KNIGHT2 第11話

★11話




健康診断から見つかった『卵巣のう腫』

あれだけ心が乱されたのに、『よし』と決まってからは気持ちが落ち着いていた。

入院し、手術を迎える日まで、体調を整えておこうと早寝と早起きを心がける。


「こんばんは」

「あ……理久君」

「理久、どうしたの?」


私が落ち着くのとは逆に、入院の日付が迫ると、理久の方が落ち着かないように見えた。

夏休みだから残業もないのだろうが、毎日我が家に顔を出し、

気分はどうなのかと聞いてくる。


「変化はありません」

「そうか……」

「あのさ、理久。毎日聞くけれど、
医者じゃないんだから、聞いてもどうしようもないでしょ」

「そうだけれど……」


『いざ!』となると、絶対に女の方が強いと、以前、母が言っていた。

女は、なんといっても子供を産むのだから、確かに根性はすわっているだろう。


「これを渡そうと思って」

「何?」


理久が出してくれたのは、ポータブルDVDの入った紙袋だった。

立花先生が、私の入院を聞き、

いつもお父さんが入院するときに使っていたDVDプレーヤーを

貸してくれたのだという。


「へぇ……すごいね」

「暇つぶしにはいいと思ってさ。それでこれを借りてきた」


見たことのある髪形と、見たことのある立ち姿。


「……あ!」

「そう、『東海林とんすけ 大全集』」


『東海林とんすけ』

私が高校に入ったばかりの頃、母が交通事故に遭い、急に入院したことがあった。

たまたま父も仕事でいなくて、兄も合宿に出かけ、この家に私がひとり残され、

そんな経験がなかったので、なかなか落ち着くことが出来なかった。

『大丈夫』と周りには言われたけれど、もし、母に何かが起こったらと、

不安が心の中を支配した。

その時、私が見せかけの笑顔で精一杯踏ん張っていることに気付いた理久が、

この人のDVDを貸してくれた。

あまりのおもしろさとくだらなさに、辛さも不安もどこかに忘れていて、

気付くと次の朝だった。


「そうだった。あの時もさ、私、大丈夫だって言われたのにあれこれ考えて、
一人で不安がって強がった顔をしていたけれど、オロオロしていたんだ」


この家が、とてつもなく広い場所に感じたんだよね、あのとき。

人なんて、外にたくさん歩いているのに、『たったひとり』という思いばかりが、

膨らんで、膨らんで、はち切れそうだった。


「いずみは、勝気なところがあるのに、それ以上に気の小さいところがあるからな」

「何よ、自分だってオロオロしたことくらいあるでしょ」


理久が落ち込んだとき、私が『とんすけ』を借りてあげたことだってあったはず。

どうでもいいところで、張り合いたくなるのは、幼なじみだからだろうか。


「新作だぞ、これ」

「ふーん……仕方ないな、見てあげるわよ」

「おぉ! 借りたんだから、有り難いと思いながら見てくれ」

「見たらきっと、あっという間に朝が来るね」

「来るな……」


私たちは、懐かしい思い出を呼び戻しながら、笑顔になる。

立花先生の優しさとDVDプレーヤーと、

そして、『東海林とんすけ』のDVDを袋に入れ、入院用のバッグに押し込んだ。





真夏の太陽がギラギラ照り返す朝、私の入院日がやってきた。


「荷物大丈夫か?」

「大丈夫だよ、もし忘れたらお母さんが持ってきてくれるから」

「あぁ……」


運転免許を取ったのは、私の方が先だけれど、運転は理久の方が上手い。

今日は理久の運転で、助手席には私が乗り込む。


「いいかしら、乗っても」

「あ、はい」

「では、失礼します」


母は、自分が後ろに乗るだけで、

車が傾かないかしらと冗談を言いながら後部座席へ座った。

幸い、傾くこともなく、車は順調に走り出す。


「理久君、悪かったわね、忙しいのに」

「いえ、大丈夫ですよ、部活は午後からなので。
それより帰り、送れなくてすみません」

「いいのよ、そんなこと」


8月に入り、順調に勝ち進んだハンド部は、明日、シード校との決戦日だった。

私も母も、タクシーで病院に向かうと言ったのだが、そこは理久が譲らず、

こうして運転手をしてもらう。


「あ、そうだ、お母さん。『ポワン』のサンドイッチ買っていこうよ」


病院に向かう途中にある『パン屋』さん。

総菜パンとサンドイッチが、楽しくなるくらい美味しい。


「いいのか? そんな自由に食べて」

「いいの、いいの。先生には夕食から検査を意識したものにしますって言われているから。
自由に食べられるのは昼までだもの。
病院の食堂とかで済ませるのなら、『ポワン』の方が数倍も美味しいはず」


『これから大変な思いをする』

母も理久も、そう思ってくれたのか、私のわがままに答えるため、

車を『ポワン』に寄り道させた。

母と一緒に美味しそうなパンを選びたいだけ選んでいく。


「いずみ、これだけ食べるの?」

「違うわよ、理久に持たせるの。このまま部活の指導に行くんだから、
お昼になるでしょ」

「あ……そうか、それもそうね」


『決戦』を前に頑張る理久。

応援にも行けないし、お弁当も作れない私の、せめてもの応援。

たくさん買い込んで、車に戻ると、車内は美味しいパンの香りに包まれた。


「はい、これは理久のランチだからね」


私は運転席に座る理久に、袋を開けてみせた。

一番お薦めはこれだと、指でさしてみる。


「入院する日に気をつかうなよ」

「いいの、いいの。あ、そうだ……立花先生もいらっしゃるなら、お裾分けして」


私は、DVDプレーヤーを貸してくれた立花先生に、パンのお裾分けを頼んだ。

理久はわかったと頷き、病院に向かってアクセルを踏み込んだ。





病院に到着し、理久を学校へ送り出した。

手続きを済ませ病室へ向かい、同部屋になる人たちに親子で挨拶をする。

荷物をそれなりに置いて、昼食を『休憩室』で取り、3時くらいまで母と向かい合う。


「えっと……何号室だったっけ、いずみの部屋」

「ん? 510号室でしょ、もう忘れたの?」

「あ、そうそう、510よね、書いておかないと」


母は、銀行でもらったメモ紙を取り出し、『510号室 いずみ』と書き記した。

今日は仕事で来られない父に、見せるためだと言う。


「お父さんがわからなくならないようにしないとね」

「お父さんはお母さんと来るんでしょ。
お母さんがわかっていたら、それでいいじゃない」

「そうだけど……」


母は、メモ紙に病室の簡単な見取り図まで書き始め、

私のベッドが廊下に近い左側だと印をつけた。

担当医の名前が『東先生』だというところまで、書き足していく。


「そろそろお母さん、帰っていいよ。夕飯の支度もあるでしょ」

「うん……そうだね」


『帰ってもいいよ』と、私の方から口にしてあげた。

大丈夫な病気だとはいえ、娘が入院するという事実は、母親には気も重いものだろう。

少し横になるよと理由を作り、病室へ戻る。


「それじゃぁね、いずみ」

「うん」

「明日また、来るから」

「いいよ、明日は。
手術まで何もしてもらうことなんてないし、ゆっくり寝ているからさ」


母はわかったと頷き、エレベーターで降りていった。

スリッパの音をペタペタさせながら、私はベッドまで戻っていく。

同じように面会に来ていた人がいなくなっていて、病室は静かだった。

私は引き出しを開いて、小さな箱を取り出した。

中に入っているのは、500円硬貨と同じくらいの小さなメダルで、リボンは手作り。

理久が大学4年、ハンドボール部が全ての試合を終了し引退となる日に、

下級生から『ごくろうさま』の思いを込めて受け取ったもの。

デザインは毎年変わるらしいが、『横浜北大学』にとって伝統あるものだ。

おばさんを亡くした悲しみから、壁にぶつかった理久。

私がそれを必死に応援したお礼だと、首にかけてくれたっけ。

幼い頃から、何かと賞状をもらったり、大会に出て活躍する理久とは違い、

私には誇れるものなど何もなかった。


「私のお守り……」


そんな私の『人生唯一』とも言える頑張りを認め、気持ちを受け入れてくれた理久。

その理久から譲り受けた、大事な、大事なメダル。


「力を貸してね」


大事なお守りを箱にしまい、その日は思っていたよりも早めに眠ってしまった。





次の日も、暑さに倒れそうな気がするほどの日差しだった。

私は病院の中で、管理された温度に涼しい顔をしていられるが、

理久はどうしているだろう。

せめて試合が納得のいくものだったら、いいのだけれど。

終わったら報告に来てくれるだろうと思いながら、雑誌を読んでいたのに、

結局、面会時間内に、理久は姿を見せなかった。


「それでは説明は終了ですが、大丈夫ですか?」

「はい、入院前にもうかがっていますので」

「そうですか、明日はご家族のどなたかは……」

「母が来ます」


夕食後に、看護師さんから簡単な手術の流れと、その後のことを教えてもらう。

もうこうなったら、全てを信頼して任せるしかない。

『まな板の上の鯉』とは、こういう心境を言うのだろう。

体温を計って、質問を終えて、看護師さんは部屋から出て行った。





静かになった夜の病院。

もう寝る時間だけれど、眠れない私。

休憩室へ向かい、ポケットから携帯を取り出してみる。

メールのライトが光っていた。



『いずみ、行けなくてごめんな』



理久からのメール。ハンド部は頑張って格上と戦ったものの、結局負けてしまった。

その後、他試合のスタッフとして学生が動かなければならず、

理久が『大渕中学校』に戻るまで、思ったよりも時間がかかったという。

来てくれたかなんて、どうでもいい。

こうして今日のことがわかっただけで、

いや……私のことを気にしてくれただけで、十分だ。



『お疲れ様、理久 今日はゆっくり眠るんだよ』



心を込めた小さなメールは、あっという間に理久の元へ飛んでいった。





第12話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

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大より小

拍手コメントさん、こんばんは

>何か、ほのぼのしますねー♪。

ありがとうございます。
このお話しには、大問題! よりも、
そこら辺にある問題をテーマにと考えていますので、
ほのぼのも重要ポイントかと。
ぎすぎすしてばかりだと、疲れますからね。