袋に、メッセージカードを入れていく。


「お兄ちゃんは悠菜さんと食事でしょ、クリスマス」

「……ん? うん……」


悠菜と昼間に会ったとき買った経済誌を読みながら、昴は軽くそう返事をした。

綾音は、あまりにもあっけなく認めたことに驚いたが、

変にからかうと怒られそうな気がしてそこから黙ってしまう。

それでも、無愛想に見える兄が、悠菜をきちんと誘ったのだとわかり、

自然と顔がほころんでいく。綾音はそんな表情を隠そうと、携帯電話を開き、

メールを打とうと下を向いた。





悠菜と昴が食事を約束した19日、その日は朝から雨になった。

冬の冷たい雨が道路に水たまりをつくり、営業マンたちの動きを鈍らせる。

納品を終えた商品チェックを済ませ、社長室へ向かうと、

子供が3人いるという店の社長が、届いた荷物を棚に押し込んでいた。


「あぁ、申し訳ない畑野さん。届いた荷物を隠しておかないとならなくてね」

「クリスマスですか」

「そうなんだよ、子供たちには、
サンタがプレゼントを持ってくることになっているだろ、
上の自宅には置けないからと女房がうるさくてね、それでここで毎年入れているんだ」


昴は書類をデスクに置くと、赤い袋に大きな緑のリボンがついている袋を見た。

綾音が小学生の頃は、何かとプレゼントを買っていたが、

ここ数年、クリスマスのプレゼントなど、買ったことがなく、

赤と緑のコントラストが、妙に新鮮に見えてしまう。


「クリスマス……ですか」

「あぁ、男には面倒なものだよなぁ、
子供にはサンタの振りをして買ってやらないとならないし、
契約を済ませたはずの女房にも、なぜかねだられるし……」


昴は、裕のためにプレゼントを用意していた綾音のことを思い出す。

今日は19日だけれど、24日に悠菜と会うときには、何か用意しておくべきなのかと、

またリボンに視線を向けた。





「売り上げは、春に比べてずいぶん伸びたそうです」


その日の食事でも、昴と悠菜の話題は、仕事のことだった。

いつも同じものしか仕入れようとしない店に、どう別の商品をアピールするか、

売り上げの伸び悩む店に対する営業の仕方など、堅苦しく思えるような話をし続ける。

昴は、今までの経験を悠菜に語りながら、その返事をもらう間に、

身につけているものを、何気なくチェックした。

耳にはイヤリングもピアスも特になく、腕にしている時計もまだ新しそうだった。

横に置いてあるバッグも確認するが、ずいぶん親しくなったとはいえ、

いきなり身につけるものや金額の張るものを贈れば、

構えてしまうかもしれないと考える。


「畑野さんは、どう思われますか?」


昴が悠菜に渡した質問の答えを返しながら、さらに悠菜が尋ねて来た。

今度は昴が『具体案』を示しながら、過去の事例を説明する。

昴の言葉が進む間に、悠菜も話を聞きながら、

同じように身につけているものを細かく見た。

先日もらったチョコレートのお礼もあるため、

24日には何かを用意しようと思ってはみるが、ネクタイなどを贈ると、

親しげな行動過ぎるのではないかと考えてしまう。

それでもまた、ワインなどでごまかすことは、

自分の気持ちをそこに込められない気がして、話を聞き頷きながら、

出された紅茶に口をつけた。


「あ……そうだな、住友さんに頼めばいいのかもしれない」


昴はそういうと、橋場から正式に『部長代理』のポストを引き受け、

以前のように、一人で店舗周りが出来なくなったと話す。


「何度も足を運んで、商品の価値を知ってもらうには、今の僕は少し時間が足りない。
そうだな……橋場部長に話をしてみるよ」

「橋場部長にですか?」

「うん、3つほどある取引先を、住友さんと、あと郷田君や寺前君に振り分けたら、
もう少し丁寧に出来るかもしれないと、そう思って」


昴は、自分の持っている営業先を、若手の社員に振り分けるつもりだと語り、

コーヒーカップをつかんだ。


「住友さんなら、安心して任せられる」


昴が大切にしてきた取引先を引き継げることは、

悠菜にとってさらなる共通点が生まれる気がして、嬉しい話だったが、

それが出来ないこともわかっていて、無責任に引き受けられないと顔を上げる。


「畑野さん、私はダメです」

「ダメ? どういう意味?」


3月いっぱいで『salon』を退社することを、告げようとした口は力なく閉じ、

あらためて口を開いた悠菜は、真実を隠すための繕い話を作り出す。


「本社に入ってから、ずいぶん突っ走ってきた気がしているんです。
橋場部長から『トランプ』を別の方にと言われたのも、
おそらくそういったところからかな……と」


悠菜は、昴に本当のことを言うことが出来なかった。

もし、会社を辞めるのだと言ってしまったら、こうして『営業論』を語る必要がなくなり、

食事に誘ってもらえなくなるのではと考える。

いずれ、明らかにしないとならない話でも、

できるだけそばにいられる時間を削りたくなくて、ついウソを作ってしまった。


「そんなに遠慮することはないと思うよ。住友さんはしっかりとやっているし、
決して数を持ったからといって、手抜きをしているわけでもないだろう」


昴の言葉に『ありがとうございます』と返事をしながら、

結局、悠菜は提案を受けることなく、その日の食事を終えた。





次の日、昴は午前中、いくつかの店舗を回り、

自分が『部長代理』のポストになったこと、

来年からフォローの難しい部分もあるため、

もう一人担当がつくかもしれないという話しをして回った。

長年、昴の営業を信頼し、取引をしていた店ばかりで、『対応が変わらなければ』と

『何かがあれば昴が対応してくれる』ことを条件に、全店舗がOKを出してくれる。


「それでは、よいお年を」

「あぁ、畑野君もね」


年内は最後になると挨拶を済ませ、昴は店舗を出た。

商店街の店はそれぞれが、クリスマス色を輝かせている。

いつもならすぐに地下鉄への階段を下りるところだが、

慌てて営業部に戻る予定もないため、地上を歩いていると、

数件先に『手作りの革工芸』の店『みつばち工房』を見つけた。

店舗の大きさは、他の店の半分くらいだが、一番奥に職人が入る小さな部屋があり、

革の匂いが店先まで漂ってくる。

一番手前に置かれた小さな花と1匹のみつばちを型押ししたケースは、

外側だけの作りになっていて、中身を好きなようにアレンジでき、

名刺ケースとして利用したり、また定期券を入れることも可能だった。

昴は派手な花ではないかわいらしい小花模様に、ふと悠菜のことを思い浮かべる。


「すみません……」


中で商品の整理をしていた店員が、昴の問いかけに『はい』と返事をした。





「住友さん、これ、印鑑押してもらえる?」

「あ……はい」


昴が店の中にいた頃、悠菜は領収書をまとめた書類にサインをし、

バッグから印鑑を取り出すところだった。

印鑑のケースは『手作りの革製品』で、悠菜がまだ大学生だったときに買ったものだ。

印鑑入れは、もう7年くらい経っていて、確かに古くはなってきているが、

本物の革を使っているため、丈夫で、風合いも増している。

いつもなら特に気にすることなどない瞬間だったが、悠菜は動きを止めた。

『本物』だからこそ、味わえる感覚がそこにある。


「何? どうしたの? 何か間違っている?」

「いえいえ、違います、ごめんなさい」


悠菜はケースから印鑑を取り出すと、自分の名前の横にしっかりと押した。

経理担当の社員は『ありがとう』と声をかけ、営業部を出て行く。


「私、ちょっと出かけてきます」

「あれ? もうすぐランチだよ、行かないの?」

「ごめんね、今日はパスさせて」


悠菜は同僚に両手を合わせて謝ると、ホワイトボートに取引先の名前を記した。

橋場は12時半過ぎの到着予定になっている。

今から急いで向かえば、特に指摘されることなく営業部に戻れる時間があった。

悠菜はバッグを肩にかけ、少し足早に営業部を出て行った。





悠菜が向かったのは、『みつばち工房』だった。

もちろん、昴が少し前に来ていたことなどしらないが、

悠菜にとってこの店は、思い出の店だった。

悠菜が通い続けた大学が、この店から歩いて10分くらいの場所にあり、

この商店街の中にあるクリーニング店で、人生初めてのバイトをしたからだ。

バイトをした時に、毎月『給料明細』を受け取らなければならず、

それを知った母が、悠菜の印鑑を作ってくれた。

始めはプラスチックの安いケースに入れていたが、

大学の友人からこの店の存在を教えてもらい、母から買ってもらった印鑑を入れるため、

初めてのバイト代金で買ったのが、この店の印鑑ケースだった。

はんこも、ケースも、悠菜にとっては忘れられない思い出になっている。


「すみません……」


悠菜は、何年かぶりに思い出の店に入った。





同じ頃、営業部に戻った昴は、さいたま支店から戻ってきた橋場に、

ある提案をしたところだった。


「部長代理になり、正直、以前のような細かい営業が出来ないのも事実です。
私が無理に抱え込むよりも、若手の社員に振り分けが方が、いいかと思いまして」

「そうか……そうだな。確かに、畑野君にはこれから、
管理的な仕事を増やしてもらわなければならないし、いいんじゃないか」

「ありがとうございます」


昴は、自分の提案に橋場がOKを出してくれたことにほっとし、

具体的に話しを進めた。笠間は『トランプ』を受け持ったため、

郷田と寺前と、そして悠菜の名前をあげる。

その瞬間、笑顔だった橋場の顔色が、変化した。


「……住友さんは……今回、外そう」


思いがけない橋場の言葉に、それまで順調に語っていた昴の言葉が止まる。

橋場は、別の社員の名前を挙げるが、昴はなぜ悠菜ではダメなのかと食い下がった。


「住友さんではダメだと言う理由を教えて下さい。
彼女は子会社から来ましたし、女性ですが、仕事はしっかり出来ています。
実際、『トランプ』を任せても出来ると思いましたが……」


昴の言葉に、橋場はバツの悪そうな顔をして、

なんとか察して欲しいという表情を見せる。

何も知らない寺前が書類を見せに来たため、とりあえず昴は席へと戻った。





「ありがとうございました」


その頃、橋場と昴が話したことなど、何も知らない悠菜は、

昴に渡すためのクリスマスプレゼントを買い、両手で大事に包み込みながら、

営業部へ戻るため駅へと急いでいた。





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