KNIGHT2 第15話

★15話




「ごめん、ごめん、遅れて」

「ううん、急にごめんね花子」


理久の前では何も気にしていない素振りを見せている私だけれど、

実際には結構ダメージを受けている。

親に話せば心配されるので、とにかく話を聞いて欲しいと日曜日に花子を呼び出した。

仕事がとんでもなく忙しい中で、いずみと島本君のことならと、

今日も嫌な顔をせずに来てくれる。


「学生を殴った?」


殴られた鳥居君がどういう学生なのか、私の知っている限りの情報は花子に発表する。

記念に残しておいた、あの合成写真も披露した。


「はぁ……確かによく出来ているね。冷静に見ればおかしさに気付くけれど、
いずみの立場で、いずみの性格なら、そりゃひっかかるよ」

「そう、見事に引っかかったの。で、そのあともからかわれて……」


夏休みに入り立ての時、写真のことで文句を言った私に、

鳥居君は理久との関係をさらにからかってきた。

『気持ちいいこと』なんて言葉、思い出すだけで顔が赤くなる。


「『気持ちいいこと』かぁ……言うねぇ、今時の中学生」

「でしょ。反省はしていないのかって言い返したかったけれど、
さらに何か言われそうで、言葉が出なかったのよ」

「教師は大変だね、まだ、文化の違いでとんでもないことをしてくれる
外国の取引先社員の方が、ましに思えてくるわ」


花子は人の話を聞いてくれるのが、本当にうまい。

解決するとかしないとかではなくて、口に出せることでどれだけ落ち着けるのか、

それをわかってくれている。


「正直、殴ったくらいで懲戒免職はないと思うよ。
ただ、その親があれこれ知り合いを出してくるのは困るよね」

「うん……」


そうだった。鳥居君の母親が主張していることを聞いていると、

自分の息子が殴られたことよりも、

理久に対して、いや、教師に対する恨みがこもっている気がしてしまう。


「私、同級生に声をかけようか」

「声?」

「そう、『松ヶ丘』を出て、地元の企業とかに勤め始めた連中も結構いるでしょ。
島本君がどんな人間であるのか、私たちはよく知っている。
理由もなく人を殴ったりするわけがないし、彼がどういう経緯で教師になったのか、
悪いけれど、その鳥居という学生の母親より、よっぽど彼を見てきたのだし」


花子は、『教育委員会』に対し、しっかりと判断してほしいと、

声を上げたらどうだと提案してくれた。理久に世話になった学生たちも、

協力する子が出てくるのではないかと言ってくれる。


「島本先生を評価してくれる人たちが声をあげたら、
『暴力教師』なのか違うのかくらい、すぐにわかるでしょう」


そう、そうだった。

ウジウジと悩んでいるだけでは、何も前には進まない。

せっかくうちの母が『ボディフル』に通い、

理久を評価してくれる人たちを知っているのだから、

協力してもらうことだって、出来るはず。


「そうだよね、花子」

「そうよ、『横浜北大学 ハンドボール部のエース』だったのよ。
そんな彼が、卑怯なマネをするわけがないでしょう」

「うん……」


私は花子に励まされ、立ち上がる勇気をもらい、その日は家に戻った。

どうやって輪を広げようかと、湯船につかりながら考えていると、

母が風呂場の扉をトントンと叩いてくる。


「何? どうしたの?」

「今ね、『大渕中学校』の立花先生という方から、電話があったのよ。
お風呂だって言ったら、また電話をくださるって……」


立花先生からの電話。

入院の時に、DVDプレーヤーを貸していただいたお礼を贈った。

それが着いたのかと思ったが、また電話をくれるということを聞いて、

おそらく理久のことだろうと考えた。





お風呂から出た後、立花先生からの電話を待つ。

時計が夜の8時を示してから少しして、その電話はかかってきた。


「すみませんでした、せっかくお電話いただいたのに」

『いえ、こちらこそ……』


なんてことのない会話から始まり、本題に突入した。

立花先生は、やはり理久のことで電話をくれた。


『堀切さんには、話をされましたか? 島本先生』

「いえ、細かいことは何も。無理に聞きだそうとすると、ケンカになりそうで」

『そうですか……。私も、鳥居君を呼び出した理由まではうかがっていないんです』


立花先生も、事件の詳細は知らないようだった。

鳥居君がなぜ学校に呼び出されたのか、ここがわからないと話が前に進まない。


『鳥居君には、何度か電話をしましたが、来いと言われたから学校に行って、
入れと言われたから部屋に入ったと、そればかりで』

「そうですか」


あの、悪知恵を働かせる鳥居君が、ただ理久に学校へ来いと言われただけで、

理由も聞かずにやってくるとは思えない。きっと、自分にまずい部分があるから、

それを言うことが出来ないのだろう。

理久が黙っているのをいいことに。


『あの……堀切さん』


立花先生は、今日、学生の東野さんが学校に来て、

『島本先生を救う』ための署名を、学生の間で始めたという話を教えてくれる。


「学生が?」

『はい。ハンドボール部の学生はもちろんですし、他の部活からもみんな、
協力してくれるようです。島本先生が普段、どれだけ学生と真剣に接しているのか、
部活動にしても、厳しいのは確かだが、決して無理な練習をしていることもないと、
署名という形で明らかにしたいとそう言って……』

「そうですか」


同級生で立ち上がろうと言ってくれた花子のことも、

こうして立花先生が電話をくれたことも、とても嬉しいけれど、

何よりも学生が立ち上がろうとしてくれていることが嬉しかった。

理久は、ちゃんと先生をしているのだと、認めてもらえたようで、

私のことではないのに、涙腺がゆるみだす。


『島本先生にお伝えください』

「はい」

『あさって、教育委員会で質問会があります。先生にとって唯一の機会なので、
学生をかばわずに、真実を話してください……と』

「あさって?」

『はい。島本先生側の聞き取りが、あさってに……』

「そうなんですか」


立花先生は、理久が学生をかばっているのではないかと、そう言った。

どうしてそう思うのかは、教師の立場もあり、細かくは語ってくれなかったが、

きっと理久には伝わるのだろう。


「わかりました、伝えておきます」

『『大渕中学校』には、島本先生が必要です』

「ありがとうございます」


私はあらためて頭を下げ、受話器を置いた。

あさって、理久が『教育委員会』へ出かけ、なぜこうなったのかということを、

話す予定になっているとは知らなかった。

私は、バスタオルで頭を拭き、ドライヤーでそれなりに乾かしていく。


みんなの温かい気持ちを、伝えておかなければ。

理久は一人ではなくて、多くの仲間が信じていること。


「ねぇ、いずみ」

「何?」

「これ、いずみに来ていたわ。
新聞の間に挟まっているから、気付かないで新聞入れに入れてしまうところよ」


リビングにいる母がくれたのは、白い封筒だった。

『堀切いずみ様』とは書いてあるが、切手もなければ消印もない。

私は、今朝一瞬見かけた、原田君のことを思い出した。

はさみで封を切り、中身を見る。



『天国と地獄 第一パスワード 4213 管理パスワード OBT……』



『天国と地獄』

私はおそらくパソコンに関連することだと思い、そのまま階段を上がる。

兄から譲り受けたノートパソコンを開き、

検索欄にキーワードである『天国と地獄』を打ち込んだ。



『天国と地獄』



そのキーワードで色々なサイトが呼び出された。

その中に、『中学生』という文字や、『戦い』などの文字を見つけ開いてみる。

『心寄せの沼』という文字が出ると、画面は急に暗くなった。

そして『第一パスワード』の入力を指示される。

私はメモに書いてある数字を入れ、画面の切り替わりを待った。

すると、予想もつかなかった文面が横一列に並びだす。


『心寄せの沼』とは、何かを願うための場所だった。

しかし、神社の絵馬に願い事を書くという前向きなものではなく、

個人名を上げ、その人が何かに失敗すること、

またはこの世からいなくなることなどを望むような、『不』のイメージが付きまとう。

『大渕中学校』にいるだろうと思える学生の名前があり、

競技会で怪我をすることを祈るという項目に、

あちらこちらから、無責任な賛同者が集まり、『呪いの1票』をクリックしていた。



そして……



私の目に、飛び込んできたものは……




『島本の恋人は手術が失敗し病の淵へ。『死』への道筋を!』




『島本の恋人』とは、私のことだろう。

私の手術が失敗し、病気の中で最終的に『亡くなる』ことを願うという項目が、

紛れもなくそこにあった。

誰がどう投票したのか探ろうとすると、

『ここからは管理者のみの入室です』と文章が流れ、

『第2パスワード』の入力を指示される。

私はメモに書いてある英文字15個を間違えないように入力し、画面を見続けた。

18名の名前がそこに挙がり、

そのトップには発起人として鳥居君の名前が載っていた。



世の中が、どんどん進んでいることくらい、私だって知っている。

いや、昔だってわら人形だの、占いだの、

人を恨んだり、陥れようとするアイテムがなかったわけではない。

でもどうして、何も知らない人たちに、私がこんなことをされないとならないのだろう。

結果的に、私の『卵巣のう腫』はたいしたことがなかったが、

それでも医者に病名を言われた後は、気持ちが乱れ、

結果のわからない状態に、それなりの大変な思いもしていた。

『死』という言葉を、あまりにも簡単に浴びせられる理由がわからない。

悔しさと悲しさと同時に、理久が私に理由を言わない意味が、理解出来る気がした。


どういう経緯なのかはわからないが、理久はこのサイトを知り、

私の項目を知ったのだろう。

発起人が鳥居君で、その常識を超えた行動に腹を立て、

教師としての立場を無視し、殴ってしまったのかもしれない。

理由を言えと迫っても、教えてくれないわけだ。


「何……これ……」


私の項目だけではない。クラスで人気者の子が人前で恥をかくことを祈るとか、

友達の親が経営している会社を呪うなどという内容が並び、

見ているだけで気分が悪くなった。

『あいつをリセットしろ』や『消せ!』という言葉が、あちこち使われているけれど、

ここに集っている人たちは、みんな現実と空想の区別がつかなくなっているのだろうか。

私たちは、電子音で動くキャラクターではない。

『死』を迎えてしまったら、二度と戻っては来られないのだ。


人生には『リセット』などありえない。

電源を切って、次の日に復活することもない。

ここに書かれた学生だって、一度しかない競技会前に怪我をしてしまったら、

もう一度スタート位置に立つことなど、出来ないのに。


『母親の死』を体験している理久にとっては、

人の不幸を願うような内容が、到底許せるものではなかったのだろう。

その悔しさと哀しさがわかり、私はPC画面を閉じると、理久の元へ走り出した。





第16話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

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最後まで

拍手コメントさん、こんばんは

>だんだん、真相が明らかになってきましたね・・・。

はい、いずみの疑問符も、ここで解決ですが、
事件の結末と、物語の結末を、どうか見届けてくださいませ。

解決に向かって

拍手コメントさん、こんばんは

>闇サイト、怖いですね・・・。
 内容も複雑になってきましたが、この先もきになるところです。

先を気にしてくださるのは、とっても嬉しいです。
明日からはラストまで3話連続です。
どうか、おつきあいください。