第13話

第13話




飲み会を終了し、俺は途中まで一緒の鮎川と街灯の下を歩く。

あいつは自転車をひきながら、なぜかハミングしていた。


「それ、誰の曲だっけ」

「……ユーミン」

「あぁ……松任谷由実か」


少し酔っていたからだろうか、

それとも鮎川のハミングする声のトーンのおかげだろうか。

美咲と言い合いをし、飲み会に参加した俺のとげとげしかった気持ちは、

なんとなくほんわかと修正されていく。


「じゃぁね、倉ちゃん」

「あれ? お前のうちまっすぐだろ」


鮎川と俺のアパートは直線上にある。

大学を真ん中にすると、ちょうど右と左だった。


「私、手紙をポストに入れないといけないこと、すっかり忘れてたの。
右に曲がるとポストがあるから」


鮎川がハミングしていたからか、それまでずっと視線は上の方にあったが、

何気なく下に向けた時、今までなぜか気付かなかったことに、気付いてしまう。


「鮎川、自転車パンクしてるぞ」

「……やだ倉ちゃん、今、気付いたの? そうなの、お店に行く途中でパンクしたの。
それでも飲みに行くことを優先した私は、こんなことになってしまいました」


鮎川は、お酒好きには困ったものだと、笑いながら自分の頭を軽く叩き、

それにあわせて舌をぺろっと出す。


「明日、授業が終わったら自転車店に持っていこうと思ってるの。
ないとなんだかんだいって、不便だしね」


並んで歩いていたのに、俺は全然気付かなかった。

パンクしているのなら、ハンドルも重たかっただろう。


「言ってくれたら、俺がハンドル持ったのに……」


鮎川は首を横に振り、大丈夫だと笑っていた。

パンクをした自転車を右に曲げる。


「いいよ、俺持つ。ポストに手紙入れてこい。アパート下まで行ってやるから」


気付いてやれなかったことが、なんだかとても申し訳なかった。

飲み会で美咲とケンカした話を聞いてもらい、早く仲直りをした方がいいと、

アドバイスをもらったのに、もらいっぱなしの気分が、どうも納得できず、

俺は鮎川からハンドルを奪い、自転車を押す。

静かに押していると、タイヤの空気が抜けているため、

金具の場所がくるたび、ガタンガタンと規則的に振動する。


「そんなこと、気にすることじゃないのに。倉ちゃんは、本当に真面目だよね……」

「真面目?」

「そうよ、真面目」


鮎川は少し前に途切れたハミングの続きを、また始めていく。

そう、確かにこれは松任谷由実の『守ってあげたい』という曲だった。


「なぁ、鮎川」

「何?」

「お前、九州から東京に出てきて、どう思う?」

「どう思うって?」


東京という場所が、女性にとって暮らしやすい場所なのかどうか、

俺はそれを問いかけた。鮎川はしばらく黙っていたが、隣に並ぶと首をたてに振る。


「東京はいいところだと思う。
東京へ出て来たいと思って出てきたからかもしれないけれど、でも、夢を持てる」

「夢?」

「そう……だから、平気」


鮎川は『平気』という言葉を使い、笑顔を見せた。

倉ちゃんも、遠距離の彼女に思っていることはきちんと伝えた方がいいと、

さらにアドバイスされる。


「うん……」

「我慢していると、いいことないからね」


鮎川はポストに手紙を入れ、俺たちは並んでアパートを目指す。

大きな駐車場が現れ、その先に駐輪場があった。


「ここでいいよ、ありがとう」

「あぁ……」


鮎川の指示通り、俺はその場所に自転車を止める。


「ねぇ、ちょっとだけ待っていて」


鮎川はそういうと階段を駆け上がり、部屋の中へ消えた。

そしてすぐにまた下へ降りてくる。


「これ、食べて」

「何?」

「私が作ったクッキーです。ちょっとストレス溜まると作るのよ。
生地をバンバン打ち付けて、ストレス発散」


鮎川はそういうと小さな紙袋を差し出した。

俺はそれを受け取り中をのぞく。

確かにかわいらしいクッキーがビニールの袋から姿を見せている。


「甘いもの……ダメ?」

「いや、平気」

「じゃぁ、どうぞ」


俺はその場で鮎川と別れ、また道を歩き出した。

大学の前を通りながら、ビニール袋を開け、

中から一つだけクッキーを取り出し、口に入れる。



『私が作ったクッキーです。ちょっとストレス溜まると作るのよ。
生地をバンバン打ち付けて、ストレス発散』



鮎川に発散しないとならないストレスがいつあったのだろうと思いながら、

俺は、バターと砂糖の甘さを味わった。





『誤解は長引かせない方がいい』



そう思っていたので、次の日、また美咲に連絡をした。

美咲が世話になった『金村園』に、

申し訳ないという気持ちを持っているのは当たり前だけれど、

それに縛られなくてもいいくらい、色々と尽くしてきたことを教えてやろうと

そう思っていた。


「お前が『金村園』に遠慮する気持ちもわかるけれど、
もう十分尽くしてきただろうが。それはご近所の人たちだって、パートの人たちだって、
みんなわかっていることなんだし……。それにここで東京に出てこないと、
ずっと出てこられなくなるぞ」


『金村園』に就職をするなんて、美咲の本心ではないだろうと、

俺は必死に訴えた。出てきてしまえば、どうにでもなる。

地元に残れば、いつまでも『金村園』の鎖から外れることが出来ないし、

美咲が両手を伸ばして生活することが出来ない。

それは以前話をしたときにだって、頷いてくれたはずだった。


『駿介……』

「何?」

『東京、東京って、出ていってどうするの。誰も知り合いはいないし……』

「俺がいる」

『駿介はまだ学生でしょ』

「学生だけれど、でも、それは仕方がないだろう。俺は4年生の大学に入ったんだから。
だけど、玲だって東京でやっているんだ。
美咲がこっちへ来れば、働くところさえ見つかれば、十分やっていけるって」


小さなアパートでも借りて、どこかの事務職でもすれば、

お母さんと二人、生活していけるはずではないかと、俺は食い下がった。

実際、一人暮らしの女性は、東京にたくさんいる。


『駿介、簡単に言うんだから……』


美咲が呆れたような口調で、そう言ったことが、無性に腹立たしかった。

なんだか自分は大人で、こっちは子供だというような、

そんな扱いを受けた気がしてしまう。


「悪かったな、簡単にあれこれ言って」


美咲のことを思って言っているのに、まるで迷惑だと聞こえてきた。


『今は……とにかく無理』

「無理、無理って、お前いつでもそうだよ。常に頭のてっぺんには『金村園』なんだ。
本当はさ、離れたくないってことなんだろ」


仲直りをしようと思ってかけたのに、結局イライラがさらに募ってしまった。

来月また東京で会おうと言ったものの、正確な日付を決めないまま、

電話を切ってしまう。



2回目の『晴日台』デート。

心が近付いた証明にと、腰をしっかり引き寄せたのに。

この写真の日は、まだそんなに昔ではないはずなのに……



どうしてこんなに、空しいのだろう。



『駿介、簡単に言うんだから……』



簡単に考えてなどいない。

写真の美咲に向かってそう言葉をぶつけ、

どうしても飲みたくなって、缶ビールを買うために外へ出た。





今までも、ケンカをしてこなかったわけではない。

それでも、何度か話をしているうちに、わだかまりが取れていって、

また元の関係に戻ることが出来た。

今回もそう思っていたのに、カレンダーが9月になる頃には、

美咲が正式に『金村園』へ就職を決めたことがわかり、

心の穴は、さらに大きく空いてしまった。

俺が何を言おうが、どう考えていようが、美咲には何も響いていないのかもしれない。





「飲まないの?」

「ん?」


春から夏にかけて、あちこち動いていた仲間達も、

近頃は決まったメンバーで集まることが増えた。

俺の隣には鮎川がいて、梅サワーが美味しいと笑っている。


「またケンカ? 彼女と」

「どうしてそう思う」

「倉ちゃんは真面目だから、すぐ表情に出るの。落ち込んでいるとか、哀しいとか、
そう逆に嬉しいとか?」


鮎川はそういうと、中の梅干を箸でつかんだ。

俺は、自分と美咲が交わした会話を、そのまま鮎川に話してみる。


「確かにね、学生はちょっと頼れないわよ、しかも彼女、同級生でしょ」

「まぁ、そうだけど……」

「男ってさ、どうしてこう、上に立ちたがるのかな。
俺が、俺がって。そこが嫌なのよきっと」


鮎川は、同級生なのだから、

もっと気楽に付き合えばいいのにと、勝手なアドバイスをくれた。

それでも、同じ年頃の女性同士だから、

鮎川の言っていることが正しいかも知れないと思い、別の日に美咲へ話を振るが、

気持ちは変わることがないようで、段々とかける電話の回数が減っていく。


「そっか……ちょっとずれてるんだ」

「今は何を言っても届かない気がして、だんだん面倒になってきた」


美咲には美咲の思いがあるのだろうが、話をしたくてもすぐに顔を見ることが出来ない。

そんなズレが、些細なところから、大きな歪みに変わっていった。


「じゃぁ、飲んじゃおう! ほら、倉ちゃん」

「ん? あぁ……」


サークルの先輩が就職を決めたとか、誰かがバイト料を多くもらったとか、

飲み会を開く理由は、なんでもよかった。

ただ、お酒を飲んで、そこで笑っているだけで、

今はそれで十分なのだと、思い込むことが出来た。


家に戻ると、電話に留守番メッセージが入っている。

帰ってきたら連絡が欲しいという美咲の言葉に、俺はため息をつきながら時計を見た。

夜11時になろうとしている。今、かけるのは非常識だろう。

ベッドに横になると、あっという間に夢の中へと向かい、

美咲からの電話のことも、どこかに飛んでいた。




第14話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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