第2話

第2話




中学3年の秋、サッカー一筋から頭を切り替えた俺たちは、

高校受験へ向かって、遅いエンジンを少しずつかけ始める。

そして、その頃、俺は美咲の事情を、正確に初めて知ることとなった。



美咲の父親は、とある輸入業者で経理を担当していた。

とても真面目な男だったが、友人の保証人になり、借金を抱えてしまう。

もちろん、地道に返済するつもりだったが、業績の悪化で給料が下がり、

ある日、ちょっとした気のゆるみで、帳簿を書き換え、それを返済にあててしまった。

無計画な行動は会社にすぐにバレ、解雇となり、警察にも捕まってしまう。

それを聞いた玲の父親は、その借金の肩代わりを引き受け、

その代わり、美咲の父親と母親を離婚させた。



美咲の母親と、玲の母親は姉妹で、

他に行くところがなかった美咲と母親は、

お姉さんの嫁ぎ先である『金村園』で世話になることになった。

美咲の母親と、玲の父親が兄妹で『金村園』が実家なら状況も違ったのだろうが、

玲の母親とすれば、妹夫婦の不始末を嫁ぎ先が穴埋めしてくれたことになり、

どうしても美咲たちには厳しく当たらざるを得ない。



それでなくても、ここら辺では『金村園』の力が絶大だった。

工場、店舗、茶畑、地域の住民が、形は色々だが、玲の家で働いていたり、

玲の家と取引をしている。

子供たちの関係に、親の関係は別だとは思うが、自然と見えないゆがみは生まれ、

小学校でも、中学校でも、玲は女の子の常に中心で動いていた。



その点、わが大倉家は、父親が国家公務員として、このあたりの森林調査をしていて、

母親は専業主婦。3つ違いの弟は、まだ夜、お腹を出して寝ているくらいだった。



地元の実力者と親戚なのに、従兄弟なのに、従業員の住むアパートで暮らす美咲が、

玲の家族に気をつかっている現状は、少し離れたところにいる俺たちにも、

ひしひしと伝わった。





そして、高校受験を終え、俺も美咲もそして玲も、同じ高校に進学する。





俺はサッカー部に入り、玲もまたマネージャーになった。





そして、美咲は。


ホームルームが終わると、美咲は時間を気にしながらいつも教室を飛び出していく。

教室の窓から外を見ていると、誰よりも早いくらいの勢いで、

昇降口から出て行く姿が見えた。

歩く体制はいつも前かがみで、急いでいるということが、体全体から伝わってくる。


「駿介、新しいユニフォームだって、ねぇ、見てよ」

「なぁ、玲。美咲はどうしてあんなに急いでいるんだ」

「美咲? あぁ……」


玲は美咲の話をすると、すぐに嫌な顔をする。

それでも、高校に入ったら、美咲がお店を手伝うようになったからだと、

理由を教えてくれた。


「店の手伝い?」

「そうよ、バイトするのならうちでやれってお父さんに言われて、
それで始めたみたい」

「へぇ……」

「ほら、こっちを見て!」


美咲を見ていた俺の顔を、玲が無理矢理別方向へ移動させる。

その日は新しいユニフォームを受け取って、先輩中心の練習に必死にくらいつき、

すっかり夕暮れも終えた闇の中を、自転車のライト頼りに家へ向かう。

その途中にある『金村園』の明かりが見えたので、ブレーキをかけた。

時間は夜の7時になろうとしている。

美咲は店の中で、もう一人の女性と一緒に、窓ガラスを丁寧に拭いていた。





「ただいま」

「靴下は玄関で脱ぎなさいよ!」

「わかってるよ、毎度毎度言うな」

「毎度言わないとやらないからよ」


変化のない軽いバトルを乗り越え、部屋へ向かおうとしたが、

言わないとならないことがあり、足が止まる。


「なぁ、母さん。明日から1年だけの朝練があるからさ、1時間早く出るわ」

「朝練? あらそうなの?」

「うん……弁当、頼むな」


本当のことを言えば、朝は10分でも長く寝ていたい。

それでも、午後の練習では先輩たちがメインのため、

1年の俺たちはボールに触れる時間が少なくて、ストレスがたまるばかりだ。

目覚まし時計と、親の声、ダブルで設置し、朝練のため眠りについた。





人は、頑張る態度を見せると、何かおまけがついてくる。

朝練のために、家を1時間早く出て、学校へ向かっていると、少し前を歩く美咲が見えた。

俺は数メートルのところで自転車を降り、美咲に声をかける。

美咲は後ろを振り返り、輝くような笑顔で『おはよう』と挨拶をしてくれた。


「早いのね、大倉君」

「あぁ、今日から1年だけで朝練なんだ、テスト前まで」

「そうなんだ」


美咲が早く来ることは知っていたけれど、この時間だったとは知らなかった。

まだ、通学時間とは言えないため、周りを歩く人の数も少ない。


「それだけ人数がいるんじゃ、大変ね」

「まぁな。でも、少なくても燃えないし」

「そっか……そういうものなんだ」


こんなところで、美咲とゆっくり話しが出来るとは思わなかった。

俺は部活のこと、特徴のある教師のこと、そして少し難しくなった勉強のこと、

時間を無駄にしないように、話を重ねていく。

美咲は何度も頷いたり、時折楽しそうに笑ったりしながら、

俺の話につきあってくれた。


こんな大きな喜びがあることを知ったからか、

次の日から、俺は目覚まし時計だけでも起きられるようになった。

弁当をつかみ、自転車で『ある地点』まで必死にこぎ続ける。

偶然のふりをして、また会ったななんて繕う言葉を足して、

その日も十数分の語り合いを、めいっぱい楽しんだ。



朝練を始めて5日目。

曲がり角を過ぎると、美咲が立っているのが見えた。

視線は俺が走ってくる道路へ向かい、姿が見えたとき、確かに笑ってくれた。

そう、あいつは確かに待っていた。


「おはよう」

「おはよう……」


美咲は自転車に乗れないらしい。

運動神経が悪く、体育の時間は苦痛だと笑顔を見せる。

うちの高校は、地元ではある程度の進学校だが、

美咲の成績は、その中でもさらに優秀な位置にある。


「それじゃ、入学してからずっとこの時間に家を出ているんだ」

「うん、朝早いのは好きなの。ゆっくり歩いても絶対に間に合うし、
朝早くだけ咲いてくれる花もあるのよ。そういうものを見ながら進むのも楽しいし……」

「ほぉ……花を見ていて、楽しいか?」

「楽しいわよ、歩いている人たちの姿を見ているのも楽しい。
のんびり犬とお散歩の人もいるし、おにぎりをほおばりながら早足で進む人もいるし、
あ、そうそう、運動部の朝練もよく見てる。みんな運動神経いいなぁ……って」


朝練、見ているんだ。

俺のことも、目に入っているのかな……


「いいよ、運動くらい苦手だってさ、お前、勉強出来るだろ」

「大倉君だって、出来るじゃない」

「そうかな……」


美咲は朝、ゆっくりと登校して、帰りは大急ぎで帰る。

そう考えるとなんだかおかしくなってきた。


「どうして笑うの? 何かおかしい?」

「いや……お前帰りはあっという間に帰るだろ。
朝と夕方で、時間の使い方があまりにも違うなと思ってさ」


部活の帰りに店をのぞくと、美咲が店番をしているのが見えると、正直に語った。

いや、正直に言えば、見えるのではなくて、見るのだけれど。


「大変だな、お前も……」


思わず出た言葉だった。高校生になり、なんとなく大人の社会に対しても、

理解する力が生まれたのか、『遠慮』という二文字が、大きく飛び出してくる。


「店番は楽しいわよ、教科書を読む時間があるから、
おかげでテスト前でもそんなに勉強しないで済むし」

「そうか?」

「そうよ」


美咲は、この年齢で、我慢することを知っている。

そして、その窮屈な中から、また楽しいことを見つける知恵も持っていた。

自分は恵まれているのだと思いながら、自転車を押し続ける。

話せば話すほど、顔を見れば見るほど、俺の心の中は、美咲でいっぱいになった。





……が、次の日から美咲はその場所に姿を見せなくなった。

1日目は、寝坊でもしたのかと、ギリギリまで待って、結局自転車で向かった。

もちろん学校には遅刻せずに来るので、問題はないのだが、

貴重な時間を奪われた俺は、その理由がなんとしても知りたくなる。


期末テスト前になり、部活は一斉に休みとなった。

担任教師のさよならの挨拶が終わったので、俺は猛ダッシュして先を行く。

自転車置き場で自転車を取り出し、それとなく動きをうかがっていると、

今日も帰りを急ごうとする美咲を見つけ、声をかけた。


「曲がり角まで行ったら、後ろに乗れよ」


突然の誘いに、美咲は当然首を振った。

それでも俺は譲らずに、話したいことがあるからと食らいつく。


「店の手伝いだろ、間に合わないと困るから送る」


玲の親父が厳しいことは、俺だって知っていた。

中学に入ったばかりの頃、大きな門を開けっ放しで帰ろうとしたら、

とんでもない声で怒鳴られたからだ。

戸惑っていた美咲も、譲らない俺の態度に負けたのか、

自転車の後ろに乗ってくれる。


「つかまれ」

「……うん」


俺と美咲、二人分の通学バッグを前カゴに入れた。

そして、あいつの両手が、俺の体に触れる。


「走るぞ」

「うん……」


抱きしめられているわけでもないのに、メチャクチャ緊張した。

同時に体中が熱くなってきて、自分が耳まで赤いのがわかるくらいになる。

通学路から1本外れた道にある小さな公園へ向かい、一度自転車を降りた。


「聞きたいことは一つなんだ、どうしたんだよ、朝」

「あ……うん……」


美咲は、早番で出てくるパートさんが一人腰を痛めてしまい、

その代わりを引き受けるようになったと教えてくれた。

倉庫から品物を出す仕事が、朝早くにあるらしい。


「代理ってこと? じゃぁ、その人が復活したら、また早く出てくるのか?」

「……ごめん、よくわからない」


美咲の答え方に、おそらく前のようにはできないと言う隠れた返事を、

俺は感じ取ることが出来た。代理だというのはとってつけた理由であり、

その仕事はずっと続くのだろう。


「そっか……」


どう言ってやればいいのかわからない俺に、

美咲は送ってくれてありがとうと頭を下げる。

ポニーテールにした髪の毛を揺らしながら、あいつは家へと走っていった。




第3話

駿介と美咲、二人の『恋』は、芽を出し、花を咲かせるのか……
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