第14話

第14話




「悪い、ちょっとあれこれあってさ」

『ううん……』


美咲から連絡が欲しいと電話があったのに、

俺が思い出したように連絡をしたのは、留守電から3日後のことで、

かけた方も、かけられた方も、どこかぎこちない。


『こっちこそごめんね、駿介忙しいのに』

「いや……」


『忙しいのに……』このセリフがまた、俺の気持ちをチクリとさした。

いくら忙しくたって、電話する時間がないわけではない。

逆に嫌みなのかと疑いたくなってしまう。

言葉を出すと、またこじれそうな気がして、唇が重たく閉じた。

それでも、何度も考えていたセリフを押し出そうと、俺は一度息を吐く。


「美咲」

『何?』

「あれこれ言って悪かったな、お前にはお前の考えがあるんだろ」


鮎川に言われたように、同級生なのだから、

あまりこちらが上に立つような言い方にはせずに、美咲の気持ちを聞き出そうとする。

一緒に考えようという雰囲気を出すこと、それを心がけた。


「東京、東京って押し付けて悪かった。お前が残りたい理由があるのなら、
それを聞かせてくれないか」


美咲がどうして『金村園』にこだわるのか、それを知るべきだとそう思った。

解決策を出してやりさえすれば、気持ちも動くかもしれない。


『私、どうしてもお金を返したいの』

「金?」


美咲は、自分が『金村園』にこだわっているのは、父親がつかまった時に、

この家が立て替えたお金を、返済したいからだと理由を教えてくれた。

高校生時代からバイトをしたお金で、3分の1返済できたと、

美咲は嬉しそうに言ってくる。



高校時代、誰よりも早く学校を出てバイトしていた姿が、俺の脳裏に蘇った。



「俺、少しなら出せるぞ」


助けるつもりで言ったことだった。別に強制しているわけではないし、

それで、美咲の自由を奪おうとしたわけでもない。

ただ、自分にもバイトをして貯めたお金が少しあるからと、提案したつもりだった。

それまで明るく話していた美咲の言葉が、ピタリと止まる。


『そんなこと、いいよ』

「いや、やるなんて言うと嫌だろ。そうじゃなくてさ、どうせ借りるのなら俺が貸して、
で、あとから……」

『惨めになるようなこと、言わないで』


美咲は、駿介には関係のないことだからというセリフを、何度も言ってきた。

それはその通りだとわかっている。

でも、東京へ出てくる障害が、そのお金なのなら、手伝いたいという気持ちは、

迷惑なのだろうか。


右に向かえば左がいいと言われ、

左に進路を変えると着いてこないでくれたと言われた気がして、

心の複雑さは取れるどころか、どんどん強くなる。




カレンダーが11月を迎えた頃には、どちらも連絡をしなくなっていた。





「あと5分な」


家庭教師をするマンションの部屋から、月を眺めてみる。

半分くらいが雲に隠れてしまい、いつもより空が暗い気がする。

双子の男の子は、同じ親からほとんど同じ時間に生まれたのだろうが、

おもしろいくらいに反応が違う。

こういったテストをすると、片方はいつも頭を抱えこんで悩むようなポーズを取るが、

もう一人は鼻の下に鉛筆を挟み、ふざけた顔をする。


「真剣にやれ、真剣に」


俺は、机の上に置いてある地図帳を手に取り、パラパラとめくった。

『陵州』があり、そして『東京』がある。

紙の上で見てしまうと、たいした距離ではないのに、

今までで、一番美咲との距離が離れている気がした。



『惨めになるようなこと、言わないで』



学生時代から、苦労している美咲を助けてやりたくても、俺は何も出来なかった。

唯一できることが、美咲のことを気にしないことで、

そのジレンマに何度もため息をついた。

やっと、大学生になり、少ないながらも自分で金を稼ぐようになった。

なんとかして助けたいと思う気持ちは、どうしたら伝わるのだろう。


「先生、もういいギブアップ、わからないから」

「何言ってるんだ、投げ出すのか」

「だってわからないものは、わからないんだよん」


一人の男の子がテストの紙を勝手に裏返しにして、机に突っ伏した。

もう一人は何やら書いては、また消しゴムで消している。


「あと1分」


『もういい』と投げ出すことのが正しいのか、

わからなくてもジタバタするのが正しいのか、俺は二人から目をそらし、また月を見た。





家庭教師のバイトを終え、部屋へ戻る途中、

スーパーへ立ち寄り、缶ビールの6本入りを買った。

季節は秋に向かっているけれど、まだ、ビールを飲むのには問題がない気温だ。

ビニール袋をふらつかせて歩いていると、アパートの玄関前で手を振る鮎川が見えた。

俺が気付くと、鮎川は必死に手招きする。


「なんだよ」

「ねぇ、ちょっと、ちょっと。田舎から贈ってきた物があるの。お裾分けするから」


あいつの田舎は、確か九州だったはず。

そんなことを思いながら、階段を1段ずつ昇っていく。

すでに開いている白い扉の前で軽くノックすると、

鮎川が作った料理の匂いが、空きっ腹をくすぐった。


「ねぇ、ぶどうがね、たくさん贈られてきたの。倉ちゃん、持って行って」

「ぶどう? ぶどうって九州が名産だっけ?」

「九州?」


鮎川はダンボールからぶどうを1房取り出し、テーブルの上に置いた。

これから夕食なのだろうか、なにやら小皿が置いてあり、

炒め物やサラダが、皿の上に並んでいる。


「あ……違うの。うちからじゃないのよ、
姉がね、岡山に嫁いで、そこから送られてきたものなの」

「姉?」

「そう、去年結婚したのよ。あ……」


鮎川は、もしかしたら九州の名産である『辛子明太子』や

『さつまあげ』でも期待したのかと笑い出した。


「ごめん、ごめん、今度送ってきたらお裾分けしますから。
ぶどうじゃ、嫌かなぁ……」


ぶどうが嫌いなわけではないけれど、

出来たら今匂っている方が嬉しいと軽く言ってみる。

鮎川は、それならあげると言い背を向けたが、すぐにふり返りビニール袋を指差した。


「じゃぁさ、倉ちゃん、トレードしない?」

「トレード?」

「うん、倉ちゃん夕飯まだなんでしょ、食べていってよ。
その代わり、このビール1本くれない?」

「ビールと交換?」

「そう……ご飯もあるよ」


暖かいご飯の香りと、電子レンジじゃない料理の誘いに、

ビールとのトレードを受け入れ、俺は鮎川の部屋に初めてあがる。

さすがにひとり暮らしとはいえ、女性の部屋だ。綺麗に整えてあって、

色合いも家具の配置も、きちんと意味がある。


「美味い……」

「本当?」

「あぁ、鮎川、料理美味いんだな」

「ありがとう。意外でしょ、私が料理上手だなんて」


意外という気はしなかった。居酒屋などで振る舞う仕草を見ていても、

台所によく立つのだろうという予想はそれなりにあった。


「お料理にはね、結構自信あるんだ。
でも、近頃作ってあげる相手もいないから、やる気が起きなくて」


その言葉に、動いていた箸が止まった。

鮎川には確か、遠距離恋愛の彼氏がいたはずだと、問いかけてみる。


「あ……あはは、やだ、自分で言っちゃったわ。
実はね、夏前に別れちゃったの……」


一緒に飲み合う仲間に、みんな相手がいるのが悔しくて、

ひとりになったことを言えなかったと、トレードしたビールをグッと飲みながら、

鮎川は本当のことを白状した。


「東京に行くことを励ましてくれていたくせにね。うまくいかなくなった」


鮎川は、会う度にどんどんと距離を感じるようになったと、そう言った。

あいつのいうセリフ、ひとつひとつが、今の自分と美咲に重なる気がして、

俺は気付くと、2本目のビールに手が伸びる。


「倉ちゃんも遠距離に悩んでいたでしょ。うまく行かなくなったなんて言ったら、
自分はどうだろうって、気にするんじゃないかとも思ったしね。
ねぇ、これでも気をつかったのよ、私」

「そっか……」


鮎川は、同じ遠距離仲間の俺に、壊れたことが言い出せなかったと笑った。

確かに、壊れた話を聞いていたら、

自分もダメかもしれないと、思ってしまうことがあったかもしれない。

少しだけお邪魔するつもりが、完全に夕食を食べながらの、愚痴飲み会になっていた。

鮎川が2本目、俺は気付くと3本目のビールに入っている。


「倉ちゃんの方は? ごちゃごちゃ解消した?」

「解消? いや……全然」


美咲との間に出来た溝は、埋まってはいない。

話をすればするほど、根本的な部分までさかのぼりそうで、

嫌気がさすときがあるのだと、俺は鮎川につぶやいた。


「そうか……」

「正直、詰まってしまった気分なんだ」


今まで気にならなかったテレビの音が、気になるくらい静かな空間がそこにあった。

鮎川は缶ビールの角度をさらに上げ、全てを飲み干してしまう。


「ふぅ……」


鮎川が何かを言うのではないかと、自然と視線が動いた。

いや、何かをいってほしいと言う期待も、どこかにある。

鮎川の言葉なら、素直に受け取れる自分がここにいて、

気にかけてもらえることが、また一つ違う何かを生み出す気がした。


「倉ちゃん……」

「ん?」

「……よっか」


一瞬、何を言ったのかがわからなかった。

ただ、鮎川の目がこっちを見ていることだけはわかる。


「倉ちゃん……しよっか」


『何を?』と聞くほど、酔ってもいない。

鮎川の目を見ながら、一度呼吸を飲み込んだ。




第15話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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コメント

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え、どうするの?
駿介どうするつもりでしょうか
ものすごく気になるのですが

うーん

pocoさん、こんばんは

>え、どうするの?
 駿介どうするつもりでしょうか

心を許し始めている人から、思いがけないセリフです。
駿介がどうするのか……は、次回をお待ちください。