第9話

第9話




「よし、ここまで」

「やった、休憩だ」

「5分だぞ、あと英語の単語テストやるからな」


カレンダーが7月に入り、バイト先の中学生は、

期末テスト前の大事な時期を迎える。英語に少し不安があったので、

今日は集中的にこなすことになった。

筋力トレーニングが趣味だという生徒は、5分の休憩時間に、

2キロずつのダンベルを両手に持ち、動かし始める。


「ねぇ、先生さぁ、彼女出来たのいつ?」

「いつってどういう意味だよ」

「だから、中学? それとも高校?」


個人的な質問には答えないとはぐらかせたが、

これから先に楽しみが待っていると思わないと、勉強を乗り切れないとウソ泣きをされ、

とりあえず『高校時代』だと答えてやる。


「そっか、高校か」

「そうだよ、だから頑張って勉強して、受験クリアしろよ。
会える子にも会えなくなるぞ」

「まぁ、そうだけど……」


年齢は5つしか違わないのに、これだけギャップを感じるとは思わなかった。

俺はずっとサッカーをやっていたからか、

あまり友達同士でも、『恋』の話しに盛り上がったことはなかった。

ただ、目だけで美咲を追い、声のする方向に耳をすませて、

時折感じるシャンプーの香りに、鼻をこすったくらいだった。


勉強を終了し、家を出る。

駅まで歩いていくと、電車で20分くらいの場所にある遊園地で、

夏のイベントが始まったと、宣伝ポスターが貼り出されてあった。





『ごめん、来週は無理なの』


美咲のお母さんが入院したのは、3日ほどだった。

大きな問題はなかったが、疲れがあるのだろうと医者に言われ、

しばらくは仕事を休んでいるという話は聞いていた。

しかし、それからまた1週間以上が過ぎている。

東京へ来いという誘いに、美咲が返してきたのは、結局NOだった。





さらに別の日、美咲の答えは変わらない。


「もう……夏になるんだぞ。なんでそんなに時間が無いんだ」


『金村園』には、美咲の他にもたくさんの従業員が働いている。

家のことだって、入院したとはいえ、たいしたことなく戻されたのだから、

あいつだけが背負うことではないはずなのに。

何度か繰り返された『ごめんなさい』の言葉に、俺はプツンと何かが切れる音を、

自分の心に感じ取る。


「いいよ、もう俺からは誘わないから。迷惑なんだろ、本当は」

『駿介……』

「東京まで、特急に乗れば3時間かからないくらいだろ。
朝早く家を出れば午前中にだってつけるはずなんだよ。
でも、まぁ、いいよ。別に無理して来てもらうところでもないしさ。
いいよ……」


8月に入れば夏休みが来る。本来なら実家へ戻るべきなのだろうが、

美咲の態度に、戻りたくなくなってくる。

本当は用事なんて何もなくて、ただ、断られているだけなのではないかと、

考えなくてもいいことまでが、頭を支配し始めた。


「じゃぁ、これで切るわ」

『どうして?』

「今日は、深夜勤務頼まれたんだ皿洗い、じゃ!」


電話の向こうに音が響くくらいの強さで、俺は受話器を置いた。

深夜勤務を頼まれたなんて全くのウソで、行くところもやる仕事もない。

畳の上で寝転がり、天井を見る。


「ウワァー!」


色々な思いも、色々な感情も、色々な怒りも、全て声に乗せて吐き出した。

俺がわがままなのか、それとも美咲に度胸がないのか、

俺たちに、運がないのか。



それは全く、わからない。





しかし、それから10日経った土曜日、急に美咲が東京へ出てくることになった。

連絡が入ったのは3日前で、俺はもちろん受け入れる。

朝一番の列車で取引先へ商品の見本を置きに行き、

その帰りに駅で待ち合わせをした。

元々、こちら側に住んでいたので、実際には俺より美咲の方が交通網に詳しい。

改札は一つしかないのだから、迷いようがないと思いながらも、

姿が見えたときには、心の底からほっとした。


「駿介」

「美咲……仕事は終えてきたのか」

「うん、ちゃんと届けてきたから、もう大丈夫」


美咲は手土産だといい、『金村園』が出している茶あめを持ってきた。

そういえば、まだ中学生の頃、玲がよく部活に持ってきたことがある。

懐かしい味の登場に、少しだけ顔がほころんだ。

帰りの時間を考慮すると、あちこり見て回っている余裕はなくて、

とりあえず大学まで、美咲を連れて行く。

大学の門はいつも開いている状態で、結構出入りは自由だった。

よく昼間に利用する学食や、木陰が気持ちよくてつい居眠りするベンチ、

そして禎史や憲弘と冗談を言いながら、歩いていく道。

どんな話も、美咲は嬉しそうに聞き続けてくれた。


「大きい。うちの短大とは違う」

「そりゃ学部の数も、学生の数も違うからな。
『陵大』の方をあわせたら、もっと広いだろ」

「そうね、『陵大』はグラウンドが広いから」


田舎に学校があるよさは、広すぎるくらい広いグラウンドがあることだろう。

美咲は自動販売機の中に、見たことのない銘柄があると、指差した。


「あぁ、うちの理工学部が企業と共同開発した飲料なんだって。
『里香水』って言うらしい」

「へぇ……駿介、飲んだことあるの?」

「俺? ないよ。構内で飲んでいる学生は、あまり見かけないな。
ただ、お土産にすると、結構喜ばれるらしいけれど」

「じゃぁ、私買って帰ってみる」


美咲はそう言うと、財布を取り出して、2本の『里香水』を買い出した。

片手に1本ずつ持ち、冷たくて気持ちがいいと頬に当てる。


「気のせいかな、こっちの方が暑いような」

「あぁ……そうかもな」


両手に『里香水』を持ったまま、歩き回るわけにはいかないと、

結局、よく行く店で二人分の弁当を買った。

それを持ち、アパートへ向かう。

いつもは自分が階段を上がる音がするだけなのに、遅れて響く音が聞こえ、

なんだか妙に緊張する。そして、隣の部屋から林原が出てこないことを、

とにかく祈った。


「おじゃまします」

「どうぞ」


普段なら夜まで我慢するエアコンを、すぐにつけた。

美咲は小さな冷蔵庫に、大学で買った『里香水』を入れる。


「ねぇ、そういえばどうして『里香水』なんだろう」

「教授の話しだと、里山の流れる水を意識しているらしいよ。
里の香りがする水、だから『里香水』」

「里の香り……へぇ……」


お腹が空いたからと弁当を広げ、買ってきた飲み物をグラスに注ぐ。

少し汗ばんでいた肌も、エアコンの風にすっかり整った。


「駿介」

「ん?」

「ごめんね、ずっと断ってばかりで」


美咲はそういうと、断り続けてきた理由を語ってくれた。

4月の頭は、短大の課題と店の手伝いのバランスがなかなか取れなくて、

自分自身体調を崩してしまったこと、

そして、連休開けにパートの女性が5名も一気にやめてしまったと教えてくれる。


「5人? どうして急に」

「長く勤めてくれていた人なんだけど、
伯父さんが別の会社から引き抜いてきた営業部長さんが、ちょっと強引な人で、
仕事のやり方が悪いって、怒り出してしまったの」


長く働いてきた主婦たちにも、もちろんプライドがあり、

『金村園』では現場に不穏な空気が流れたと言う。

隣町に、新しく作られた茶工場の仕事に、こちらまでマイクロバスが通ることが決定し、

批判をされた主婦たちは、離れてしまったのだと言う。


「伯父さんも、自分が認めて入れた人だったから、譲らなくて。
それで、なんとか母と私と伯母さんで、やりくりしてきたんだけど、
そうしたら今度は母が……」


聞けば納得できる話だった。

玲が連休に戻ったのも、やはり店の手伝いがあったようで、

美咲は玲も色々と東京で使われていると、かばってみせる。


「そうか……そうだったんだ」

「気になってはいたの。駿介がどういう生活をしているのかも、
遊びに来て欲しいと言ってくれることも、
それ以上に、私自身が駿介に会いたかったし……。
でも、どこでどうタイミングを作ればいいのか、なかなかつかめなくて」


隣に座っていた美咲を見たときに感じた思いを、

俺は止めることが出来なかった。

来られなかった理由なんてもう語らなくていいと言葉を止めて、唇を合わせていく。

昔、公園で触れたキスではなくて、美咲の心を呼び起こすための口づけだった。

俺の気持ちは、もうずっと、同じ思いを抱いている。

少し離れた美咲の唇から、吐息をさらに追っていく。


「……ごめん、ちょっと強引だよな」


美咲は左右に首を振る。

ダメだと言われたらなんて、考えてもいなかった。

美咲の唇の動きも、そこから出てくる言葉も、次の瞬間を待っている、そう感じていた。


「過ぎた時間のことは、もういいんだ……だから……」


『好きだから』

だからもっと近くにいたい。


「……いい?」


美咲は恥ずかしそうに下を向いたままだったが、小さく頷き、こちらに体を寄せてきた。



そして、俺は初めて、美咲の胸に触れた。

美咲は一瞬驚くように体が後ろに動いたが、それを逃さないように、

また自分に引き寄せる。


「嫌なら……我慢する」


諦めるのではない。どうしても嫌なら、

美咲の気持ちがまだここまで届いていないのなら、我慢をする。

美咲は首を横に振り、少しだけ微笑んだ。

服の上からしばらく触れていたが、それだけでは気持ちがコントロール出来なくなり、

ボタンを外し、さらに境を薄くした。

ピンクのブラジャーの中に、ハッキリと膨らみがわかる。

思わず手で上げてしまい、そのまま柔らかい感触に、右手を向かわせた。

女性の胸が、これだけ柔らかいのだと、初めて知った。

その先にある場所へ指を動かすと、美咲はまたピクンと体で反応する。

小さな声で、ホックを外して欲しいと言われ、俺は頷きながら手を後ろに回す。

すぐに外してやれたらよかったのに、震えているのか、難しいつくりなのか、

あげてしまったので、場所がよくわからない。

結局、美咲が両手で、自分のホックを外してくれた。

ベッドの下に、ブラウスと下着がはらりと落ちる。

俺はすぐに自分のシャツに手をかけて、一気に上を脱ぎ捨てた。

少し荒くなっている呼吸を落ち着かせながら、美咲の肩に手を置いて、

そのまま横へ倒していく。

驚いた美咲の声がして、慌てて枕の下を見ると、昨日調べものをした時に置いた、

専門書の固いブックカバーが姿を見せる。


「ごめん……」

「平気……」


互いに何も知らないのだから、多少のぎくしゃくは我慢してもらわなければならない。

あらためて肌を合わせながら、俺は美咲にキスをする。

この日をどれだけ待ち、思い続けてきたのか、それを知ってもらおうと、

唇から心地よい場所へ、キスを移す。

初めての感覚に、美咲の体が大きく反れ、残された唇からは、

聞いたことのない声が、聞こえてきた。




第10話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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