KNIGHT2 第5話

★5話




季節は6月を迎え、『NAITOH』では、定期検診の時期になった。

毎年、問診票が総務から配られ、各自簡単な質問に答えを埋めていく。

『どこか気になるところ』という問いかけに、

『特になし』の欄に丸をつけようとしたペンが止まる。

この半年くらい、月のお客様として訪れる痛みが重くて、

仕事中もお腹を抱えてしまうことがある。

高校から大学にかけて、友達がよくそう言っては机に突っ伏している姿を見てきたが、

まさか、この年齢で体質が変わるとは思っても見なかった。

さらに、先月は予定から10日以上もズレてしまい、

もしかしたら、アクシデントで順番が逆になったのかも知れないと、

理久の顔を見ながら真剣に考え、『妊娠検査薬』に薬局で手を伸ばした。

結果的には、報告をする必要はなくなり、ほっとしたけれど、

担当が女医であることもわかっていたため、

楽な気持ちで気になることを1つ2つと並べる。

書き終えた用紙をしっかりと半分に折り、名前の書かれた封筒に入れ封をした。





「美味しい」

「そう……それならよかった」


『ネイチャー学習』の下見から戻った理久と、仕事の帰りに待ち合わせをする。

今日は久しぶりのデートらしいデート。

なんと言っても隣同士。互いに実家住まいのため、

彼氏の部屋なんて選択肢が私たちにはない。


「評判どおりだったね、あの映画」

「そうか? 俺、途中で寝たぞ」

「寝た? うわぁ……信じられない」


主人公の心を打つセリフの数々。病気に負けずに生きていくヒロインの笑顔。

あの緊張感の中で、眠ることが私には信じられない。


「明日、東野に報告する予定なんだ」

「東野? あぁ、以前話してくれた学生のこと?」

「あぁ……委員会の後で、この映画の話になってさ。今日行くって言ったら、
感想を聞かせてくれって。島本先生がいいって言ったら、
見に行ってみるって言うからさ」

「あらまぁ……」


女子中学生にとって、男性教師は、人生初の『年上憧れ相手』だろう。

私が中学生の頃の体育教師は、髭がやたらに濃くて、

いつも鼻息の荒い人だったので、そういった対象にはならなかったが。

理久なら、少しは憧れてくれる女子生徒もいるかもしれない。


「よかった」

「何が?」

「理久が、女子学生から疎まれていなさそうで」

「は?」

「来年のバレンタインデーは、もう少し増えるかな、チョコ」


今年、理久は学生から5つのチョコレートをもらってきた。

からかいながら一緒に、お返しを決めたっけ。


「来年はないよ、きっと」

「エ……どうして? 何か嫌われることでも言ったの?」

「違うよ。谷山先生が、『島本先生には婚約者がいらして……』って、
何かしら枕詞をつけるからね」

「あら……」

「今年『川岡中学』から異動してきた社会科の先生。年齢は俺より3つ上だけど、
まぁ、彼が取るでしょう」


ブランドもののスーツをビシッと着込み、足を組みながら授業をする先生がいると、

理久は目の前でモノマネをして見せた。

確かに、中学生あたりの女の子だと、中身がどうのこうのより、

『大人』な男の匂いに、過敏な反応をするかもしれない。


「なぁんだ、ちょっと残念だな。島本先生がモテモテだって言われたら、
私としてはとっても嬉しいのに」


自分の相手が、嫌われているよりは、絶対に好かれている方が女は嬉しいはず。

その人が自分を選んでくれていることに、どこか優越感が持てるというか……

すると、理久の携帯が鳴り出し、すぐに相手を確認すると受話器をあげる。


「もしもし、はい、島本です。あぁ……立花先生」


電話の相手は、立花先生だった。

それまで、上機嫌だった私の気持ちは、一気に急降下。

そう、相手は今何をしているのかなんて知らないのだから仕方がないけれど、

明日の『おはようございます』の時間まで、それは待てないことなのかと、

一度聞いてみたくなる。


「あぁ……うん……」


私の殺気だった視線が気になったのか、理久は受話器を持ったまま、

レストランを出て行った。ウエイトレスが行ったりきたりを2、3度繰り返す。

グラスの中で溶けた氷が、アイスコーヒーの上澄みになって、

色が透明と茶色に分離し始めた。

理久は入り口近くの花壇に腰かけて、まだ話を続けている。

ただ、黙って待っているのもつまらないので、予定表を開いてみた。

明日は、理久のいる『大渕中学校』へ行く日。

立花先生に会ったら、無意識に睨みそうで怖いわ。

理久が電話を終え戻ってきたのは、10分以上も後だった。


「あぁ……ごめん、デザート来た?」

「まだ! だってシャーベットでしょ。理久が戻るのがわからなかったから、
待ってくださいってお願いしたの」

「うん、ごめん」

「どうしたの? 立花先生、何かあった?」

「いや……たいしたことない」


たいしたことではないのに、これだけ話しをしたの?

思い切り学生の問題でも話し合ってくれていたほうが、納得いくんだけど。


「……同僚に、モテモテってことでどうだろう」

「おもしろくない!」


そう、女心は複雑なのだ。

同僚になど、モテモテしなくていい。挨拶だけで十分。

それでも二人で食べたシャーベットは、果汁がたっぷり入っていて、

本当に美味しかった。





『大渕中学校』へ向かう道すがら、

今日も北沢君ご推薦の『虹色戦隊ガールズ』のCDを聞きながら進む車。

職員室へ向かうと、いつもすぐに寄ってくる谷山先生の姿はなく、

別の先生から印刷室の鍵を受け取ると、素早くチェックに向かう。


「うわぁ、やばいっす、堀切さん」

「何?」

「俺、充電し忘れました」


好きなアイドルのCDを積むことだけは忘れないのに、

大事な仕事の備品を忘れてどうするの! と印刷機の音に紛れて怒り飛ばし、

北沢君を車まで戻す。

確か、トランクに30分くらいなら使える予備用のバッテリーが入っていたはず。


「すみません」


一人、印刷室に残っていると、生真面目そうな学生が一人、顔を出した。

何か印刷をする予定なのかと聞くと、どこか落ち着かない雰囲気を見せる。


「何か、あったの?」

「いえ……俺、これを印刷しろって言われたんですけど、
これ……まずいんじゃないかってそう思って……」


メガネをかけた男子学生は、廊下に誰もいないことを確認すると、

1枚の写真を私に差し出した。

遠くから、望遠ででも撮ったのだろうか、少しぼやけた感はあったが、

そんなもの吹き飛ばすくらいの勢いが、その写真には存在した。


「まずいですよね……これって……」


映っていたのは二人。片方は男性で、片方は女性。

いやいや、片方は理久で、片方は立花先生と言えばいいことで、

そして、何やら話しながら歩いているように見える写真の背景は、

明らかに繁華街にある、休憩はおいくらとなるホテルの前だった。


「誰か、塾の帰りに撮ったみたいなんです。二人の姿。
これを印刷して学校中にばらまくって言うんですけど、
僕、そんなことしていいのか、怖いし……これ……」


いやいや、これ、印刷なんかしちゃ、ダメでしょ。

これは、プライベートなんだし。


「これ……捨ててください!」

「あ……あ、ちょっと!」


その男子生徒は、私に写真を押し付けたまま、印刷室を飛び出し、

廊下の向こうへ走り去った。誰かがつけていった印刷機の音が、そこでピタリと止まる。


「ありました、堀切さん、助かりました……って、どうしました?」

「ん? いや……ほら、じゃぁ、仕事しよう」


私は、写真を自分の手帳に挟み、何事もなかったかのように振舞った。

北沢君が、いつものように備品の在庫をチェックし、あれこれ言ってくるけれど、

あまり頭に入ってこない。



『ネイチャー学習の下見』



まさか、あの日?

二人で口裏を合わせて、本当は、都会のホテルにこっそり入って、

泊まっていたなんてこと、ないよね。


「堀切さん」

「なによもう! 今、頭の中、いっぱいなの」



いっぱいなんです。



北沢君は、これ以上問いかけるとまずいと思ったのか、黙々と仕事をこなしてくれた。

いつもなら助手席に座るけれど、今日は荷物をどかして後部座席へ座る。

CDを変える役ばかりは嫌だからと、適当なウソをついたが、本当は違う。

学生から渡された、疑惑の写真を、もう一度自分の目でしっかりと確認した。

そう、少しぼけている。でも、これが理久なのか、別の人なのかくらい、

悪いけど、絶対に間違えたりしない。


薄々は思っていた。


立花先生にはもしかしたら、理久に対して同僚以上の感情があるのかもしれないって。

だからこそ、プライベートとも言える時間に電話を寄こし、

私との時間をあえて邪魔に入ってきた。

中学校で会ったときも、私と理久の関係はわかっていますなんて顔をして、

本当は心の中で笑っていたんだろうか。

すぐにでもぐちゃぐちゃにして、破り捨てたいところだけれど、

あくまでも写真はホテルの前を歩いているだけだ。出てきた直後にも見えるし、

これから入っていくようにも見えるが、入っていないとシラを切られたら、

それはそれで認めるしかないわけで。

唯一の資料をそっと手帳にしまい、今日はどんなに遅い時間になっても、

理久を問い詰めようと、心に決めた。





その日は私の仕事が遅く、家に戻ったのは9時を過ぎた時間だった。

目の前でテレビを見て笑っている両親に、写真を見せて愚痴りたいところだけれど、

島本家VS堀切家となっては、問題が残る。

私は流しに食器を片付け、理久に会ってくると家を出た。





「なんだよ、話って」

「いいから、来て」


おじさんのくつろぐリビングで、写真を広げないだけでも感謝しなさい。

私は理久の腕を掴みながら、部屋まで連れて行く。

しっかりとドアを閉め、そして大きく深呼吸をし、

目の前に転がっていたバスケットボールを隅の方へ蹴飛ばした。


「荒れてるな、いずみ」

「いいから、座って!」


ずっと理久が勉強してきた机の椅子に、強引に座らせる。

私は目の前に立って、手帳に挟んできた写真を目の前に差し出した。

その写真を見た後、理久の眉毛がピクリと動く。


「これ、理久でしょ? 隣にいるのは立花先生だよね」


起こってしまった出来事を、ちまちまと言っても仕方がない。

私が聞きたいのは、そんなことではなくて、理久の気持ちだった。

まだ、結婚していないとはいえ、こういうことをするのはどうなのか、

相手は同僚であり、しかも理久は教師。


「……そうだな、俺だ」


理久が、写真は自分だと認めた。

それも、あまりにも冷静で、あまりにも普通に。


「……だよね」


私の声の方が、うわずってしまう。

そんなに軽く認められるくらい、私の存在はたいしたことのないものなのか。

男って、そんなに簡単に、人を裏切られるものなんだろうか。

私は、理久だけをずっと、この2年見つめ続けてきたつもりなのに。

両手を強く握り締めながら、私は悔しさに唇をかみ締めた。





第6話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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