第28話

第28話




美咲の話し方、ストローに口をつけて吸い上げるときの顔。

どこをどう見ても、特に変わった様子は感じない。

お父さんが職を得て、また家族全員で暮らすことを夢見ている話は、

やっと玲の両親にも伝えたらしく、肩の荷を降ろしかけているからなのか、

むしろ明るい表情に思えてきた。


「どうしたの? 駿介」

「ん?」

「なんだか人の顔をじっと見て。何かついている?」

「いや、そうではなくて」


1月、福山部長が『陵州』を訪れたついでに、大倉家へ立ち寄ってくれた。

高瀬先輩も一緒だったはずなのに、話題はそこから大きくはずれ、

なぜか俺と部長の娘、杏奈さんが婚約するという根も葉もない噂話が、一人歩きした。

くだらない話に、美咲が傷つかなければいいと思うあまり、

つい顔色ばかりうかがってしまい、妙な時間が進行する。

こういうことは、隠していると思われるより、自分から語った方がいい。


「あのさ……」

「もしかして、噂話のことを気にしているの?」


先に言われてしまった。


「部長さんが駿介の家に行ったのでしょ。
駿介のことを気に入っているから、お嬢さんのお婿さん候補にって、
そうご両親に話していたって……」

「なぁ、それ誰から聞いた? 全然違うけど」

「パートの赤城さん。ほら、私の味方をしてくれる。
赤城さんもスーパーで聞いたんだって。美咲ちゃん、駿介君と別れちゃったのって、
気にしてくれて」


赤城さん。そう、俺が就職決定の電話を美咲にした日。

玲の親父が留守だからと、仕事を切り上げさせて、

東京へ向かうように後押ししてくれたパートさんだ。

『金村園』の中で美咲を評価してくれる人の一人。


「本当に、うちに部長が寄っただけで、どうしてそこまで話が進むのかな、
田舎の情報網って、不思議でならないわ」

「みんな知っている人の話題は好きなのよ。おめでたいことだとなおさら、
一緒に祝いたくなるというか」

「本当ならいいけれど、ウソを祝われても、迷惑なだけだ」


美咲は自分は何も気にしていないからと、笑顔を見せてくれた。

当たり前だと言いながらも、本当にほっとした。


「福山部長さんが、とてもやり手の方だって、地元の議員さんたちもよく話すんだって。
だから、駿介が気に入られるのならいいけれど、嫌われたら困るって、
みんなあれこれ思うみたいよ」

「余計なお世話だよ、俺の将来は自分で考えるっていうの、全く」


田舎話が始まって、そこから話題が少しずれた。

『陵州物流センター』の完成を待つのは、働き場所を求める人だけでもないらしい。


「玲が?」

「うん……会社をやめて戻ってくるって。来年には幸成さんも戻ってくるみたいだし」


玲の3つ上の兄貴。

『金村園』の跡取りは、期限付きで東京の百貨店に就職を決めていた。

美咲たちが秋に出て行くことも、簡単に了承した裏には、

そういうことがあったのかと、納得する。


「正直、『金村園』にも昔ほどの勢いがないの。
今、使っている人たちも、10人近くやめてもらいたいみたいだし。
幸成君と玲ちゃんが戻るとなると、さらに人はいらなくなるでしょ」

「そんなに苦しいのか」

「品質がいいとか悪いとかより、時代の流れで、とにかく値段が重要視されているみたい。
セレモニーホールからも、価格を抑えられないのなら、
契約は今年の年末までだって言われているし」


『金村園』にとっても、『ボルテックス』のセンターが着工し、

新しい仕事先が目に見え始めれば、

パートたちを解雇してもそれほど恨まれないと思っているらしく、

口には出さないものの、工事が始まるのをてぐすね引いて待っているのだと言う。


「まぁ、でもよかったな。お父さんが引越しして、
お母さんも東京へ来ることになるのなら、美咲も堂々と出てこられるし」

「……うん」


一番正しい道だと思い、そうコメントをしたのに、

その日一番、ハッキリしない返事をされる。


「どうした、玲が何か言ったのか」


あいつが美咲に冷たいのは、昔からだった。

生まれながらのお嬢様は、常に自分が真ん中にいないと、気に入らない。

俺もその感情に何度か無防備に触れてしまい、ケンカになることがあった。


「玲ちゃん、婚約破棄になったって」

「婚約破棄?」

「詳しいことはわからないけれど、東京で色々とあって、この間叔母さんが出かけたの。
とにかく家に戻そうということになったみたい」


美咲は、同じ東京に住んでいるので、何かあいつから連絡はなかったかと、

逆に聞いてきた。大学時代はサッカー部の祝い事で何度か会ったが、

そういえば、ここ1年半くらい、連絡を取っていない気がする。

年賀状は届いていたが、いつもと同じような文面で、特に変わった様子は感じなかった。

昔、俺が美咲と離れていた頃、男と一緒にいる姿を見た記憶はあったけれど、

それが相手かどうかもわからないし、今更何を聞いてやればいいのかも思い浮かばない。

喫茶店を出た美咲と、新しく出来たショッピングセンターをブラブラと歩き、

買い物をする。材料を買い込みアパートへ戻ると、手料理を作ってもらった。


初めて美咲の肌に触れてから、数年が経った。

あの時のような慌てぶりはなくなったが、今もそのときめきは変わらない。

余裕が出来た分、互いを思いあう感情が増え、支えあう気持ちは強くなった。

『結婚』という形はまだとっていないものの、

それがいずれ二人におとずれることには疑いの余地もなく、

互いの環境が整う日々を待っている、そんな気分だった。


美咲と話すことが自然で、求め合う思いも自然なことで、

抱きあいたいという感情を隠す必要もなく、あふれる気持ちだけを与え続ける。

曲線をなぞる指先も、ぬくもりを捕らえる唇も、

言葉としてではない愛情の伝え方があることを知った、俺たちなりの形が、

すでに出来上がっている気がした。





美咲から玲の話を聞いた1週間後、いきなり会社に玲から電話があった。

本当に陵州へ戻ることが決まり、マンションも月末には引き払うと言う。

報告だけと言いながらも、あいつの性格はわかっていたので、

どこかで食事でもしようかと、俺から声をかけた。


「久しぶりだね、駿介」

「あぁ……誰かの祝いを何度かして……」

「美咲とよりを戻す前に、会いました」

「……あぁ、そうでしたね」


美咲のことになると、相変わらずとげとげしい言い方をする。

『婚約破棄』に落ち込んでいるのかと思ったが、昔と変わらない。

あいつからは『ボルテックス』の話を聞かれ、今話せることだけを語ってやる。

向こうの事情を聞きだすつもりはなかったが、玲らしく、自分から言い出した。


「そろそろ店に貢献しないとと思って。今までさんざん自由にさせてもらったし」

「そうだな、おじさんも喜ぶだろ、お前がそばにいれば」

「そうね……お荷物もやっといなくなるって言うし」


お荷物とは、美咲親子のことだろう。

全く、俺が美咲と付き合っていることを知っていて、

よくこれだけの発言が出来るものだと、内心あきれ返ったが、

またここでやりあえば、結局美咲が大変だと言うこともわかっていたため、

何も言わずにコーヒーを口に含んだ。


「何を言っているんだって、そう思っているでしょ、駿介」

「いや」

「私がまた、わがままで美咲のことを責めていると、そう思っているでしょ、どうせ」

「玲……」


美咲の話を振れば怒り出すし、言わなければ言わないで機嫌が悪い。

早く秋が来て、美咲たちが東京へ来ればいいのにと、心底思う。


「美咲のせいなのよ、こうなったの」


玲は、自分が『婚約破棄』されたのは、美咲親子の責任だと言い切った。

多少のことなら我慢しようと思っていたけれど、こう出てこられては黙っていられない。


「玲、何をどうすれば美咲の責任になるんだよ。
その男が美咲を好きだとでも言ったのか」

「違う」

「だったらなんだ」

「美咲の父親が、犯罪者だからよ」


玲の相手だった男は、とある住宅メーカーに勤めているらしい。

その叔父という人が弁護士をしていて、玲の家族構成を調べた中で、

美咲の父親が、以前、横領で捕まったことを知り、難色を示したのだという。

もちろん、玲は美咲の一家とは縁も切れると話したらしいが、

相手は急にトーンを下げてしまったらしく。


「突然うちに転がり込んできて、学校まで行かせてもらって、
今度は勝手に出て行くって言い始めて、終いには、人の人生まで邪魔をしているの。
どれだけあの親子に振り回されているか……」

「玲、お前本気でそう思っているのか」

「そうよ。昔からそう思っていた。
あの子がそばにいて、私、得をしたことなんて何もない」


思わず手が出そうになるほど、怒りで心が充満している。

俺の鼻から出て行く息は、その怒りを含んでいたからなのか、勢いがあった。


「得? お前がどうして得をしないとならないんだ……いや、ちょっと待て。
本来、お前がやらないとならない店の手伝いだって、美咲がずっとしてきただろ。
高校時代も、それから短大時代も、その後も……」


我慢の限界だった。

美咲の方が、どれほど我慢して、どれほど『金村園』に尽くしてきたのか、

ここまで言われては、黙っていられない。

流した涙も、唇をかみ締めた回数も、お前より数倍美咲の方が上だと、必死に訴える。


「本当に美咲の家のことが問題なのか?
もし、そうなら、そんなことで『婚約破棄』をする男の方がおかしいだろ。
結婚する相手は美咲じゃなくて、玲なんだし。
本当の理由は、別にあるんじゃないのか?」


うちの親だって、俺が美咲と交際していることを知っている。

もちろん、美咲の父親が過去に起こした罪のことも知っている。

でも、一度も交際を反対されたことはないし、

むしろ応援してくれているとそう思っている。

必死に訴える俺の方を2、3度ちらりと見た玲は、

何もわかっていないのだという顔をしながら、体を少し斜めにした。


「田舎の何も知らない人間とは違うのよ。弁護士さんがいる家なの。
そういったところには敏感なのでしょ。『犯罪者が親戚にいる』なんて、
何も誇れることではないもの」

「玲……」

「駿介、あなたも東京の一流企業に就職したのでしょ。
お付き合いをしていく人たちだって、それなりの人たちなのよ。
絶対に損をするからね……」

「は?」

「美咲をそばに置いたら、駿介が損をする。いい?
私が今日、一番言いたかったのはそこなの」


玲の気持ちが冷静だとは、到底思えなかった。

『婚約破棄』という現実が、何もかもをぶち壊してしまったとしか思えない。

昔から、とんでもなくわがままなところもあったが、

今の口ぶりは、それを通り越している。

人は苦しい時、誰かの責任にしないと乗り越えることが出来ないのだろうか。


「忠告は、それだけ」


玲は、そう勝手に結論づけると、最後のコーヒーには全く口をつけずに、

料金をテーブルに置き、先に店を出てしまった。

玲の新しい出発を、それなりに応援してやろうとしていた俺の気持ちは、

すっかりしぼんでしまい、かき乱された思いを沈めるまで、数時間かかった。




第29話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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