KNIGHT2 第8話

★8話




7月も後半になると、学校は夏休みを迎える。

それならば、先生たちもゆっくり羽根を伸ばすのかと思えば、実はそうではない。

普段なら会えない他校の先生方と交流をし、情報交換をしたり、

なんと言っても部活動を持っている理久には、勝負の夏だった。


「おい、今のボール、どうして取れないんだよ」

「はい!」


学校が夏休みであっても、私の会社はただの平日。

訪れた『大渕中学校』職員室では、

さすがに先生方の緊張感もいつもより和らいでいる。


「失礼します。『NAITOH』です。印刷室のチェックに入ります」


北沢君がそう挨拶をし、私も揃って頭を下げる。

鍵を受け取り、印刷室へ向かうと、いつもの仕事を開始する。


「ねぇ、北沢君、ちょっとここ頼んでもいい?」

「はい……いいですけど、何かありましたか?」

「ちょっと……お手洗いに」


私はそう声をかけると、印刷室を出て、お手洗いに向かう振りをした後、

体育館の裏側の廊下を渡り、空いている窓の影からグラウンドを見る。

目の前で熱心に走っているのは、理久が面倒を見ているハンドボール部。

強豪校とまでは言えないが、明日地区予選に勝ち残ると、

シード校と当たることが出来る。


「もう1回、新井、今の丁寧に行け。焦らなくてもコースをつけば入るから」

「はい……」


理久が現役選手だった頃、

こうして『横浜北大学』のハンドボール部を追いかけたことを思い出す。

両手を握り締めながら、どこにいるのかわからない神様に、必死に祈ったっけ。


理久は、運動をしている時が、本当に楽しそうなんだよね。

忙しい仕事をしながら、部活を見るのは、とんでもなく疲れるだろうけれど。


「はぁ……」


新井と呼ばれた学生が、やり直しのシュートを見事に決め、

練習はそこで休憩となった。今まで背を向けていた理久が、こちらを向いたので、

私は慌てて身を隠す。かがんだまま少し歩き、体育館の裏廊下まで来たとき、

その花壇の方から、上履きの音が聞こえた。


「なぁ、今何時だよ」

「そろそろ11時ってとこだ」

「あぁ……次は日本史かぁ、めんどくせぇ」


姿を見せた学生は、私の顔を見て一瞬立ち止まった。

そして、すぐにニヤリと笑う。

そう先日、とんでもない『合成写真』を人に向かって差し出した、あの鳥居君だ。


「先日はどうも」


鳥居君は、初めて会ったときとは違い、ポケットに手を突っ込んだままだった。

その後ろを歩くもう一人の学生が、ポケットに入っていた紙くずを、

花壇の中に捨ててしまう。


「ちょっと、君。ゴミはそこに捨ててはいけないんじゃないの?」

「は?」


名札を見ようとしたけれど、胸にはついていない。

どこかで見たような気がしていると、鳥居君が名前を呼んだ。


「おい、原田、拾っておけ。島本にチクられるぞ」


原田……そう、この学生が原田君だ。

そういえば、職員室ですれ違った気がする。

鳥居君の言葉に、原田君は無言で紙くずを拾った。

私は話したいことがあるわけではないので、そのまま印刷室へ戻ろうとする。

しかし、体が勝手に後ろを向いた。


「ねぇ……」

「はい?」

「大人をからかうようないたずらは、やめなさいね」


理久と立花先生が、いかにも怪しいデートをしたかのような『合成写真』。

一言言ってやりたくて、私はそう鳥居君に言葉をかける。


「いたずらだってわかったんですか。
それにしては、結構、マジで慌てていた気がしますけどね」


鳥居君には、反省するという気持ちは全くないように思えた。

言い返したいことは山ほどあるけれど、それをすれば、学生の思うツボ。


「よかったですね、島本が立花とチェックインしていたわけじゃなくて」


背中越しに聞こえる声、私を追いかけてきているのか、全く小さくならない。


「なぁ、あんたさぁ、島本に気持ちいいこと、してもらっているんでしょ」


なんということを言うのだろう。

振り返って思い切り睨んで、殴っていいのなら殴るけれど、

思いがけない言葉の攻撃に、私は返す言葉が見つからなくなる。

助け舟なのか、タイミングだったのか、そこでチャイムが鳴りだし、

鳥居と原田の二人は、ふざけた笑い声を残しながら、階段を上がっていった。



『気持ちいいこと』



私が、理久の姿を見ようと、体育館の方へ行かなければ、

あの子達に会うこともなかったはずだった。

そうすれば、こんないやな気持ちにもならなかっただろう。

神様は、ウソをついて理久を見に行った私を、こうして責めているのかも。

いや、今は夏休み。どうしてあの子達が学校にいるのよ。


「遅かったですね、堀切さん」

「……ごめん」


さすがに北沢君に対して申し訳ない気がして、

帰りの車内では、繰り返される『虹色戦隊ガールズ』の曲を、

文句言うことなく聞き続けた。





その日の島本家で、私は理久に今日の出来事を語った。

あの二人がなぜ、夏休みなのに学校にいたのか、それがわかる。


「補習」

「あぁ……原田は補習。鳥居は、谷山先生が呼び出したらしい」


原田君はテストの成績が悪く呼び出され、

鳥居君は出していない書類があったために、呼び出されたという。


「そう、鳥居君は、補習ではないのね」

「あいつは頭がいいからね。中学受験もしたけれど、『海南』を落ちたんだ」

「『海南』? って、あの全国でも有名な?」

「そう……」


鳥居君の家は、兄二人が揃って『海南』を出ているらしい。

落ちてしまった彼は、鳥居家の落ちこぼれとも言える状態だった。


「へぇ……」

「子供は子供なりに、色々とあるんだよ」

「ふーん……じゃないのよ」


私は、今日二人に会ったこと、そしてとんでもなく失礼な言葉を言われたことを、

なるだけ冷静に語ったつもりだった。理久はそう何度も言わなくてもわかると、

私の言葉を制止する。


「いずみはからかいがいがあるんだろうな、顔に出やすいから」

「ん?」

「そういう言葉、学校ではしょっちゅう先生方も言われているよ。
特に立花先生のような若い先生がね。具合が悪いなんていうと、妊娠したのかとか、
生理が辛いのかとか、男子学生じゃなくて、女子でも言う子がいるし。
男の先生に対しては、生徒に手を出したくならないかとか、言ってくる」


私が中学を卒業したのは、まだ10年ほど前のことだけれど、

その当時、そんなことを先生たちに言ってる学生を、見たことがない。

影であれこれ言うことはあっただろうけれど、目の前で言い切るほど、

勇気……いや、逆に言えば幼い生徒もいなかった気がする。


「そうなんだ、そんな感じなんだ」

「もちろん、全員ではないけどね。今は体罰だの、なんだのって問題になるだろ、
授業中の態度が悪いって怒って、生徒に詰め寄ると、
わざと手を出させようとするヤツもいるって。
この間、別の中学の教員が、そう愚痴をこぼしていたよ」


『教育委員会』

それがまるで自分たちの味方であるかのように、子供たちは口にするという。

モンスターなのは親だけではなくて、子供もなんだ。


「……で、いずみは答えたの? あいつらの質問」

「質問? 気持ちいいことって話し? 答えようがないでしょ」


理久はそれもそうだねと、箸でおかずをつまみながら笑い飛ばした。

理久が、あまりにも軽く受け流すので、私の怒りもどこかに流れていく気がして、

そこからは休みに1日くらいどこかに行こうかと、違う話へ動き出した。





「堀切さん、診察室へお入りください」

「はい」


健康診断の問診票に、ちょっと気になることがあると書いたことで、

結局、子宮の検査をするため、内診まで行うことになった。

こうなったら何でも見てもらって、それで落ち着けたらいいと覚悟を決め、

診察用の椅子に座る。

人生初の婦人科、しかも内診。


「力を抜いて下さい」

「はい……」


そうは言うものの、こんな診察、受けたことがないのだから、力の抜きようがない。

なんとか診察を終えて、廊下へ戻ってみると、

営業部の一つ先輩である村田さんが、椅子に座っていた。


「あら、掘切さんも?」

「はい……ちょっと気になるって書いたら、結局ここまで」

「そうなんだ。うちはね、母が子宮筋腫を持っていて、私を産むときも大変だったって。
だから、遺伝があるのかどうかわからないけれど、一応調べてもらおうと思って」


気になるところは早めになくしておきたいと、

彼女は検査へ来た理由を話してくれる。


一度大きな待合室に戻された私たちは、上司の失態を笑い話にしながら、

退屈になりそうな時間をつぶした。

先に検査を終えていた村田さんが呼ばれ、1、2分したところで外へ出てくる。


「特に異常はなさそうだって。よかった、ほっとした」

「そうですか……」


これで心置きなく営業に迎えると、村田さんは言い残すと、先に会計へ向かう。

始めは、面倒なことが起こったと、

問診票に気になるところを書いたことに後悔もしたが、

確かにこれでスッキリすれば、それはそれでよかった気もしてきた。

2人の患者さんを挟み、堀切さんと名前が呼ばれ、鈴木先生の前に座る。


「検査、疲れたでしょう」

「はい。初めてなので緊張してしまって。力を抜いてと言われても、どう抜くのか……」

「そうよね……」


鈴木先生は微笑みながら、資料をめくった。

壁にかかる時計を見ると、11時近い。

これで会社に戻ったら、すぐにランチの時間だ。


「堀切さん、仕事はなんだっけ」

「えっと……営業部の発注管理ですが……」

「そう……」


鈴木先生の表情が、それまでと明らかに変わった。

私に、何か問題があったのだろうか。


「どうも、『卵巣のう腫』があるみたい」



『卵巣のう腫』



『卵巣』がどういう臓器で、どういう意味をなすものなのか、

私にもそれなりに理解できる。

先生がそれからあれこれ言葉を発するものの、何一つ頭の中には残らずに、

『のう腫』という言葉だけが、グルグルと回りだした。





第9話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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