KNIGHT2 第14話

★14話




『大渕中学校の乱闘事件』は、理久と学生の揉め事だった。

教育委員会が出てくるという話を聞き、私は理久に学生を殴った理由を尋ねたのに、

それには答えてくれないまま、部屋へ行ってしまった。

理久を追いかけようとした時、私より早く反応したのは和室にいたおじさんで、

私はその後を慌てて追いかける。

おじさんの表情が、あまり見たことのないものだったので、鼓動がはやくなった。


「理久! おい、理久! ここを開けて出てこい」


おじさんは扉を何度も叩き、ドアノブを捻り、理久に出てくるようにと訴えた。

いつも冷静で、余計な話をしないおじさんが、

私達の前でこれだけ声を荒げるのは初めてだ。


「理久! お前、いずみちゃんに何を言ったのかわかっているのか。
男として最低なことを言っているんだぞ、おい、理久!」


おじさんが何度そう訴えても、理久の扉は開かなかった。

私はおじさんの手を止めて、もういいですと首を振る。


「いずみちゃん」

「おじさん、私が責め立ててしまったから、
理久はきっと、話しにくくなったのだと思います」

「いや、そんなことはないよ。奥にも話は聞こえていた。
全く、あいつは頑固でしょうがない」


おじさんは、悪いのは理久だと、私をかばってくれた。

でも、そう、母にいつも言われていること。

子供の頃から、つい、ガンガンと責めてしまうクセ。

男の人はプライドが高いのだから、逃げ道のないように追い込んではダメだと、

言われていたのに、またやってしまった。

理久が話してくれるのを待つのが、正解だったような気がする。

私とおじさんは下に降り、完成させた夕食をとることにした。


「学校で、何かあったかもしれないなとは思っていたんだよ」

「そうですか」


おじさんは、理久が部活の指導に出かけなくなったので、どうしたのかと尋ねたらしく、

理久は、燃え尽きた状態だから、しばらく休養と誤魔化しを入れた。


「あいつが学生を殴ったということ?」

「……と今は言っていました」


私も、おじさんの心配を解消させてあげるほどの事情は、何も知らない。

冷蔵庫の横に立てかけてあるお盆を出し、布巾で軽く拭いた。


「理由もなく、そんなことをするとは思えないから、理由はあるのでしょうけれど」


私は、ついつい理久を責めすぎて、逃げ道を潰し、追い込んでしまった。

こんなことになるのなら、食事を終えて、お茶でも飲んでいる時に、

切り出せばよかった。


「いずみちゃんは、その話をどこから聞いた」

「あ……うちの会社が、『大渕中学校』の備品管理をしていて、
私と一緒に営業に回る社員が、小耳に挟んだらしいです。
おそらく、その事件が起きたのは、私が入院している時みたいで……」


理久の茶碗とお椀。それぞれにご飯とお味噌汁を入れる。

お盆の上に揃った理久の夕食。

本当はここで一緒に、食べる予定だったのに。


「おかしいなとは思っていたんです。手術日には顔を出してくれたのに、
それから3日、病院にも来てくれなかったので……」


子供の頃から、理久がケンカをするところなど、見たことがなかった。

もちろん、殴り合いとか蹴り合いなんて、見たことがない。

私は自分が『ナイトレッド』になりたくて、

他にもなりたがった近所の男の子達と、

くだらない言い合いや、小競り合いを何度もしてきたが、

理久はいつも黙っているだけで、揉めそうになると我慢していた記憶ばかりだった。

その理久が、立場も考えず学生を殴るなんて、どう考えてもあり得ない。


「私達が子供の頃はね、先生に叩かれる殴られるなんて日常茶飯事で、
悪いことをすれば、一日中廊下でバケツを持って立たされるなんてこともあったけれど、
今は、そんなこと許されないしね……」


おじさんは冷蔵庫からビールを取り出すと、グラスを2つ取り出した。

私にお裾分けしてくれようとしているのがわかり、首を振る。


「『教育委員会』が出てきたら、理久は教師を辞めることになりますか?」


普通の会社なら、失敗をすると『始末書』を書かされたりするけれど、

理久の仕事は教師。人の見本となるべき立場だとすると、

処分も厳しいものに、なるのだろうか。


「どういう理由で手を挙げたのか、もちろんそこは聞かれるだろうけれど、
事実ならば周りの影響も大きいだろうし、あの学校に居づらくはなるな。
ご父兄も、問題のある教師がいることに、反対するだろうしね」

「そうですか……」


以前、母の知り合いから、理久を褒めてもらったことがあったけれど、

殴ったとなると、イメージも変わるだろう。

私は理久の分を全てお盆に乗せ、料理を2階へ運ぶことにした。

階段を1段ずつ上がり、扉が開いてもぶつからない場所を選び夕食を置く。

無理だとは思ったが、一応ノックして、下で食べないかと尋ねてみた。

理久からの返事は、戻らない。


「理久、さっきはごめんね、あれこれ言って。でも、ことがことだけに心配なの。
それだけは認めて。夕食、ここに置いていきます」


それにも、何も返事は戻らなかった。

無理に話すことは辞めようと私は階段の手すりにつかまり、1段ずつ降りていく。


「いずみ……」


振り返ると、理久の部屋の扉が少しだけ開いていた。

私は『何?』とき聞き返す。


「話せるときが来たら、きちんと話すから。今は、黙っていてくれ」


私はわかったと返事をした。

理久が、たいした理由もなく、学生を殴るなどありえない。

信じて待つ。

これが出来なければ、結婚したってうまくいかないはず。


「変なことを言って悪かった……」

「うん……」

「他の男……好きになったりするなよ」


私はもう一度大きく頷き、冷めるからさっさと食べなさいと忠告してやった。

今はきっと、私ともおじさんとも、顔をあわせたくないだろう。



『話せるとき』



その日が来るのを待とうと心に決め、心配そうに顔を上げたおじさんに、

理久が謝ってくれたと報告した。





黙って、理久を信じよう。

そう心に決めた私は、島本家から戻っても、両親には何も告げずにいた。





しかし、理久が学生を殴ってしまったという話は、

その次の日、母が『ボディフル』から、もう少し詳しい情報を持ち帰ってくる。


「何、いずみはこの話、知っていたの?」

「殴ってしまった話だけはね、細かいことは理久が話してくれないからわからなくて」

「じゃぁ、本当なの? やだ……」


母から聞いた情報は、殴られた被害者側のもので、

なんとなく頭の隅に思っていた通り、殴られた学生は、

以前、私に合成写真をよこしたあの鳥居君で、

『教育委員会』に訴えたのは、その母親になる。

以前いた中学でもPTA役員として君臨し、ボランティア活動の中で、

県会議員などにも知り合いのいる鳥居君の母親は、

『子供に手を挙げた暴力教師』として、理久の処分を申し出た。


「で、理由は? どうして鳥居君なのか」

「それはわからない」


母が『ボディフル』で知り合った年配の女性は、

『大渕中学校』にお孫さんが通っている。

以前、理久のことを素晴らしい先生だと褒めてくれた人だ。

部活に来ていた学生たちも、面談室に鳥居君と理久が入ったことは見ているが、

なぜ呼び出され、殴られるようなことになったのかを、知らないのだという。


「理久が鳥居君を呼び出したのは、間違いないんだね」

「そうみたいよ。でも、先生側がその理由を言わないから、
鳥居君の親は、理由もなく学生を殴ったって、騒いでいるって」

「どうして理久は理由を言わないんだろう」

「さぁ……」


理由を言わなければ、本当に今、世の中を騒がしている体罰教師になってしまう。

それでなくても、理久が『ハンドボール部』で、厳しい指導をしていると、

鳥居君の母親は、ここぞとばかりにあれこれ問題を作り出して、

『教育委員会』に早い審判を迫っているらしい。


「理久君が我慢できないことって、何かしらね……」


理久が問題を起こしたときが、私の入院時期と重なっていたことが、

どうしても気になり、胸騒ぎがなかなか収まらなかった。





理久とケンカをしてから、3日が過ぎた。

理久にとっては、謹慎の夏休みでも、私にとってはただの暑い一日。

化粧をして身支度を整え家を出ると、隣の庭で花に水をまいている理久がいた。


「おはよう、理久」

「あぁ、おはよう」

「ねぇ、水まきもいいけれど、隅の花壇、雑草をこまめに抜いてあげて。
栄養取られちゃうから」

「ん? あぁ、うん」


いつもの私、いつもの私と毎日心で繰り返している。

それでも多少、ぎくしゃく感じるかもしれないが、それはお互い様。


「あぁ、もう、ダメだって理久。いつまでも下手なんだから。
雑草は根っこから抜かないと、生命力強いんだよ」

「わかってるよ」


帰ってきたら出来ているか採点してやると、嫌味の一つを落とし、

カバンをもう一度肩にかけなおす。すると、一瞬だけど人と目があった。


「いいのか、いずみ。ボケッとして。電車に乗り遅れるぞ」

「わかっている……けど……」


見たことのある顔だった。

しょっちゅう見るご近所さんではなくて、どこかで見たという顔。

少し色黒の短髪頭。目は鋭くて少し寂しげで……


「あ……」


原田君。そう、あの立花先生をてこずらせていた、問題児原田君だった。

理久に、今その角に、自転車に乗った原田君が来ていたと話してみる。


「原田がここに? ありえないよ。電車で40分かかるんだぞ。
自転車で来たとしたら、1時間半は」

「いや、でも……」


絶対に間違いないのかと言われると、そこまでの強い自信はないのだが、

勘違いするほど、あいまいな記憶でもない、

私には、原田君がここへ来たとしか思えなかった。

理久と別れ駅へ向かう。

なにげなく視線を動かしながら、どこかに原田君が隠れていないかと思ってみるが、

それらしき人物には会わないまま、ラッシュの車内に乗り込んだ。





第15話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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