KNIGHT2 第1話

★1話




『大手鉄道会社』が切り開いた住宅地。

駅からは少し登り坂だけれど、交通の便はいいし、駅前には馴染みのスーパーもある。

区画を分け、3段階に建てられた35軒の家は、

自然とそれぞれの時代に合わせた建て方になった。

土地の価格は変動し、全く同じ広さではないが、まぁ、住み心地は悪くない。

幼い頃、私の遊び場だったところも、年数を重ねどんどん家が建った。

隠れ家にした木や、捨てられたタイヤなど、もうどこを見ても残ってはいない。


一斉に、あちこちから引越しが行われ、

ご近所に、同じくらいの子供たちがあふれかえった時期もあったが、

今ではすっかり大人になり、ここを旅立った面々も少なくない。

もちろん、旅立たないものも、いるわけだけれど。





「理久! 理久ってば、ねぇ、出来ましたけど」


夜7時のニュースを見ながら、私は島本家の台所に立ち、

8時の番組が始まる頃には、なんとか作り終えた。

今日はおじさんの帰りが遅いので、おかずは少し冷めた段階で、お皿に入れて、

ラップをかけておかないとね。

リビング横にある階段、理久はそこにいたはずだけれど。


「あれ?」


少し前までここで一緒にニュースを見ていたのに、携帯が鳴って、

挨拶しながら出て行ったところまでは見ていた。

相手は同じ学校の先生。

そう、理久は大学の4年間、精一杯ハンドボールに打ち込み、

1年の『教員免許浪人』を経て、昨年見事に合格。

ここから電車で40分くらいの場所にある『大渕中学校』の体育教師になって、

二年目を迎えた。もちろん、ハンドボール部顧問も頑張っている。


「ねぇ、理久! 上なの?」


扉が開く音がして、理久が携帯を耳に当てたまま出てきた。

その左手が私を掃きだすように、前後に動く。


「なにそれ、邪魔ってこと?」


目だけはこちらを向いた理久に、私は左手を茶碗、右手を箸に見立てて、

『夕食が出来たから』の合図をした。理久は頷きながら、また扉を閉めてしまう。


「もう! 1週間ぶりに作ったのに!」


とりあえず食卓へ戻り、私は一人テレビを見た。

テーブルに置いた携帯が揺れ、私宛にメールが届いた。相手は会社の高井部長。



『明日からの巡回、北沢も同行になったから。
堀切しゃん、ひとりで行かないでよ ☆ヽ(▽⌒*)よろしくぅ♪ 』



堀切しゃん?



そう、私の名前は、堀切いずみ。こうして島本家に出入りはしているものの、

まだ、理久のすばらしい……はずのプロポーズは受け取っていないため、

お嫁さんではない。

それにしても高井部長、『☆ヽ(▽⌒*)よろしくぅ♪』って、顔文字好きだな。

『了解しました』と、あえて全くしゃれっ気のない返信メールを送り、

リビングに出ていた座布団をしまおうと、奥にある和室の襖を開けた。

ここは島本家の客間……


「あれ?」


つい、この間まで客間だった場所には、おじさんのたんすや、

小さなテレビが置いてあった。


「ごめん、いずみ。電話終わったよ。食事しよう」

「ねぇ、理久。これ、どうしたの?」


島本家の客間が、急な変化を見せていたことに気付き、理久に尋ねた。

理久は、一昨日の休みに、移動したと教えてくれる。


「親父と二人でたんすを上と下にわけて運んだんだ。結構腰にきた。
引越し業者の人は、大変だな」

「いや、腰がどうのこうのじゃなくてさ、これ、おじさんの荷物だよね」

「あぁ……」

「あぁ……って。おじさん、ここに寝ることにしたの?」

「そうだけど」

「どうして?」


おじさんとおばさんの寝室は、2階の一番奥にあった。

おばさんが買ったというお気に入りのたんすには、花の模様が彫ってあり、

私は小さい頃その細かい花模様が大好きで、よく見に来た覚えがある。

観音開きのたんすは、かくれんぼのいい隠れ場所だった。


「あの部屋は、もう広くて嫌なんだと」

「嫌?」

「あぁ、親父はここで自分が寝た方が、全て1階で用事が済むし楽だからって」

「じゃぁ、2階は?」

「今は俺が部屋で寝るだけ」


2階には、理久の部屋を含めて3部屋がある。

堀切家と島本家は隣同士、しかも同じ時期に建てられた家のため、

構造もほとんど似ていた。


「いずみ、ほら、食べよう」

「ねぇ……」

「なんだよ、今度は」

「おじさん、私たちのことを考えてくれているのかな」


劇的で感動的なプロポーズはまだだけれど、堀切家、島本家では、

私と理久の将来は、ほぼ約束されたようなもので、

おじさんはきっと、2階を私たちが独占できるように、そう考えて、

下へ移動したのではないかと、思ってしまった。

おばさんと過ごした、思い出のある大切な部屋。

この家は、おじさんがおばさんと建てたものなのに、

思い出も生活も縮小してしまうなんて、なんだか申し訳ない。


「申し訳ない?」

「うん、あの部屋は、おじさんとおばさんのものじゃない。
私だったら理久の部屋で寝られるから十分だし、もし、将来子供が生まれたとしても、
その隣に部屋がある。あの部屋は……」


理久のお母さん。

私たちが幼い頃から病気がちで、よく入院と退院を繰り返していた。

救急車でおばさんが運ばれると、おじさんはそれに付き添って、

留守番になる理久を、堀切家でよく預かった。

おじさんが病院から戻ってくるのを、うちの廊下で泣きながら待っていた理久の姿。

私はそんな辛さや悲しみなんて幼い頃はわからなくて、『弱虫』だとばかり思っていた。


「いいじゃないか、親父が決めたことなんだ」

「よくない」

「どうして」

「だって……」




……おばさんの思い出が、消えてしまうようで。




私がそれを、消してしまうようで……




「親父には、親父の思いがあるんだ、いずみ。
お袋の思い出も、しっかり持っているだろうけれど、
でも、新しいものも受け入れたいと思っている」

「新しいもの?」

「あぁ……お前がこうして食事を作りに来てくれる日は、帰ってくるのが楽しいって、
レンジで温めながら、いつもそう言うよ」

「本当?」

「本当だ。だから、気にするな」


ご近所のお嬢さんが、お嫁さんになる。

理久のお父さんが、私のお義父さんになる。

それは同じようで、同じではない出来事。


「言い方を変えれば、親父がその変化を望んでいるってことなんだからさ」

「うん……」


温めたお味噌汁を出して、いただきますの挨拶をする。

箸もそれぞれ動き出して、順調に食事が始まった。

私は、会社であった出来事を理久に聞かせたくて、食事半分、会話半分。


「ん?」


また、理久の携帯が鳴り出した。

理久は相手を確認すると、席を立ち、受話器を上げる。


「はい……いえいえ、大丈夫ですよ、はい……」


せっかく高井部長の話をしようと思ったのに、さっきと一緒。

時間を見てかけてくれたらいいのに、この時間って普通夕食じゃないの?


「いや、立花先生は間違っていませんよ」


『立花ゆかり』先生。

理久の勤める『大渕中学校』に同じく昨年採用された女性教師。

食事の支度中にかかってきた人と一緒だった。

そんなに何度も電話をかけないとならないくらい、重要な問題が起こったわけ?

私だって、近頃残業とかあったりで、理久とゆっくり話がしたいのに。


「すみません、今、静かなところに行きますね」


何も話していないのに、なぜか理久にうるさいと思われてしまう。

あぁ、そうですか。きっと、この無言の視線が、うるさかったのでしょう。

いいです、いいです。一人で食べますから。



結局、理久はそれからまた30分間、食卓には戻ってこなかった。





「電話?」

「そうなのよ、いくら同期で同じ2年の担任同士だからといって、
家に戻ってきてからそう何度も電話をかける必要ある?」

「ある? って理久君にはあるんだろう」

「理久にあるわけじゃないの、立花先生がかけてくるの」


私は堀切家に戻り、リビングでくつろぐ両親に向かってそう愚痴をこぼした。

父は新聞を読みながら、教師なのだから、突発的な問題も色々と起きるのだろうと、

理久をかばう。


「でもね、電話を終えた理久に、こっちも話があるからって言ったら、
私になんて言ったと思う?」

「さぁ」

「いずみの話は、半分が無駄話だって」


そうなのだ。何度も携帯に出て、長い話をしていたわりに、

私が話をしたいという気持ちは真剣に捕らえられず、終いにはそう言われてしまった。


「無駄話かぁ……」


父は娘が怒られたことに、怒ることなく笑っている。


「何いずみ、その立花先生って、女性なの? 若いの?」

「そう、『大渕中学校』2年目なんだって。同じ2年の担任同士だから、
理久に相談しやすいのはわかるけれど、学校で会っているでしょ、
学校で話せばいいのよ」

「そうよねぇ、家に帰ってきてまではねぇ」


やはり、ここは女同士。

母の方が、私の気持ちを理解してくれている。


「……ちょっと気をつけないとね。理久君、学校でも評判がいいって、
この間、『ボディフル』のお友達から聞いたのよ」


『ボディフル』とは、ワンコインで好きなフィットネス器具を使い、

主婦が気楽にするダイエットらしいが、始めて半年、母にはまるで変化がない。

あるのは、茶のみ友達が増えたことくらいだ。


「そうよ、『ボディフル』メンバーさんの中にね、
お孫さんが『大渕中学校』に通っている方がいて、
島本先生って名前を出したものだから、
お母さん、『うちの息子……みたいなものです』って挨拶したのよ。
そうしたら、いい先生だ、いい先生だって言われちゃって、なんだか嬉しくなったわ」


母は洗った食器を拭きながら、理久がどれだけ頑張りやでいい青年かを、

そのおばあちゃんに語ったと自慢げに言った。

我が家でも、理久はすっかり『息子』扱いになっている。


「あぁ、ほら、母さんが話し始めると、お前と一緒で、本筋からどんどん離れていく。
話をした時に、浮かんだことが重なっていって、どんどん膨らむ。
余分な風船を針で割ってみろ。お前たちの話なんてな、こんな小さくなるもんだ」


父はつまみに出されたピーナッツを指でつかみ、それを口に放り込んだ。

話の『内容』はほんの数秒で、すっかり口の中から消えてしまう。


「何よ、お父さん。私の話がそれだけ無駄が多いって、理久と同じことを言うつもり?」


頭にきた。親なら、娘をかばってくれるものじゃないの?

全くもう。


「お前たちはまだ、探りあいの時期なんだ。いいか、結婚して年数を重ねると、
そんなことも自分でコントロール出来るようになる。
俺なんてな、お母さんの話を、ほぼ80%くらい聞き流しているぞ。
話をさせて、泳がせて、それで気持ちよくなってくれたら、夫婦の生活もうまくいく。
まぁ、理久君にはまだ、お前を泳がしてくれるだけの余裕がないのだろう」

「泳ぐ? 私は魚でもイルカでもないですから」


お父さんの前においてあるピーナッツを片手でごっそりつかみ、

『無駄話』と言われた悔しさを、歯ですりつぶした。





第2話


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