第17話

第17話




恭介が東京に来る日、俺はあいつが迷うとまずいと思い、

予定よりも早く待ち合わせの駅へ着いた。

大き目のリュックを背負った恭介の姿が見えたので、

軽く手をあげると、あいつは『よかった……』というような安堵の表情を見せる。


「いやぁ……疲れた、疲れた。兄貴、よくこんな生活しているな」

「何を言っているんだよ、ラッシュ時の電車に乗ったわけでもないだろうが」


迎えに行ったのは急行が止まる大きな駅で、そこからは一緒に電車を乗り継いだ。

ホームがいくつかあって、電車がひっきりなしに入ってくることなど、

俺にとっては普通に見る景色だったが、東京を知らない弟にとっては、

急かされているようで息苦しいと、今時の若者には珍しくおかしなことを言った。

駅を降り、大学を横目に見ながら、そのままアパートへ向かう。


「ほら、入れよ」

「うん……」


恭介はリュックを背負ったまま、狭い部屋を軽く見回した。

ひとつだけある扉を開け、すぐに閉める。


「兄貴、本当にこの部屋、風呂ないんだな」

「ないって言っただろう。5分くらい歩くと銭湯があるから、今日はそこに行くぞ」

「銭湯に? 毎日だと大変だろ」


麦茶をコップに入れながら、そこはつい無言になった。

毎日銭湯通いなど、本当はしていない。

東京へ出てきた当初は、足しげく通ったけれど、梨花と付き合いだしてからは、

ほとんど向こうが自分の部屋のようだった。


「えっと、土産を出せって言われたんだよな」

「土産? そんなものいらないって」

「まぁそう言わずに、母親の気持ちを受け取れって」

「なんだそれ」


恭介は、参考書の奥に入れたと言いながら、荷物をどんどん出していく。

出てくるのは漫画やゲーム機、なぜか占いの本だった。

俺はその一つを手に取り、お前は何をしにきたのかと呆れた口調で言ってみる。


「何って、テストですよ、テスト。これは気晴らしでしょうが」

「気晴らしばかりじゃないか」

「まぁまぁ……あ……そうそう、朝さぁ、駅前でちょっとした騒ぎがあったんだよ。
人だかりが出来ていて」


恭介は昔から調子がいい。

自分に不利な話だと思ったのか、急に話題を変えてきた。


「人だかり? あの駅前に珍しいな」

「だろ」


恭介が土産だと取り出したのは、味噌だった。

母親が、近所の集まりで作ったらしいが、正直もらっても困る。


「人が倒れていてさ、救急車が来て。なんだと思ってのぞいたら、
ほら……あの人だった」

「あの人? 誰だよ」

「ほら、兄貴が前に付き合っていた、同級生の……えっと……あ、そう、美咲さん」


恭介は、美咲が倒れていて、その周りを数人が囲み、

その後、すぐに救急車が来て運ばれていったと言った。

俺はどうして美咲がそんなことになるのかわからず、人違いじゃないかと言い返す。


「人違いじゃないよ、だって、着ていた制服が『金村園』のものだったし、
そばにいた男の人が、美咲、美咲って叫んでいたからさ」


そばに男がいたと聞いた瞬間、

あの同窓会の日、嬉しそうに迎えに来た男の顔が浮かんだ。

それにしても、救急車を呼んだとなると、ちょっとしたことではすまないと思えてくる。


「どうして運ばれたのかは、わからないのか」

「わからないよ、自転車止めて人だかりがあったからチラッと見ただけだし。
俺は、あんまりその人、知らないしさ」


美咲は中学の頃から、特に体が弱いこともなかったし、

大きな病気をしたと聞いたこともない。

交通事故にでも遭ったのなら、警察が来たりするだろう。

だとすると、その前に何かが起きたのだろうか。


「兄貴、俺、どこに寝るの?」

「ん?」


その日の夜は、夏だったこともあり、恭介とごろ寝をした。

あいつは座布団を枕にして、小さい頃と同じようにひどい寝相で、

なぜかガラス窓に足が思い切りぶつかっていた。

割れてしまったらどうするのだと思い、俺は仕方なくベッドから降りると、

恭介の足を反対側に押していく。


その日は、暑くて苦しいというような気温でもなかったが、

美咲がどうして救急車で運ばれたのか、それが気になりなかなか眠れなかった。





恭介が無事試験を終えて、混雑する電車に飽き飽きしながら地元へ戻った次の日。

世話になって悪かったと、母親から電話が入った。

俺は何気なく、恭介が口にしたことを聞いてみる。


「美咲ちゃんが?」

「あぁ……あいつがそう言ったんだ。人違いじゃないのかって言ったけれど、
『金村園』の制服を着ていたって、そういうものだから」

「そう……」


俺と美咲が別れたことを、親に話したわけではないけれど、

母親は薄々気付いているようだった。近頃はあまり『金村園』を利用しないと、

そう言い返される。


「そっか……」


結局、その時は美咲の情報がわからないままだったが、

それから1ヵ月後、地元に戻ったときに状況が明らかになった。

美咲を好きだと言っていた、セレモニーホールの男は、とんでもないやきもち焼きで、

交際を了解した美咲が、毎日何をしているのか、しつこく電話をしていたらしく、

納得できないようなことを話すと、強い口調で責めたという。


「そうとう強引な人だったみたい。優しそうな人だったから驚いたって、
パートの人たちも言っていてね」


道で偶然同級生と出会い、行き先が同じだから車で送ってもらったことや、

取引先の人との話が長引き、時間通りの場所に来られなかったというだけで、

徳田という男は、嫉妬に狂ったと聞かされる。


「あの朝は、駅前で言い合いになって、美咲ちゃん思い切り突き飛ばされて、
駅の柱に頭を強く当ててしまったって。駅員さんがその瞬間を見て驚いて、
それで救急車を呼んだらしいわよ」


事実を聞いても、どうすることも出来ないことはわかっている。

それでも、俺は淡々と話す母親から目をそらし、悔しい気持ちを抑えるのに、

精一杯だった。





その日の夜は、恭介が塾で遅くなり、

父も、数ヶ月ぶりに東京へ出て行ったため、夜は母親と二人だけだった。

今まで一度も聞いてこなかった美咲との別れの理由を、初めて尋ねられる。


「駿介も美咲ちゃんも、もう二十歳越えているのだから、
あれこれ言うまいとは思っていたけれど、
お母さん正直、長く付き合っていくのかしらと思っていたから」


美咲のことを聞きだしたのは俺なので、ここだけ話をはぐらかすのも悪いと思い、

去年の秋からのことを、それなりに語った。

短大を卒業したら、東京へ出てきて欲しいと望んだが、

美咲はあまり本気に捕らえてくれることなく、『金村園』へ就職をしてしまったこと。

窮屈な場所から救い出したいという思いを、理解してくれなかったことが悔しくて、

そこからだんだんと連絡がしづらくなったことを話す。


「そう……」

「簡単に言うなって言われてさ、俺だって考えているのにって悔しくなって」

「……でも、お母さん美咲ちゃんの気持ち、わかるわ」


こっちの気持ちを語ったのに、思い切りそう言われるとは思わず、

俺は少しむきになった。美咲が父親のために、玲の親父が払った金を返すと言うので、

多少は用意できると言ったことも話す。


「駿介」

「何」

「あなた、東京で一人暮らしをしているのに、ずいぶんおかしな理屈を並べるのね。
よく冷静になって考えてみなさいよ」


母親は、東京へ出て行くということが、どれだけ大変なことかと、

あらためて語りだした。俺が住むような風呂なしのアパートに美咲が住んだとしても、

そこから一人で生活費を捻出し、

借金まで返そうとするのは容易ではないと言われてしまう。


「『金村園』に残れば、まぁ、多少の生活費はもちろんかかるけれど、
返済にあてられる金額は、東京で暮らすよりもよっぽど多く取れるんじゃないかしら」


東京とこの場所の、家賃の違い。

確かに言われてみたら、その通りだった。

その東京で一人暮らしをしている俺が、返済の金を多少用意すると言ったところで、

美咲が首を振るわけがないと付け足される。


「駿介だって、まだお父さんの仕送りがあってこその生活でしょう」


俺は、いつのまに、当たり前のことを頭から除外していたのだろう。

確かに、生活費はバイトをしながら工面しているところもあるけれど、

基本的に学費と家賃は、今、ここにいない父が支払っている。

そう、人に金を貸そうなんて、大きなことを言える身分ではなかったのだ。


「美咲ちゃんは同級生だからね、駿介と同じ立場でいたかったのよ、きっと」


何気ない母親の一言が、ずっしりと胸に響いた。





次の日、本屋に行くと家を出て、夕焼けの中を自転車で走る。

何もなかった街並みには、道路の拡張工事がスタートしたおかげで、

新しい店もいくつか出来始めていた。

東京でも見る雑誌を買い、そのまま『金村園』へ向かう。

店の横にある大きな木は昔のままになっていて、高校時代そうしたように、

俺は影に止まると、そこから店の中にいる美咲の姿を探した。

美咲は大きな箱をいくつか抱え、それを積み上げ、さらにまた同じ動きを繰り返す。

俺がまだ寝ている時間から働き、そして今もこうして働いている。

東京へ行き、自分は夢に向かって走るのだと宣言したくせに、

戦っているのは美咲だけだと思えてくる。



俺は、東京に行って、何を学び、何を得ているのだろう。

今考えてみると、ただ甘えることしか、覚えていない気がしてしまう。

美咲のことを考えてやっていると、大きな口だけ叩き、

俺のことを一番に考えないことが嫌だと、わがままを言った。

ずっと、この場所から、美咲を見続けてきたのに。


あいつは、中学の頃無くしてしまった『家族の形』を、

懸命に取り戻そうとしている。

どうしてそこを、わかってやらなかったのだろう。


姿を隠れてみていることが申し訳なくなり、俺は家へ向かってペダルを踏んだ。





次の日、駅へ向かう前に一人で『晴日台』に登った。

美咲は東京に行く前、この景色を忘れないで欲しいと、言っていた。

遠くに見える電車と、その前を走る自動車。

田畑に店に、そして通った学校が見える。

俺は右から左へゆっくりと視線を動かしながら、小さな町の景色を、

あらためて心に刻み込んだ。





東京へ戻ってから、外へ向かうのがめんどうになった。

授業が早く終わると、そのまま部屋へ戻り、ただ時間を流す日々が続く。



理由はわかっている。



どうしようもない後悔に、どうしようもない心が潰されそうになっていた。

梨花からの誘いにも、理由をつけて断る日々が続く。

こんなことをしていてはいけないと思っているのに、気持ちがついていかなかった。

それでも、たまに禎史たちと話をすれば、笑うこともあって、

2週間ぶりに、俺は梨花の部屋へ向かった。


「近頃、どうしたの?」

「ん?」

「なんだか、避けられているような気がするのだけれど、気のせい?」


気のせいだと答えなければならないのに、言葉が出て行かない。

正直、梨花にあれこれ聞かれることが、苦痛に思えてしまう。

とんでもなく自分勝手で、最高に嫌なやつだと自分でも思えてきて、

さらに口は重くなる。

答えを返さないことに痺れを切らしたのか、梨花が俺に近付き、

しっかりと腕を回してきた。

耳にやっと届くくらいの声で、『いや……』という言葉を繰り返している。

重なった唇に、思いはあるのだけれど、それを飛び越えるくらいの思いがあることに、

俺は薄々気付いていた。




第18話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
いつも訪問ありがとう、ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

これからも、よろしくです

拍手コメントさん、こんばんは
昨日は、お返事をせずにすみません。
気付くと寝てました(笑)

駿介側、美咲側、どちらからも楽しめますし、
順序を決めて読むのも、もちろんOKです。

嫌なことがあったわけではないですが、特によかったこともなかったので、
まあまあと書いてしまいました。

コメントを読ませていただきながら、
『あぁそうだったのか』と思うのと同時に、
こうしてコメントをいただけること、本当に感謝しています。
書くのは楽しいですし、自分の趣味なのですが、
やはりみなさんからの反応が何もないというのでは、
続けることも難しくなりそうなので。

これからも、拍手コメントさんのペースで、どうか、お付き合いください。