KNIGHT2 第16話

★16話




島本家の玄関。インターフォンを鳴らすことなく、ゆっくりと開ける。


「こんばんは、すみませんいずみです。理久はいますか」

「あぁ、いずみちゃん。理久なら上にいるよ」

「あがります」


おじさんに頭を下げて、階段を駆け上がる。

今までは何も知らなかったから、あえて語ってくれなかったのだろうけれど、

全てを知ってしまった今なら、理久からもきちんとした話が聞けるはずだ。

部屋の扉の前に立ち、呼吸を落ち着かせていると、扉の方が勝手に開いた。


「どうしたいずみ」

「理久……私だって、わかったの」

「わかるよ、声がしたから」


理久が、あれだけ理由を隠そうとした本当の意味がわかり、

私は、パスワードの書いてあるメモを握り締めたまま、理久にしがみついた。

悔しさと哀しさももちろんあったが、その何倍も理久への愛しさが重なっていく。


「いずみ……どうした、何があった」


話をするから、全て話すから少しだけ待って欲しい。

私は理久の鼓動を耳に感じながら、そうつぶやいた。





「理久、これ」


私は、郵便受けに封筒が入っていたこと、そのメモの中身を見て、

人の不幸を喜ぶようなサイトを見つけたこと、その項目を見たこと全てを話した。

理久は黙ったまま聞いてくれた後、申し訳ないという顔をする。


「どうしていずみのところに、手紙なんか入れるんだ」


理久はそういうと、どうしようもないくらい哀しい顔で、私を抱きしめてくれた。

何も言わなくたって、それがどういう意味なのか、痛いくらいにわかる。


「ごめんな、いずみ……」

「理久……」

「俺に対する恨みなんだろうけれど、関係ないお前のことが立ち上がるなんて、
しかも、手術のことだ」


理久は、自分が学生に厳しくしていたせいで、こうなってしまったと下を向いた。

本当はそんなことないのだろうけれど、理久はそれだけ責任を感じてくれている。


「理久、私なら大丈夫だよ。そんなサイトにいいようにされたりしないから」

「いずみ……」

「まぁ、いい気持ちはしないけど」

「当たり前だ。俺だって見つけたときには、信じられなかった。
人の命を、一体なんだと思っているんだって、普通に呼吸することもキツイくらいだった」


サイトの管理者の一人として、鳥居君の名前がわかり、

理久は夏休みのある一日、学校へ呼び出した。

本来なら、主任の谷山先生に話すべきだったのだが、

話をすれば、大きな問題となってしまうことは明らかで、

それを避けようとした結果、誰にも告げずに呼び出したのだと言う。


「どういう経緯でこういう卑怯なことをしたのか、それを説明しろと言った。
鳥居は、始め知らないと突っぱねていたけれど、
俺がとあるところから、ある程度の情報を集めていることがわかって、
あいつはしかたなく認めた。それでもさ、こんなものは誰だってやることで、
大げさに騒ぐことがおかしいと言い出したんだ。あまりにも軽く言われたので、
腹が立って、あいつの胸ぐらをつかんだ」


理久につかまれた鳥居君は、それでも表情を変えずに、

逆に、こんなことをしている姿を見られたら、教師として問題になりませんかと、

言い返してきたらしい。

理久はその時のことを思い出しているのか、唇を噛みしめる。


「俺は、たとえ誰であっても、人の不幸を遊びにすることは許せない。
冗談だなんて言葉は通用しないと思う。だから、鳥居のことも殴った。
教師と生徒ではなく一人の人間同士として、絶対に許すことが出来ないと思ったから。
教師としては、生徒に手を挙げることは、何があってもしてはいけないことだけれど、
それを飛び越えてでも、抑えられないほどの怒りがあることを、
どうしてもあいつに知らせたかった」


私も、電車の中などで、学生が友達同士、『死ね』だの『クズ』だのと

平気で汚い言葉を使い合っていることも知っている。

笑いながら、ふざけあいながら話しているから、たいしたことではないとでも、

思っているのだろうか。

顔は笑っていても、心の中は何も手につかなくなるくらい傷つく人がいることを、

わからないなんて、あまりにも幼稚すぎる。

もしも……が起きてしまったらと、誰も思わないことが逆に恐ろしい。


「鳥居も殴られるとは思っていなかったんだろうな、足が震えていたから。
それでも俺が手を離さなかったら、どうしたらいいのかわからないような顔をして。
ちょうどそのとき外を人が歩く音がしたんだ。
あいつは助けを求めようと、大きな声を出した。
歩いていたのは、1年の主任をしている竹平先生で、すぐに部屋に入ってきて、
島本先生何をしているんですかって、腕をつかまれた」


鳥居君は、演技なのか本当なのか、そこに崩れ落ちたらしく、

『どうしてこんなことになるんだ』と、反撃をし始めたという。


「俺もカッとなってしまった。
本来は、鳥居にサイトを削除させる目的で学校に呼び出したのに、
結局、第2パスワードを聞き出すことが出来なくて……」


どうして鳥居君を殴ったのか、もちろん竹平先生に聞かれたが、

理久は黙ってそこから何も語らずにいた。

校長先生や教頭先生とも話をしたけれど、

鳥居君に聞いて欲しいと、理久からの告白はしなかった。

しかし、鳥居君は母親にも校長にも、『意味のない呼び出しと暴力だ』と訴え、

理久からも正式な謝罪がないと怒った鳥居君の母親は、

子供の話だけを受け入れた状態で、どんどん話を大きくしてしまった。


「第2パスワードって言ったよね、理久」

「あぁ……」

「それがあれば、削除出来るの?」

「いや、削除は出来ない。でも、管理者だけしか知らないパスワードなんだ。
それがわかれば、鳥居の他に関わっている学生を探れる……」

「それって、これ」


手に握りしめてきた封筒の中身を、私は理久に手渡した。

理久はそうだと頷き、すぐに自分のパソコンを立ち上げ、そのサイトを開く。


「これが封筒に入っていたのか」

「うん」

「以前から、学校内で噂になっていたんだ。こうした闇のサイトが出来ているって。
おそらく鳥居が絡んでいることもわかっていたけれど、証拠がつかめなかった」


私が入力したのと同じように、理久もパスワードを打ち込んだ。

この第2パスワードは、投票する側ではなく、

その中身を管理する者だけが知るパスワードのため、核の部分へ入っていける。


「あった……わかったぞ」


理久は、これが鳥居君への証拠になると、画面を印刷し始めた。

そして機械が印刷をしている間、メモの筆跡を確かめるように見続ける。


「これ、入っていたのは今日だよな」

「うん、朝刊のちらしの間にあったらしい」

「だとすると、本当に今朝、いずみが見たというのは原田だったのかもな……」


理久は、鳥居君と一緒にいることが多い原田君なら、

パスワードを知っている可能性が高いと、そう言った。


「どうせ入れるのなら、うちのポストへ入れたらいいのに」


理久は、私の目に触れたことがどうしても許せないらしく、

悔しそうにそうつぶやいた。


「よかったわよ、うちに入っていて」

「どうしてだよ、気分が悪かったって言っただろ」

「そうよ。でも、うちに入っていなかったら、理久は私にもずっと隠したでしょ。
話せるときが来たらって言っていたけれど、
本当の意味で全ては教えてくれなかった気がする」


待っていると言いながらも、やはり気持ちは揺れていたことを、

私はあらためて語った。

事実がどうのこうのより、話してもらえない状況が辛かったと正直に訴えた。

そして、気持ちのバランスが取りづらくなっていることを、

日曜に花子に会い、愚痴として聞いてもらった話も付け加える。


「吉田に?」

「うん。そうしたら花子が、同級生達に声をかけて、
教育委員会に理久の人柄をアピールするべきじゃないかって、そう言ってくれて……」


理久は、責任感のある花子のコメントらしいと笑い、

実現は難しいだろうが、気持ちが嬉しいと笑顔を見せた。


「あ、そう。立花先生から電話があったんだよ。
学校でも、東野さんが学生達に声をかけてくれて、
『島本先生を救おう』って署名活動を始めてくれたって」

「署名?」

「そう、先生は厳しいけれど、本当に学生のことを考えてくれているって、
証明してくれるんだって」

「東野かぁ……あいつに救われるのも、後々うるさそうだな」

「なによ、嬉しいでしょ」

「まぁな」


立花先生が、あさっての会議は唯一弁明の出来る場所なので、

学生のことばかり考えずに、きちんと主張をするように言っていたことも

忘れずに話をする。私は、その場所でこの事実を語るのかと聞いてみた。

理久は黙ったまま首を振る。


「どうして? 鳥居君にも呼び出される理由があったことを言わないと、
理久だけが悪いみたいじゃない」

「今は言えない」

「今? だって、あさっての会議の後、理久の処分が決まるでしょ」

「でも、言えない」


理久は印刷した名簿を見ながら、ある学生の名前を指差した。

『根岸暁』。彼は陸上部で好成績を上げ、

ある私立高校に推薦入学がほぼ決まっていると言う。


「この噂話が本当のことだと、俺のところに持ってきたのはこの根岸なんだ。
3ヶ月くらい前に、携帯の無料サイトで、
同じ陸上部の早坂がタイムを上げたことを嘆いて、
あいつの足が折れたらいいのに……ってつぶやいたことを鳥居が知った」


鳥居君は、友達とのやりとりの中で、勢いまかせに書いた内容を、

早坂君に見せると脅し、それを黙っている代わりに、

闇サイトの中で協力するようにと声をかけたという。


「始めはみんな、ただの遊びのつもりだった。
ここに名前を連ねている学生のほとんどは、鳥居に何かしら握られているのだろう。
だから、その場を逃れるために参加した。まぁ、そんなことを書いても、
誰も怪我をしないし、誰も事故にあったりはしなかったから。
ただ、世の中には『大渕中学校』に関係がなくても、
こういったものに喜んで参加する人たちがいる。
PCの知識がある悪巧みの連中が集まっていくうちに、
サイトはどんどん膨らんでしまった」


罪の意識を感じた根岸君は、鳥居君が『理久と私』の項目を立ち上げたことを知り、

このままではまずいと思い、連絡をくれたのだという。


「でも、あいつには推薦入学がかかっている。
こんな問題に絡んでいることが学校にバレて、推薦がもらえなくなったらと思うと、
どうしたらいいのかわからないと、涙を流してさ……」


『推薦入学』が取り消されたら、確かに一生の傷だろう。

それでも……


「こんなもの、消してしまえばいいのに」

「そうなんだよ、でも、消すことが出来るのは、
鳥居が知っているという、このサイトを作った男だけなんだ。
ネットの世界では、『つい……』が通用しない。一度出してしまったものを、
なかったことにするのは、難しいからね」


理久が鳥居君を学校に呼び出したのは、

このサイトを削除するように説得するためだった。


「たかが教師に、命令なんてされたくない……鳥居はそうも言っていた」

「たかが教師?」

「あぁ……あいつは中学受験がトラウマになっているんだ。
先生の言うとおり、親の言うとおりやったのに、結果が出なかったと、
人の責任にしている」


話を聞きながら無性に悔しくて、私は理久の手をしっかりとつかんだ。

理久はどうしたと言いながらも、その手を握り返す。


「たかが……なんて、信じられない。私のことも理久のこともバカにして」

「いずみ」


いや、私のことなんて本来どうでもいいことだった。

理久のことを軽くあしらうなんて、相手が学生でなかったら、私が張り倒したい。

忘れようとしても忘れられない、鳥居君の顔を思い浮かべながら、

私は理久とつないだ手を見ながら、悔しいという言葉を何度もつぶやいた。





第17話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

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