第18話

第18話




夏休みが終了し、また大学での日々が始まった。

家庭教師のバイト、週末だけ頼まれるレストランのバイト、

決まったスケジュールをこなしながら、空いた時間を使うことにする。


初めての駅で降り、初めての商店街を歩く。

どこか懐かしさの漂う町並みに、焼き鳥の匂いが強烈なアピールをした。

声のかすれた青果店の親父は、阪神タイガースのタオルを頭に巻いて、

通り過ぎる人に声をかける。

大根が相当お買い得らしいが、声をかけられた主婦は手を振りその場を離れた。

それでも親父さんはめげずに、またターゲットを探す。

3軒先にある金物屋のおばあさんは、手にはたきを持ち、

金たらいを何度もはたいている。そんなにしないとならないほど埃があるのだろうか。

賑やかな場所を抜け、信号を2つほど歩いたが、

前を行く男は一向に歩みを止めてくれない。


「なぁ、まだ歩くのかよ」

「文句を言うな」


梨花との距離が開き始め、自然とその仲間近くにいる禎史とも距離が開いた。

その代わりというわけではないのだが、

常にマイペースに学生生活を送る憲弘と、過ごすことが増え始める。

大学1年から、よく一緒にいたくせに、アパートを訪ねるのは初めてだった。

そろそろ収穫が近付いているのだろうと思える稲穂が風に揺れ、

俺たちが横を歩くと、スズメが数羽飛びたった。

少し先にCDで作られた鳥よけがあるけれど、役に立っているのだろうか。


「なぁ、ここって本当に東京か?」

「あはは……駿介、お前失礼だな、電信柱を見ろよ、東京の住所だろ」

「まぁ、そうだけど」


日本地図で見ると、大きいとは言えない東京に、

探してみたらこれだけのどかな場所があったのかと、正直そう思った。

俺の育った陵州だと言っても、通用するくらいの眺めに、

なんだか懐かしさが漂ってくる。

結局、駅に近いと聞かされていた憲弘のアパートは、

駅から10分以上、歩いた場所にあった。


「はぁ……」

「何ため息ついているんだよ、ほら、開けようぜ、ビール」

「ため息もつくだろうが、お前、これだけ距離があるのならそう言えよ。
駅に近いだなんて言うから、そう思っていただろう」


憲弘は、歩いてアパートに着けるのは、十分近いと言い張った。

あいつの実家は、駅に歩こうとすると半日かかってしまうらしい。


「このままでいいよな、つまみ」

「あぁ、うん」


小さなちゃぶ台に缶ビールを2つ乗せ、

そこら辺のコンビニで買ったつまみが、袋ごと出される。


男2人の遠慮ない飲み会が開始された。


「ここのところ、禎史たちと飲みに行かないんだってな、駿介」

「あぁ、うん……ちょっと疲れたのかな」


疲れたと言うよりも、梨花と会うのが辛かった。

申し訳ないと思いつつ、起用ではないので、その場だけあわせる事など出来ない。


「憲弘は入学してからずっと、マイペースだもんな。
うらやましいし、正直、すごいと思うわ」


色々な誘惑に負けず、自分の思いを貫く姿に、同級生とは言え、

尊敬すら覚えた。憲弘はスーパーで買った漬物だけれど、美味しいのだと、

楊枝だけ刺してくれる。


「俺は、禎史や駿介より、人生1年間先に使っているからさ。
遊んでいるわけにはいかないんだよ」


憲弘は、俺や禎史と違って、浪人して大学に入学した。

それが『先に使っている』という意味なのだろうと思う。


「東京に出てきて、生活するだろ。
俺は、つくづく育った場所はいいところだって、思えるようになった。
それと同時に、帰れる場所があるのも、いいことだって」

「うん……」


憲弘の机の上には、実家の前で撮った犬の写真が飾ってあった。

わらぶき屋根という家の形に、駅まで半日かかるという理由がわかる気がする。


「出てこなければ、わからなかったんだろうな」

「うん……」


憲弘の言葉に、自然と頷いた。

確かに、夏の終わりに俺が『晴日台』へ一人で登ったのは、

そんな思いがどこかにあったからだった。

東京へ出て、得たものが多いと思っていたのに、

実は失ったものが多かったのではないかと、身にしみたからだ。


「もちろん、田舎から出て行くやつが誰もいないのでは、ダメだけどさ、
でも、それと同時に、あの景色があるのは、そこに残っている人たちが、
必死に守ってくれているからなんだよなって、そう思えるようになった」


憲弘は、自分は大学を卒業したら、地元の公務員になると宣言する。

それと同時に、東京の慌しさは、自分にはあわないといい、軽く笑って見せた。


「守る……か……」


俺は缶ビールを持って立ち上がり、憲弘のアパートから見える、

どこかのどかな景色を眺めてみる。


陵州の海、そして茶畑の緑、秋になると色を染める山。

川のきれいな水も、夏になると部屋へ飛び込む虫たちも、

守る人たちがいてこそ、変わらない姿で迎えてくれた。




東京で変わってしまった俺を、変わらない美咲は、どう見ていたのだろう。




「駿介」

「なんだよ」

「お前もこっちへ引っ越せば? この辺なら風呂付で同じくらいだろ、家賃」

「……うん」


『引越しをすること』

今までは一度も考えたことがなかったが、それもいいかなと一瞬、思った。





憲弘の部屋へは、それからも時々お邪魔した。

そして、色々な話をする中で、大きな塊だった就職先への希望が、

どんどんと具体的になり、そして小さな枠に収まっていく。

自分なりに資料を読み、ニュースなどで調べながら『指導室』の扉を開けた。


「『ボルテックス』かぁ……」

「はい。自分の思いを、叶えられる企業だと、一番思えたので」


大学の指導室へ向かい、自分なりの思いを話してみた。

就職指導担当は、大学にある資料を広げてくれる。


「いい企業だけど、その代わり厳しいぞ」

「はい」

「まぁ、大倉の目指すものを考えると、確かにいい選択だとは思うけれど……。
それはわかるだろ」

「はい」


同じ仕事をするのなら、頂点を狙うのは当たり前のことだ。

届くかどうかは、俺次第ということ。


「先輩の体験談なども、聞いた方がいいだろうな」

「はい、ありがとうございます」


経済の中心は間違いなく東京だった。

でも、それだけでは商売は成り立たない。

これからの商売は、来てくれる人を待つのではなく、

こちらから迎えていけるような体制を作らないと生き残れない。

会社の中で活用するだけだったパソコンも、

どんどんど個人で楽しむものへと変わっている。

全国的に伸びた宅配のノウハウを使えば、東京へ出てこられない人たちにも、

商品を売ることが出来る。

注文を受け、流通させ、店を持たない方法でルートを広げていく。

ここ数年の動きを新聞などで読んでいると、その目標を掲げ、

すでに動き出しているのが『ボルテックス』だった。


「狙います……」


11月が目の前に迫ってきていた日、俺は将来の目標を定め、

どこか丸まっていた背中を、久しぶりにピンと伸ばした気分だった。





大学の授業を終えても、指導室に入り、先輩方の就職率をチェックする。

『ボルテックス』へは、

東央大学からコンスタントに2、3名、入っていることがわかった。

俺だって、やってやれないことはないはずだ。

向こうが求めることを、こちらがどれだけ理解し、

それに答えられるという雰囲気を出せるのか、少ないバイト料の中から、

経済新聞を買う余裕を作り、それから毎日必死に読み続ける。

熱中することが別に出来たこともプラスされ、梨花との距離はさらに開いた気がした。


「駿介、今日はどうする?」

「ごめん、今日はいいわ」


禎史の誘いを断るのは、これで何度目だろう。

あいつもなんとなく感じることがあるのか、強く勧めるようなことはしなかった。

授業を終えてバイトに向かうか、経済新聞を読み気になる記事を切り取るか、

今の自分がすべきことをやりながらどう気持ちが動くのかと、

しばらく自分自身で放っておいたが、目標が定まるのと比例するように、

気持ちは動かない物に固まってしまう。


「もしもし……梨花?」


気持ちが固まると、今度は放っておくことが罪であるような気がし始めた。

俺が梨花に話があると伝えると、部屋へきて欲しいと言われ、その指示に従った。


毎日とも言えるくらい、当たり前に登っていた階段の1段ずつが、

接着剤でもつけているように、その日は重たく感じた。

梨花はいつもと同じように出迎え、適当に口に入れるものを作ってくれる。


「先週の飲み会も、倉ちゃん来なかったね」

「うん……ごめん」

「私がいたから?」


出来上がった皿をテーブルに置き、梨花は心の中を探ろうと、こっちを見た。

梨花の、オブラートにも包まない正直な性格は、いつもなら心地よいくらいなのに、

こうなると刃物でつつかれているように思えてしまう。

図星をつかれると、人は何も反応が出来なくなるか、また大げさに誤魔化そうとする。

俺は、どちらかというと、黙ってしまうタイプらしかった。


「やだ、黙らないでよ、キツイ……」

「梨花……」

「わかっている。もう、続けられなくなったってことでしょ。
元彼女と、よりが戻っちゃったんだ」

「いや、違う」

「じゃぁ、別の人が好きになったの?」


どう答えたらいいのだろうか、よりを戻したわけではないけれど、

気持ちは元の彼女へ戻ってしまった。

新しく好きな人が出来たと言った方が、近いような気がしてくる。


「そうだよね、始めに言ったもんね。彼女にして欲しいとか言ったりしないって。
だから、倉ちゃんが『おしまい』って思ったら、
『はい、そうですね』って言うべきなんだろうけれど……」

「そんな言い方するなよ。俺は別に適当に付き合ってきたわけではないし……」

「だって……でも、言おうとしているでしょ?
さよならって言おうとしているじゃない」


梨花の言うことの方が、100%正しかった。

結果的に、こういう状態になったのだから、真剣だったと言っても、

言葉に説得力など、1%もない。

それでも、今日という日を乗り越えなければならず、俺は気持ちを前に押し出した。




第19話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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