第3話

第3話




テストが終了しても、それから季節が代わり秋になっても、

美咲があの時間に学校へ向かうことはなくなった。

先輩たちが1学年抜け、

俺たちも数名はレギュラークラスとして、練習に参加することになる。

違った意味での朝練は続き、季節は冬になった。


「はい、終了!」


玲はタイムキーパーだと言い、朝練に顔を出すようになった。

部室に入り着替えを終えて出てくると、そこに立っている。


「駿介、ねぇ、紅茶あるけど、飲まない?」

「いいよ……俺は」


廊下を教室へ向かう間に、校門を通る美咲が目に入った。

今日も仕事を終えてから、学校へ来たのだろう。


「なぁ、玲」

「何?」

「どうして美咲ばかりが店の手伝いをするんだよ。
そんなに忙しいのなら、お前も店、手伝えばいいじゃないか」


そう、俺はイライラしていた。

マネージャーが来なければならないような練習はしていない。

見物客のようにグラウンドへ出てきて、あれこれ言うだけなのなら、

いてくれなくたっていいのだ。


「どうして私が? だって、こうして朝練に……」

「キャプテンから言われているわけじゃないだろう。別に自主練習なんだからさ、
わざわざ来なくたっていいよ」

「駿介……」


不満そうな玲を置いてけぼりにして、俺は歩く速度を上げた。

すると後ろからバッグで思い切り殴られる。


「イッテ……お前なぁ、何するんだよ、痛いだろうが!」

「何よ、美咲、美咲って。どうしてそんなこと言われなければならないの?
美咲は……美咲はうちのお金で高校にだって通っているのよ。
ううん……父が助けなければ、どうなっていたのかだってわからなかったの。
世話になっているのだから、手伝いくらいお願いしたっておかしくないでしょ」


玲は興奮状態のまま、毎日朝早く出て、

俺と美咲が一緒に歩いていたことを知っていたと言い始めた。

自分にばかり辛く当たると、怒りの矛先が俺に向かい始める。


「駿介は何もわかっていないの。
表だけ見て、それで美咲がかわいそうだって、そう思っているだけでしょ」

「表? なんだよそれ」

「かわいそうなんかじゃない!」

「玲……」

「美咲、美咲って、私の前で言わないでよ!」


怒りの頂点に達した玲に、足を踏みつけられ追い抜かれた。

中学の頃からわがままなところがあったけれど、さらに磨きがかかっている。

そして、俺が美咲のことを口にすると、結果的に美咲が困るのだと言うことも、

その時にハッキリわかった。





高校1年はあっという間だった。

そして神様は、わかってくれたのか、俺と美咲は2年で同じクラスになった。

さらに、美咲がどれくらいの時間に家を出てくるのかもわかり、

朝練のない日は、自転車を引きながら現れるのを待つ。

美咲が家で電話に出られるのは、午後8時過ぎだということも、

朝の通学時間で聞いた話からわかったため、

宿題の範囲を聞くという絶好の口実を見つけては、家へ連絡を入れた。

さらに、教科が同じ日本史の担当となったので、

そういった時間も有効に情報交換をする。

あまり連続になると、また玲が邪魔をするかもしれないし、

あらたな仕事を押し付けられても困る。

高校2年にもなると、それなりに隙間を見つけ、時間を作ることもうまくなってきた。


「あぁ……そうか、そういうことか」

『大倉君、年表は書かなかったの?』

「いや、書いたつもりだったけれど、抜けていたみたいだ」


我が家の電話は1階の階段脇にある。

夜8時過ぎに階段に腰かけては、美咲の声を聴くことが、

何やら日課になってきた。

宿題の話は早々に終えて、俺は夏に向かって出て行くことになる試合のこと、

中学校で一緒にやっていた同級生が、強豪校で苦労していることなど、

予定外の話まで、美咲の耳に入れていく。

サッカーなんて興味があるのかどうかわからないけれど、

美咲は少なくとも楽しそうに、時々『それから?』という返事を寄こしながら、

電話に付き合ってくれた。


「でさぁ……俺、美咲に頼みがあるんだ」

『何?』

「また……お守り作ってくれないかな」


中学最後の試合、美咲からもらったサッカーボールの模様をかたどったお守り。

そう、あのお守りのおかげで、好成績をあげることが出来たのだと、

今でも信じている。


「忙しいから、無理か?」

『ううん……』

「そんなにあれこれ凝らなくていいからさ、ただ、美咲が作ったお守りだと、
利く気がするんだ。気持ちの問題なんだけど」


店の手伝い、勉強、そして家のこと、

美咲がたくさん抱えていることを知っているのだから、無理は言えない。

それはわかっている。


『わかった、任せて』

「本当?」

『うん、お守りが効くなんて言ってもらえたら、頑張ろうって思えるから』

「うん……」


目の前で母親が仁王立ちし、電話を切りなさいと無言で訴えてくる。

時計を見ると、確かに30分以上が経過していた。

そろそろ切らないと、美咲にも悪いかもしれない。


『テスト休みまでには作るね。出来たらまた連絡する』

「おぉ!」


俺はまた明日と挨拶をした後、受話器を置いた。

立ち上がると、確かに階段の板の上に座り続けていたからか、おしりが痛い。


「なんだろうね、この子は。女の子でもあるまいし、長電話ばかりして」

「うるさいなぁ、人の会話を聞くなよ、そこで」

「聞いているわけじゃないですけどねぇ、入ってくるのよ、美咲、美咲って。
ねぇ、美咲ってあの『金村園』の親戚の女の子でしょ?
お父さんが捕まって、こっちに来たっていう」

「あぁ、そうだけど」

「あの子美人さんよね、前にお店へ行ったら、店番していて、
かわいいわねって言ってしまったわ、思わず……」


母親のそんな唐突なセリフに、俺の顔が真っ赤になった。

美咲がかわいいことは、自分で認めていることだけれど、こうして言われてしまうと、

どう反応していいのかわからない。


「ねぇ、駿介、付き合ってるの?」

「は?」


冷蔵庫から麦茶を取り出して、ガラスのコップに注いでいく。

親父が遅くて、世話する人間がいないからか、母親の追及は結構しつこかった。


「ねぇ、あの子も駿介のことが好きだって?」

「うるせぇ、とっとと寝ろ!」


それでも、美咲のことを褒めてもらえたのは、くすぐったいくらい嬉しかった。





普通なら、テストが近付くのは嫌なのだろうが、

俺にとってはテスト前ほど有意義なものはない。

その中にある日曜日、美咲の店番が休みであることを知る、いつもの帰り道。


「ありがとう」

「こんなものでいいかな。もう少しかわいくしようかなと思ったけれど、
大倉君がつけていて、周りから変だと思われても嫌だったの」


美咲は我が『陵州一高』のサッカー部ユニフォームを再現したお守りを作ってくれた。

背番号は小さなスナップで取り外しが出来る。


「大倉君が、来年背番号が変わるでしょ。そうしたらまた数字を入れ替えようと思って」


そう、2年になって試合にある程度出られるようにはなったが、

背番号はレギュラー番号ではない。

美咲はそれをわかっていて、次のステップを作ってくれた。


「うん……そうだな。秋には番号変わらないと」

「うん……」


通学路から1本外した公園ベンチ。よく話をする場所。

約束のお守りを受け取って、俺は勇気を振り絞る。


「なぁ、美咲」

「何?」

「明日、お前仕事休みなんだろ。『戸倉』まで一緒に行かないか」

「戸倉?」


俺たちの町には、娯楽施設が何もない。

駅前と言っても、小さな田舎で、適当な食料とパンやお菓子が買える店と、

さびれた飲み屋が2件あるだけだった。

今、流行のカラオケやゲームセンターなど、心が楽しくなるようなものは、

電車に乗っていかないと、体験することなど出来やしない。


「勉強の気晴らしに、映画でも見ないかな……と思って」


テスト前であることは十分わかっている。

でも、それだけで押さえつけられるのは、到底耐えられないことだった。

電話で親に睨まれたり、通学時間で玲にあれこれ言われたりしない場所で、

美咲と一緒にいたい。


「夕方までに、帰れるのなら」

「うん……もちろん、テスト前だしさ、映画見るだけだって」


そう、極端なことを言えば、映画なんて見なくても、美咲が見られたらそれでいい。

電車に揺られたまま、東京まで行って、そのまま戻ってくるのも全然問題ない。


「わかった。行こう」


壁を乗り越えられたことが嬉しくて、俺はさらに前へ出る。

こうなったら、自分と言う存在を、しっかり確実なものにしておきたいからだ。


「美咲……」

「今度は何?」

「俺……」


ここで止めちゃダメだ。気持ちはきっと、伝わっているから。


「……俺、お前のことが好きなんだ。だから明日映画に誘ってる。
別に暇だからとか、映画のチケットをもらったからとか、そういうことではない」


そう、間違ってもひまつぶしではない。

一緒にいたくて、少しでも長く話をしていたいから、

だから映画という方法をとろうとしている。


「わかってるよな」


大丈夫だと思いながら、美咲の顔を見た。

さすがにこんな告白、照れくさいのか、あいつも顔が赤くなった。


「わかっている。私も……」


私も……


「私も大倉君が、好きだから……」


一瞬、美咲の唇に目が行った。

でも、そこへ飛び込む勇気はもてなくて、

俺の右手はあいつの左手をしっかりと握り締める。


「うん……」


握り返してくれた美咲の手のぬくもりと、目の前に広がる真っ青な空。

間違いなく今の俺は、青春真っ只中だった。




第4話

駿介と美咲、二人の『恋』は、芽を出し、花を咲かせるのか……
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