第6話

第6話




季節は夏を過ぎ、秋へ向かう。

俺たちが部活動を終える日も、だんだんと近付いてきた。

それと同時に、『東京へ行く』という目標を語った俺は、

その目標を現実にするため、部活を終えたあと塾に通い始める。

家へ直接帰るルートと、塾へ行くために駅へ向かうルートは違うため、

店番をする美咲を見るという日課は、果たせなくなった。





「はい、お守り」

「うん……」


ある日の夕方、大会に向けて、美咲にお守りをもらう。

中学の時から数えて、もう何度目だろうか。


「あと……これも」


美咲の手に握られていたのは、別のお守りだった。

あいつの手作りではなくて、地元の人間が初詣などに通う、神社のもの。


「大倉君、東京の大学を受験するんだってね。玲ちゃんから聞いた」


美咲は少し早いけれど、受験用のお守りだと、俺の手に握らせた。

『東京へ行く』という決断を、自分の口からしようと思っていたのに、

また、玲に余計なことを言われてしまった。


「ありがとう」

「大倉君、『陵大』でも行くかなと思っていたから、ちょっと驚いちゃった」


美咲の表情が、なんだか寂しく見える。

自分で決めたことなのに、この一言だけで、簡単に気持ちがぐらついた。


「『陵大』だと、学びたい学科がないんだ。それに、どうしても東京へ出て行きたくて」


親にははぐらかせるようなことを言ったけれど、美咲にはそうはいかない。

どうして『東京の大学』なのか、その意味を初めて語る。


「ここにはさ、いい意味でも悪い意味でも、形が出来てしまっている。
『金村園』は大きいけれど、でも、日本の中で考えたら、小さなものだろう。
それでも、みんな、出来上がった順位に逆らおうともしないし……」


地元の人たちはみんな、出来上がった流れを非常に大切にしていた。

今では結婚し、子供もいるような大人にたいしてだって、

『ちゃん』や『くん』をつけて呼ぶ。

子供の頃から知り尽くしているという思いが、そういう呼び方になり、

祭りの御輿を担ぐ連中にだって、白髪頭の男達は『まだまだだ』と辛い点数をつけた。

自分たちがこの土地の全てであるような顔をする人が多いから、

新しい物や人を、うまく受け入れられない。


「美咲も、ここにいたらずっと、
玲や玲の親父に、気をつかって生きないとならなくなる」


玲には許されても、美咲には許されないことがたくさんあることを、

俺はそばにいながら、ずっと見続けて来た。

これから何年月日が重なっても、ここにいる限り、それは絶対に変わらない。


「俺、東京で生活出来るようになるから。そうしたら……」


もらったお守りを強く握りしめる。

今、ここで威力を発揮して欲しい。


「美咲を自由にしてやるから」


地に足がつかないような、ふわっとした言葉かも知れないが、

俺の思いは真剣だった。この地を離れて、

美咲が美咲らしく、生きられるようになってほしい。

そして、そのそばに、自分が立っていたい。

『プロポーズ』とも言えるくらいの、そんな気持ちだった。


「……ありがとう」


美咲が泣いたところを、俺は一度も見たことがなかった。

今も泣いてはいないけれど、でも、目は潤んで見えた。

美咲自身にも、ひしひしと感じる物があるからこそ、俺の気持ちが通じたのだろう。

少し湿り気のある風が、頬をかすめ、美咲の髪が揺れる。

俺の左手が美咲の頬に触れると、あいつは少し驚いたような顔をした。

それでも逃げることなく、受け入れてくれる。

手を握ることではなくて、笑い合うことではなくて、

もう少しその先にある、心地よい感覚を知りたくなった。

ゆっくりと顔を近づけ、そして唇に触れる。

キスなんて格好いいものではなくて、ただ触れただけだったけれど、

その感覚は、一生忘れないだろうとそう思えた。


「冗談じゃないからな、俺、本気だぞ」

「うん……」

「だったらもう……大倉君なんて呼ぶな」


美咲の頬から頭の方へ手が動き、そのまま自分の方へ引き寄せた。

耳元から、シャンプーの香りが漂ってくる。


「駿介って言えよ」

「……うん」


美咲の声よりも、自分の鼓動がうるさいくらいだった。

呼吸が荒くなっているようで、顔を背けてしまう。


「駿介……」


照れくさそうに、それでも美咲はきちんと呼んでくれた。

確かに聞こえたことを確認すると、俺は強引にも、また美咲の唇に触れていく。

一度目よりも、もう少ししっかりと触れた気がした。


『愛している』なんて言葉は、まだ使える年齢ではないのだろうけれど、

『好き』の2文字では片付けられない感情が、今、確かにあった。





そして、高校最後の部活が終了した。

とくに華々しい成績を残せたわけではないが、

熱中した思い出だけは、全国レベルの大会に出たヤツ並にあるだろう。

母親を交えた面談で、東京のトップ、

いや全国の私立大学トップ2を受験したいと告げた時、担任はポカンと口を開けた。

それでもめげずに言い続け、カレンダーが10月を示す頃から、

人生でこれだけ集中したのかと聞かれたら答えられないくらい、勉強した。

朝起きて、学校へ行き、家へ戻ってからは全てをそれに費やした。

浪人なんてしていられない。すれば卒業が1年遅くなる。

美咲を自由にしてやる時間が、後ろへ行ってしまうからだ。

3年の2学期に行われた期末試験では、

友人達にカンニングではないかとからかわれながら、学年で5番目の成績を取った。

その頃、美咲は推薦で『陵大』の姉妹校である『陵州短大』に進学を決め、

今までと変わらない生活を送り続けていた。

塾へ向かう前、自転車で『金村園』の前を通り、美咲の姿を確認する。

時には美咲が俺に気付き、小さく手を振ることがあった。





「嬉しい……よかった」


玲は俺と同じ塾に通っている。

父親からは4年生の大学を薦められているようだが、本人は短大でいいと譲らない。

何を学ぶのかというより、どこに住めるのかと友人同士話しているのを見ると、

女の子の決め方は、こんなものなのかと思ってしまう。


「やっぱり、マンションの3階くらいがいいいよね、1階は防犯上よくないし」

「そうそう、出来たら南向き?」

「もちろん、バス、トイレでしょ」

「当たり前じゃない」


話が続きそうだったので、何も言わずに教室を出た。

帰りに本屋でも立ち寄って、問題集をもうひとつ買わないと。


「駿介! 駿介ってば」

「は? なんだよ」

「なんだよじゃありません。待っていたでしょ、勝手に帰るってどういうことよ」

「待っていた?」


週に一度だけコースが違っても、同じ時間に終わることがあった。

玲はそれを知っていて、待っていたのだとふてくされる。


「テストどうだった?」

「うん……まぁまぁかな」

「合格、出来そう?」

「それはまだわからないけどね」


成績は確実に伸びていたけれど、油断は出来ない。

俺が本屋に立ち寄ると言うと、あいつもついてくる。

参考書を選んでいると、玲はそこから離れてインテリアの雑誌を見始める。

あいつの心は受験を通り越して、すでに新生活にあるようだった。





新しい年を迎え、お決まりの雑煮を食べる。

1月3日の夕方過ぎ、待ちあわせの神社前へ向かった。

約束の時間から少し遅れて、美咲が到着する。


「ごめんね、駿介」

「いいよ、店が忙しかったんだろ」

「うん、お年賀のお客様も多かったから」


初詣だけは、美咲と一緒に行こうと決めていた。

すでにピークは過ぎているので、カラスだけがチョコチョコ動いている。

それなりにお願い事をした後、隣の美咲を見る。

まだ手を合わせたまま、何やら拝んでいるようだった。

やっと顔を上げた美咲に、何を願ったのかと聞いてみる。


「それは言わない。だって、叶えてもらえないと困るでしょ」

「別に口に出したって、関係ないだろう」

「ううん……ダメ」


美咲はそう言って笑うと、結局最後まで何を拝んだのか、教えてくれなかった。

短いデートは終了と思ったとき、美咲が持ってきた袋から、

マフラーと手袋を取り出した。


「これ、よかったら使って」


美咲は、この年末年始の休み中に、頑張って仕上げたのだと教えてくれた。

俺が勉強しているだろうと思いながら、夜中に針を動かしていたと言う。


「これから寒くなるでしょ、体調崩したら何もならないから」

「うん……」


少しだけ首を下に向けて、美咲にマフラーをかけてもらった。

手袋は片方ずつ自分ではめる。


「本当はね、指も1本ずつ入るようにしたかったけど、
実力不足でミトンになっちゃった。ちょっとかわいすぎかな」

「いいよ、暖かい」


首と手と、そして心があったかくなった。

もらった応援グッズをつけたまま、自転車で家へ戻る。

玄関を開けると、弟の恭介がすぐ首を指差した。


「うわ、兄ちゃん、何マフラーなんかしてんだよ。それ、手作りだろ」

「うるさい」


からかわれるのはわかっていた。それでも構わなかった。

恭介の声を後ろへ捨てながら、部屋へ戻る。

マフラーと手袋は、美咲がくれたお守りと一緒に、俺の受験勉強を支えてくれた。





そして、2月。

勝負の時が訪れ、それぞれが将来のために戦った。

初めて担任に告げた時は、ポカンと口を開けられた進学先だったが、

結果は、見事合格。

両方受かったという幸運の中、就職先の幅広さまで考慮し、

俺は『東央大』へ進路を決定する。

父親が休みを取れた日曜日、親子で東京へ向かい、新生活が出来るアパートを探す。

贅沢なんてするつもりもなかったし、古さもどうでもよかった。

大学から歩いて通える場所にある、築30年の部屋。

古さの分、畳は昔の大きさで、少し広い。

窓を開けると、隣の壁がすぐに目に入ってくるが、ちょっと頑張って首を出せば、

遠くに都心のビルが見えた。




第7話

駿介と美咲、二人の『恋』は、芽を出し、花を咲かせるのか……
いつも訪問ありがとう、ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント