KNIGHT2 第3話

★3話




理久の同僚、立花先生の話から、学生の話になって、

なぜか、私の思い出したくない思い出話にたどり着く。

これは話を元へ戻さないと、どんどんそれてしまいそう。


「とにかく、よく話して笑って怒るなんてたとえの仕方、しないでよね。
自分の婚約者なんだからさ、優しくて、心があったかくて、
もったいないほどいい女だとくらい、話してみなさいよ」


理久が食べ終えた食器を流しに移動させ、

私のくだらない思い出話からも移動させる。


「そんなこと、同僚の前で言う男はいないよ」


理久の湯のみを戸棚から出して、お茶を入れてあげる。

先月、我が家に届いた新茶、島本家におすそ分けしたもの。


「そんなことは、俺が心で思っていればいいことだ……」



『優しくて、心があったかくて、もったいないほどいい女』



へぇ……そう思ってくれているの? 理久。

今の言い方だと、そうだよね。


「お茶、入れたよ」

「あぁ……」


私たちは、くだらない思い出も、みっともない姿も見せ合ってきた幼なじみ。

今更、キザなせリフを、面と向かって言えないことくらい、私が一番知っている。

そう、心で思ってくれているのなら、それで十分なんだけど、

時々こうして、わざと言わせてみたくなるのよね。



『いずみがいい』って、言わせてみたくなる。



……ごめん、理久。



片づけを終えて、借りてきたDVD鑑賞。

昔、『東海林ぽんすけ』を借りた店は、いまだに健在で、結構休日前は混雑する。


ソファーに寝転ぶ理久。その前に座る私。

しばらく映画鑑賞を続け、時計は夜の9時を過ぎる。

今日はおじさん夜勤なんだよね、戻ってくるのは朝だって……

私も横になって見ようかなと、セリフを一つだけくっつけて、

理久の前に寝転んでみる。


「頭邪魔? 見えない?」

「いや……」


理久の左手が私の前に回ってくる。もう、お互いにわかるんだよね、

どういう気持ちでいるのかがさ。

映画も見たいけれど、続きも気になるけれど、でも……今は……

理久と……





「あはは……」

「花子、ちょっと大きな声で笑いすぎなのよ」


その週末、私は仕事でインドネシアに行き、戻ってきた花子と食事をすることにした。

花子とは『松が丘高校』で出会い、一緒に吹奏楽部へ入った仲間。

私の色々な『恋』も、一番知ってくれている。


「ごめん、ごめん。だっておかしくてさ」

「私はおかしくないでしょ、理久がおかしいの」

「はいはい……」


花子は『慶城大学』を卒業し、商社に入った。

男性に混じり、外国との輸入交渉に当たるほどのキャリアウーマンぶり。


「それだけいずみに気を許しているのよ、島本君は」


そんなキャリアウーマン花子に私が語ったのは、そう、理久の愚痴。

おじさんが夜勤で遅くなるあの日、映画を見ていたけれど、

お互いに言葉にはしなくても、気持ちはわかるはずで、

私は理久の前で寄り添うようにソファーで横になった。

理久だって、私の前に左手を回してくれて、

その手は自然と、二人の時間へ導いてくれるものだと思っていたのに、

耳に聞こえてきたのは『愛している』でも『好きだよ』でもなく、

一定のリズムに刻まれる、理久の寝息。


「幼なじみってさ、色々なことを知りすぎているから、けじめがないのよ。
自分の話は楽しそうにしていたのに、私が話し出したら、熟睡だもの。
私はね、睡魔に勝てないくらいの魅力しかないってことでしょ」


お互いに、実家住まいだと、色々と制約もあるわけで。

数少ないチャンスは、のがしたくないのに。


「まぁ、いずみが怒る気持ちも、理解できなくはないけどね」

「ないけど? ないけどってことは、理解できない部分が多いんでしょ」


花子は、理久のこともよく知っているから、

きっと仕事で疲れてしまったんだと、フォローした。


「島本君にとっては、自然と眠りに入れるくらい、
いずみとの時間が安らぐってことじゃない。
私、これでもさ、外国へ何度も行って旅慣れているはずなのに、
いまだにホテルで眠るのは疲れが残るもの」

「へぇ……花子でも?」

「そうよ、全身の力が抜けていられる関係なんて、そうはないわよ。
島本君の大学時代、思い出してみなよ。
お母さんが亡くなって、それこそ抜け殻になってしまった時のこと……。
私、ハンドボールの試合会場まで、駆けつけてあげたでしょ」


そう、理久と私が大学2年、成人式を終えた後、

長い間、病気がちで入退院を繰り返したおばさんが、天国へ旅立った。

ずっと、お母さんを支え、生き続けてきた理久は、

心のバランスを失って、ハンドボールから退きたいとまで言った。


「退部寸前まで行った島本君を、励まして、励まして、
もう一度立ち上がらせたのはいずみじゃないの」


勉強もスポーツも出来て、無敵に見えた理久が、本当は弱いところも持っていて、

支えてくれる人を求めているとわかったとき、私も自分の気持ちに気付いた。

『幼なじみの理久』ではなくて、『島本理久』が好きなこと。


「そうだったね……」

「そうよ。島本君にとっては、この世でたった一人、
全てを見せられる人、それが掘切いずみでしょ。いいじゃないの、
寝息だろうがいびきだろうが、その胸の上でドンと寝かせてあげなさいよ」


花子の言葉に、今まで理久のことを散々愚痴った自分が、恥ずかしくなった。

『喉もと過ぎれば……』ってことわざがあるけれど、本当にその通りだ。


「花子……」

「何?」

「今のセリフ、もう一度言ってくれない?」

「セリフ?」

「うん」



『この世でたった一人、全てを見せられる人』



花子は笑いながら、そのセリフを繰り返してくれた。





「もう高校1年?」

「そうよ、吹奏楽部に入ったとき、小学校1年生だったあの弟が、
今高校1年になりました。
お姉ちゃん、早く帰ってきてって泣いていたかわいらしさは影もなく、
今やただのニキビおばけよ」


花子の年の離れた弟さん、私たちと同じ『松が丘高校』へ入学し、

陸上部で頑張っているらしい。

同級生に会うと、その当時、周りにいた人たちの噂話も時折入ってくる。


「そう武本部長、去年結婚したんだって。弟の友達が、武本部長のご近所で、
お嫁さんが実家に入ったって……」

「武本部長? じゃぁ、何? お相手はテニス部の明石先輩?」

「それが違うらしいよ」


武本部長。そう、『松が丘高校 吹奏楽部部長』。

見事なピアノ演奏、ショパンの『雨だれ』。

この私、堀切いずみの『初恋』のお相手。

乙女チックに、初デートや初キッスを空想、妄想してみたものの、

武本部長にはテニス部の明石先輩という、綺麗な彼女がいたのだった。



淡くて、ほろ苦い思い出。



「そうなんだ、違う人なんだ」

「高校時代の相手と、そのままゴールインっていう方がめずらいしいんじゃないの?
環境が変わると、普通は離れたりするしね。
まぁ、間違いなく、いずみと島本君が結婚したら、『同窓会』のいいネタになるよ」

「ネタ?」

「そうそう」


世界は広い。それでも私たちが選んだのは、隣に住んでいた幼なじみだった。

確かにネタになるのかもしれないけれど、

全く広い世界を知らずにたどりついたわけではない。


「いいわよ、ネタだってなんだって」

「そうそう、言いたい人には言わせておこう」


食事を終えて、カラオケに向かうあたり、年齢を重ねたのにやることは昔と変わらない。

人は、抱えている思い出を捨てないまま大人になるのだと、

花子と笑いあいながら、あらためて思った。



気分は、いつまでも女子高生!

鏡をじっくり見なければ……だけれど。





楽しい時間を過ごし、家に戻ると、兄が娘を連れて遊びに来ていた。

今年の2月に生まれた『芽衣』は、前に見たよりさらに大きくなった。


「芽衣、おばあちゃんだよ」

「母さん、一日に何回言うんだよ、そのセリフ」

「あら、だって、普段会わないんだもの、こういうときにすり込んでおかないと、
誰かと思われたら嫌じゃない」


兄夫婦は、普段、小田原市に住んでいる。

水産関係の会社に勤めていて、結婚してすぐに、工場の管理部門に出向となった。

こうした工場や支店めぐりを何度か経験し、兄は出世していくらしい。


「芽衣……あれ? ちょっと臭いぞ」

「あらあら……えっとオムツどこにおいたっけ」

「いいよ母さん。俺やるから」


今日はお義姉さんが、高校の同級会でこちらへ来ることになり、

休みが取れた兄は、実家に孫を連れてきた。

高校時代はプラモデルなどのちまちましたことが好きだった兄が、

芽衣の足を上げ、ちゃんとオムツ換えをするなんて。

人は、環境の変化で、進化を遂げるものだと改めて思う。


「お兄ちゃん、そんなことするんだ」

「当たり前だろう、あいつも仕事をしているし、
子育てをまかせっきりには出来ないからさ」

「とかなんとか言って。後で利奈さんに聞いてみよう」


利奈さん、そう義姉はさっぱりとした性格で、話しやすい。

普段はやらないのに、実家だからやるのではないかと疑う私に、

兄は堂々とした態度で、聞いてみろと言い切った。


「オムツだけじゃないぞ、風呂だって残業以外の日には、俺が入れるし」

「お風呂も?」

「あぁ……出産前にきちんと『パパ教室』にも通ったんだ。筋がいいと褒められた。
芽衣、いつもニコニコなんだよな、パパがお風呂に入れると」


私が卒業した『松が丘』よりも、さらに上の『杉谷』に進学した兄は、

当時、結構モテモテで、バレンタインのチョコだって、

家まで届けてくれる女の子もいた。


「パパねぇ……」

「いずみ、お前は人のことばかり茶化していないで、自分はどうなんだ。
理久とはそろそろ決まりそうなのか?」


おしりさっぱりになった芽衣が、目をパチパチさせて、口をもごもごさせた。

母はデジタルカメラを取り出して、撮影しながらかわいいを連発する。


「理久が2年目でしょ。やっと仕事にエンジンがかかってきたから、
まだ、考えていないんじゃないのかな」

「そんなこと言っていたらお前、いつの間にかフェイドアウトされるかもしれないぞ」

「フェイドアウト? 何それ」

「理久は教師だろ。職場に女性も多いし、今の時代は、父兄だって危ないんだからな」


私が兄をからかった仕返しなのか、理久が同僚に気を移してしまうのではないかとか、

色気を使った父兄に、コロリと騙されるのではないかと、

聞きもしないことを言い出した。


「失礼ね、お兄ちゃん。理久はそんなことしませんから」

「ほぉ……自信たっぷりだな」

「そうよ。私たちラブラブですから」


ラブラブ……

考えていなかった頭が、咄嗟に出してしまった表現。


「……いずみ、言わないぞ今時、ラブラブなんて。芽衣、おばちゃんおもしろいね」


兄の問いかけに、姪っ子の芽衣は大きな声で泣き始め、

世話をしたくてたまらない母は、哺乳瓶にミルクを入れだした。





第4話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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コメント

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偶然ではありますが

拍手コメントさん、こんばんは

お名前……そうだったんですか。
人の名前は、そういったリストからあげてみたり、
新聞をペラペラめくって、目に付いたものをつけたりしています。
偶然でしょうが、重なるとより、興味を持ってもらえるかな?