KNIGHT2 第4話

★4話




『フェイドアウト』



そんなことはあるはずがないと思っているのに、やはりどこかで気になった。

理久と私。

歩いている道は、きちんとこの先へつながっているのだろうか。

突然、断崖絶壁ってことは、ないよね。


「いずみ、明日から急に出張になった」

「出張?」

「ネイチャー学習の下見、加わらないとならなくてさ」


『ネイチャー学習』。中学2年生が、自然の中で自分たちの役割を探し、

自立する訓練をするという宿泊行事。私たちの頃からそれなりのものはあったけれど、

今の方がもっとカリキュラム化されている。


「急に決まったの?」

「あぁ……本来、各学校から一人とされていたけど、
指定校だけは2名寄こして欲しいと言われて、急遽、明日の授業終了後、
立花先生と行くことになった」

「立花先生?」


元々、下見担当は立花先生が予定されていたが、

『大渕中学校』は昨年、学生のトラブルを起こしたこともあり、

男性の担当者も作って欲しいと連絡が入ったという。


「ちょっと問題児がな」

「原田君のこと?」

「原田もそうだけれど、もう一人転校してきたのがいてね」

「へぇ……」


個人情報になるという理由で、理久は細かいことを語りはしなかったが、

どうも、転校してきた生徒は、別の学校で問題を起こした過去があるらしい。

親のいない宿泊学習。引率する先生たちも、緊張するだろう。


「そっか、わかった。大丈夫、おじさんの食事は任せて」

「そのことだけどさ、気にしなくていいよ。親父には朝話をしたから。
近所で何か買えって言ったし」

「何か買えって、そう言ったの?」

「あぁ……」

「やだ、そんな寂しいこと言わなくていいのに。うちに来てもらってもいいけれど、
それじゃおじさんもゆっくり出来ないだろうから、適当に揃えて持ってくる。
休みなのに買い物に行けだなんて、休めないでしょ」

「……うん」

「変な遠慮して……そういうのやめてよね」

「……うん」

「頼むなって言ってくれたら、それでいいの」


理久の湯飲みが空になっていた。

私は立ち上がり急須にお湯を入れる。

椅子を立ち上がった理久がそばに来て、そっと後ろから私を抱きしめた。


「あ……あのさ、理久」

「いずみ……」


首筋に迫る理久の思いに、私は急須を流しに置く。

時計を見ると、もうすぐ10時。

今日のおじさんは通常勤務。いくらなんでも、そろそろ戻ってきそうな……


「ねぇ、理久、時間がさ……」

「素早く、済ませる……」


何?


「バカ!」





お互いが実家住まいなのは、色々と制約が多い。

気分と環境が一致しないと、ハラハラドキドキが先行して、妙に鼓動が速まった。





突然の旅行が決まったけれど、

学生時代から、遠征だの合宿だのを繰り返していた理久は、

荷物作りにドタバタすることなどなく、次の日、元気な顔でいつも通り出発した。

『ネイチャー学習』。星空の見える自然が満喫できる宿。

若い独身の男女教師が揃って出発。問題児という共通の話題で盛りあがり、

そのまま、なんだかあれこれ盛り上がり……


「堀切さん、堀切さん」

「何?」


PC画面に向かっていた私の手は、キーボードの上で止まっていた。

新人の北沢君が、書類の間違いを上司に指摘されたと、目の前に差し出してくる。

1枚ずつめくりながら、くだらない空想に走った自分を反省する。

理久は仕事中。

私もしっかり仕事をしないと……


「北沢君、このふざけた付箋、部長に怒られるよ」

「……まずいですかね。『虹色船隊ガールズ』のプンプン付箋」

「自分で考えて!」


理久の訪れる場所も、天気がよければいいなと思いながら、その日の仕事を終えた。





1日休みだったおじさんは、ゆっくり眠れたと笑顔を見せた。

私は、温めた料理のラップを外し、食卓に並べていく。


「悪いな、いずみちゃん」

「何も悪くなんてないですよ。
ほとんど堀切家の食卓を押し付けているようなメニューですけど」


うちの母は、冷蔵庫をのぞき適当に煮付けてしまうのが大得意。

それでも、意外な組み合わせが美味しかったりして、発見もあるけれど、

色合いとかあまり考えていないのよね。


「うん……ビールにあうね、これ」

「そうですか?」


島本家におばさんがまだいた頃は、あまりおじさんと話をした記憶はなくて、

こうして出入りするようになってからの方が、親近感が増した気がする。


「あ、そうそう、理久から聞いたよ、いずみちゃん」

「聞いた? 何をですか?」

「私が、下の和室へ移動したこと、いずみちゃんが気にしていたって」


おじさんが、おばさんとの思い出がある2階の寝室を空け、

下の和室へ荷物を移動させた。私がそれを知って、

どこか違和感があることを言ったことを、理久はそのまま伝えたらしい。


「理久といずみちゃんが、色々と決める前に移動したほうが、
そういう心配をさせないと思って、行動したのにな。
結局、いずみちゃんには気をつかわせてしまって……」

「いえ、気をつかったわけではなくて。
おじさんこそ、あの部屋を空ける必要なんてないじゃないですか」


私は、島本家の中に自然と溶け込めたらそれでよくて、

存在感をしめそうだなんて、思ってはいない。


「違うんだ、いずみちゃん」

「違う?」

「別に、理久といずみちゃんに気をつかったわけではなくて、
私自身がそうしたくてしたことなんだ。
ここへ越してきたときから、うちはいつも失うことの怖さばかりを考えていたからさ」


失うことの怖さ……

病気がちのおばさんが、入退院を繰り返し、

おじさんは、いつおばさんを失ってしまうのか、

3人の家が2人になるのではないか、そればかりを考えていたと話してくれた。


「いざ二人になって、この食卓で向かい合っても、
理久とは何を話したらいいのかすら、わからなくてね。
それでなくてもあいつは普段、合宿所にいただろ。
子供の頃から仕事が優先で、それが当然だと思っていた。
でも、母親がいなくなったのだから、私が何かしてやらなければと思うものも、
どうすればいいのか……」


おばさんを失った理久が、抜け殻に近くなったとき、

家の前の坂道で、そういえばおじさんと話をしたっけ。

『理久の話を聞いてやって欲しい』、おじさんは確かにそう言っていた。


「あいつとケンカをしているわけではないのに、一緒にいることがひどく苦痛で。
まぁ、理久も同じことを思っていたはずだ。
食事が済めば、すぐに部屋へ入ったきりだったし」


男同士なんて、そんなものだろうか。

我が家にも兄と父がいるが、必ず母がいたため、

二人きりでいたことなんてなかったかもしれない。


「それがね、変わってきたんだ。近頃は理久とも色々話をすることが増えた。
そのきっかけを作ってくれたのが、いずみちゃんなんだ」

「私?」

「あぁ……」


おじさんは煮物に入っていた油揚げを箸でつまみ、口に入れた後、

隣のグラスを手に取り、ビールを飲む。


「いずみちゃんが料理を作ってくれるようになって、
仕事で遅く帰ってきてそれを食べるだろ。その時理久に言ったんだ。
『いずみちゃん、料理うまくなったな』って」


確かに、作り始めた頃より、慣れてきた分、味も安定してきたかもしれない。


「そうしたら、あいつ、ニコッと笑って、『そうだろ……』って嬉しそうにしてさ。
いずみは、いずみは……って、色々と話してくれたんだ。
料理をしている時に、いつも口ずさむ歌があることとかね」


おじさんも、そう話しながら、自然と笑顔を見せてくれた。

いつも口ずさむ歌があるなんて、あまり自分では考えたこともなかったけれど、

確かに、何かしら歌っている気もする。


「それから、仕事の話、ちょっとした世間話、理久と自然に会話が続くようになった。
それと同時に、うちは失っただけではなくて、これからまた増えていくんだなと、
そう思えるようになったんだ」


おばさんを失って3から2になった島本家。

そこに私が加われば、2から3になる。


「2から3になって、さらに増えていくかもしれない。
そう思うと、たくさん広がる場所を、自然と空けてやりたくなった。
家内との思い出は和室にしっかりと残して、2階は、島本家の柱となる理久に、
渡そうとそう思った。だから、いずみちゃんが気にすることでもなんでもないんだよ」


おじさんは、あまり島本家のことばかり言うと、

堀切さんに怒られるかなと笑ってくれた。

私は首を振り、少なくなったおじさんのグラスに缶ビールを注ぐ。

元々、おじさんは、そんなに話好きな人ではない。

それでも精一杯私に伝わるように語ってくれた。

そんな気持ちが、ただ嬉しい。


「また、夏になったら枝豆ゆでますね」

「あぁ……そうだね」


おじさんの大好きな枝豆。これから美味しい季節がやってくる。

私は、幸せを心の中いっぱいに感じながら、

小さなコップに1杯だけ、ビールをおすそ分けしてもらった。





「ただいま」

「あ、お帰りいずみ」

「うん……」


堀切家のリビングには、母の姿がある。

父はソファーで寝ているようで、読みかけた新聞が床に落ちていた。

私はそれを拾い、テーブルの上に置く。


「ねぇ、お母さん」

「何?」

「お兄ちゃんとお父さんって、二人きりでいたことある?」

「何それ、どういうこと?」


私は理久の家で聞いた話を、そのまま母に告げた。

部屋を移動したおじさんの気持ちも、不安と希望の思いも、なるべく伝わるように。


「2から3ね」

「うん……」

「いいじゃないの、その通りよ。これから島本家の中心は、理久君だもの。
子供の成長を感じることが出来て、島本さんも満足しているわよ」

「うん……」

「男同士二人だと、確かに話しなんてしないわね。
それでも互いに認め合って、親を尊敬していたら、それで十分でしょ」



『認め合い、尊敬する』



母の言葉を聞き、兄の結婚式のことを思い出した。

あの日、最後の挨拶をした後、父は兄に向かって手を出し、握手をしていた。

『息子』が『一人前の男』になったことを、

その力強さで確かめていたのかもしれない。


「ねぇ、ねぇ、いずみ。
ここ新しいレストランになったのよ、バイキングが美味しいらしい」

「バイキング? お母さん、『ボディフル』に行く意味がなくなるよ」

「あら……それとこれとは別よ」


何でも口に出して、理解しあおうとする母と娘もいいけれど、

言葉にすることは少なくても、互いに感じあえる父と息子もいいものだと、

そう思える夜だった。





第5話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント