第7話

第7話




『仰げば尊し』

受験のシーズンを終えて、卒業式がやってきた。

部活、クラスの仲間、先生、お世話になってきた人たちと別れを告げる。

俺は、この町を出ていくことを選び、そのための努力を成し遂げた。

具体的な未来を夢見て進む者、つまづいてしまったショックから立ち直り、

新たな目標を作ろうとしている者。そして、地元に残るということを決めた者。

それぞれが『新たな誓い』を歌詞に乗せた。


式を終えた体育館から出ると、サッカー部の後輩たちが待っていた。

下級生のマネージャー一人が、記念にサイン帳に言葉を残して欲しいと差し出してくる。


「言葉? そんなもの何もないって」

「いいんです。名前だけでも……」


有名人でもないので、普通に名前を書く。

この3年間を振り返って、自分自身思ったことを素直に書いた。



『振り返ったときに、後悔のない時を』



そう、この3年間に対して、俺の後悔は何一つなかった。





お世話になった人たちに別れを告げて、ざわついた学校を後にする。

最後に隣を歩くのは、やはり美咲だった。

二人で自転車に乗り、よく行った公園へまた今日も向かう。


「東京へはいつ行くの?」

「20日には行くつもり。早いんだけどさ、
まだ、何も買ってないし、バイトも探したいしね」

「そう……あと、2週間しかないのね」


たとえ1週間、2週間会えなくても、家はすぐそばにある。

それが今までの俺たちだった。

いや、東京だって日帰りできる場所だけれど、

やはり電車でぐっすり寝られるだけの時間があることは、遠さを感じてしまう。


「アパートさ、古いんだ。畳だけは新しくしてくれたから、それが逆におかしくて」

「へぇ……」

「駅からは遠いんだけど、大学からは案外近くて。
不動産屋に聞いたら、6部屋全てうちの大学なんだって」


俺は、テレビと冷蔵庫と電子レンジ、そして電話を買ったことを話し、

ポケットから番号を書き写したメモを美咲に渡す。


「当然だけど、俺しか出ないから」

「……本当に?」

「は? なんだよその言い方。信用してないんだろ」

「ウソ、ウソ、駿介のことはちゃんと信用している」


そう、これからは『信用』が全てになる。

互いの生活が見えなくなるだけに、誤解も生まれやすい。


「落ち着いたら遊びに来い。おもしろいところを見つけておくから」

「うん……」


ふとした瞬間に、チャンスを見つけた。

美咲のぬくもりを忘れないように、そして、美咲が俺の気持ちを忘れないように、

少し強めのキスをする。


今までは、将来のことなど見えない子供だった俺たちだけれど、

これからは自分で決めて、そして歩いていける年齢になる。

その道が広くなるように頑張ること。

『東京』はその舞台を、俺に与えてくれるはずだ。



俺が東京へ向かう前日、仕事が休みだった美咲を連れて、

いつもと反対側になる電車へ乗った。

今日は行きたいところがあると言ったのは美咲で、俺はその意見にただ従い歩く。

美咲が目指したのは、町から少し離れた高台にある展望台で、

駅を降りると、二人でロープウェイに乗った。


「ここに来たかったのか」

「うん……」


『晴日台』。俺たちは小学校の頃の遠足で、何度もこの山に登らされた。

最初はバスで、次はロープウェイで、

そして小学校の高学年ではふもとから2時間かけて山頂まで行くことが、

体育の一部だった。


「そんなに登ったの?」

「あぁ……もう景色が頭の中にバッチリ浮かぶくらいにね」


中学2年で転校してきた美咲は、その事実を知らない。

東京へ行く前の最後のデートがここだとは、正直力が抜ける。


「そうなんだ。私はこの景色を見て欲しかったの」


美咲は、山へ登るのは好きなのだと話し始めた。

まだ、家族が3人で暮らしていた頃、連れて行ってもらった温泉宿が山の上にあり、

そこから見えた景色にとてもよく似ていると話しだす。

中学2年から美咲を知りながらも、過去の話をしてくれたのは、その日が初めてだった。


「関東の奥にね、『妙谷温泉』ってところがあるの。
その小さな宿から見えた景色と、優しくしてくれた仲居さんの思い出が、
ここへ来ると蘇って」


美咲は、色々と辛いことがあったときは、ここへ一人で登り、

また頑張ろうと気持ちを入れ替えたと語り続けた。


「この町で暮らせなくなったら、『妙谷温泉』で仲居さんになろうって、
中学3年の時、母に言ったことがあるのよ」

「中学3年?」

「うん……」


美咲の心の中にある根深い傷のようなものを、垣間見た気分だった。

この広い景色の中に見るものは、人それぞれ違う。


「駿介」

「何?」

「東京へ行っても、ここからの景色は忘れないでね」


美咲は、色々あったけれど、それでもやはりこの場所が好きだと、話しに結論づけた。

俺は、もう一度ゆっくりと視線を向ける。

のどかな風景と言ってしまえばそれまでだし、

日本にはこんなところあちこちにあるだろう。

それでも、俺たちが育ったのはこの場所だと、確かに言える。

虫かごを持ち、田んぼに入って怒られたこと、自転車で走り坂道で風を受けたこと、

そして、美咲と並んで歩いたこと。

窮屈なところもあるし、お節介な人たちも多いけれど、

それでもこの景色が、俺たちを育ててくれた。



それは一生、変わることがない。



「東京へ行ったら、この景色を懐かしく思うのかな」

「うん……」


美咲は、同じように登ってきた中年の男性に、写真を撮って欲しいとカメラを渡した。

レンズの前に二人で立ち、少し緊張した表情になる。

1度押されたシャッターの出来が不安で、もう一度、もう一度と繰り返しているうち、

結局、10枚くらい撮ってもらうことになった。


「東京の住所に送るからね」

「うん……」


季節は3月。太陽が出ている時間はまだまだ短い。

東京へ向かう前の最後のデートは、こうして終了した。





そして、次の日。

いつものように仕事へ向かう親父とは、朝食を一緒に食べた。

とくにあれこれ言われることはなく、いつものように身支度をしている。

まぁ、男同士はそんなものだろう。

年に数回ある東京での会議の日に、泊めてもらうぞと何気なく言い残し、

親父は今日も変わらない時間に、きちんと家を出ていった。


「ついたら電話、わかってる?」

「わかっているって、何度言うんだよ」

「何度も言いたくなるのよ、母親なんだから」


弟の恭介も無事『陵州一高』に入学が決定した。

俺が繰り返してきた日々を、またあいつも繰り返すのだろう。


「なぁ、兄ちゃん。東京行ったらパチンコ行けよ。すごいんだってさ、今機種が……」

「何言ってるんだ。中学生が言うことじゃないだろうが」

「そうよ、あんたは全く……」


荷物はほとんど『宅配』で送った。

向こうについたら、しばらくは荷物ほどきの日々だろう。

誰に怒られるわけでもないから、のんびりしか出来ないだろうが。


「お祖母ちゃんちに行く時、様子見に行くからね。女の子なんて連れ込んでいたら、
承知しないから」


母親の口ぶりは、心配なんだか脅迫なんだかわからなくなってきた。

駅に到着して、東京までの切符を購入する。

そう、本来ならここに美咲が来るはずだったのだが、昨日の夜、

どうしても見せたいものがあると電話を寄こした。

電車に乗ったら進行方向に座ってくれと言われ、

なんだかわからないまま出発の時刻を迎える。

改札の前で二人と別れ、乗り遅れないように電車に乗った。

なんていっても30分に1本しか来ない、遅れたら大変だ。

車掌の笛の音が響き、扉が閉まる。

しつこいくらいに手を振る母親に対して、一応息子の義務として振り返した。

見慣れた改札、そしてペンキのはげかけた駅舎。

自転車が1台だけ止まっている店。電車の速度が、少しずつ上がっていく。

なくなるわけではないけれど、しばらく見ることはないだろう。

最初の交差点を抜け、直線道路に来た時、

脇の道を自転車で走る女の子の後ろ姿が見えた。

もしかしたらという思いで見ていると、電車はあっという間に近付き、

自転車を追い抜いていく。

俺の目に映った、その女の子の顔は、間違いなく美咲だった。


「美咲!」


すぐに窓を開け、後ろへ向かって思い切り叫ぶ。

俺の声が聞こえたのだろうか、自転車はその場で止まった。

美咲が見せたかったのは、自分が自転車に乗る姿だった。

運動は得意ではなく、高校時代もあいつはずっと後ろに座るばかりで、

たまに乗ってみろと言うと、絶対に乗らないと首を振った。

練習したのか、本当は乗れたのか、それはわからないけれど、

別れ際にしんみりさせないところは、なんだか美咲らしく思えてくる。


「全く……」


ほんの1、2秒見ることが出来た、大きく手を振りながらのあいつの顔は、

ものすごいことをやり遂げたと言いたげな、満足さだった。

そして、それを確認した俺も、確かに気持ちがあったかくなる。



東京に着いたら、心配する母親よりも先に、あいつに連絡しようと心に決め、

電車の揺れに体を預け、東京まで向かった。





アパートに到着して、しばらくは荷物の整理に追われた。

その合間に街を歩き、使えそうな店や場所を確認する。

地元にいた時は、歩き回るだけでは、全ての用途が揃わないことがほとんどだったのに、

さすがに東京は郊外とはいえ、歩くだけで生活の全てが成り立つくらい店があった。

階段を上がっていると、隣の部屋からカップルが姿を見せる。

先に上がり終え場所を譲ると、二人は手をつなぎながら降りていった。

部屋の前にあるポストをのぞくと、美咲からの白い封筒が届いていて、

ハサミを探すのが面倒なので指でちぎって開けると、

中には『晴日台』で撮ってもらった写真が、手紙と一緒に入っていた。

俺は母親が入れてくれた家族写真の上に、美咲と撮った写真を入れ、

それを机の端に置く。



桜の季節は、それからすぐにやってきた。




第8話

駿介と美咲、二人の『恋』は、芽を出し、花を咲かせるのか……
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