第29話

第29話




会社にも研修を終えた新人が入り、新しい時間が動き出した。

しかし、各地の工事がスタートを切った裏では、予想外のことが起きてしまう。

『ボルテックス』の事業拡大を応援してくれていた現役大臣が、

女性スキャンダルに巻き込まれ、大事な時期に職を退いてしまった。

新しくトップに立った人は、以前からマスコミをうまく使う若手の議員で、

選挙でも『エコ』だの『節約』だのを訴えた手前、

色々なものに文句をつけることが自分のポリシーだと譲らない。

同時進行出来ると思っていた各地の工事は、順番をつけなければならない状況になり、

『陵州』は3番目に滑り落ちた。


「福山部長、すでに業者が動き始めています。今更、期間をずらすのは、
予約を入れた手前、難しいのでは」

「基礎工事はしっかりすればいい。今からなら先に空く時間を知らせられる。
工事をしないわけではないのだから、そこは説明をしていこう」


本社での話し合いから1週間後、俺は高瀬先輩と一緒に、

地元への説明会へ向かう。正式決定で福山部長が拍手を浴びた日とは違い、

本当に最後まで完成するのかという疑いの眼差しが、会場にあふれた。


「みなさんが不安に思われるのは、当然のことです。
しかし、これは中止ではありません。
とにかく、順番が多少入れ替わったと言うだけで、工事は最後までやり遂げます。
それは信じてください」


機材を押さえた地元の業者に、

基礎工事終了後数ヶ月間は、別の仕事を請けて欲しいとお願いする。

スケジュールを急に変えるのは難しいと、不満の声が上がった。

それでも誠心誠意説明を済ませ、なんとか住民たちが会場を出る。

高瀬先輩が本社へ連絡を入れている間に外へ出ると、玲の父親が立っていた。

俺は頭を下げ、その横を通る。


「あの部長はどうしたんだ」

「福山部長は、別の……」

「後になっていたはずの建設地が、先になったらしいな」


確かに、後から決定した場所を、先に完成させることが決まった。

しかし、それは人件費が押さえられるからのことだ。

会社の内部事情なので語るわけにはいかない。


「君も、将来を真剣に考えるのなら、もう少し生き方をうまくしたらどうだ」

「どういう意味ですか」

「君のその勢いなら、いずれ地元を動かす存在になれるかもしれない」


玲の父親は、俺が玲に東京で聞いた話をそのまま語った。

婚約が流れてしまったのは、美咲の家が問題だとそう宣言する。


「それが……何か」

「君が、部長の話を受けるか、美咲にこだわって将来の道を狭めるか、
それは自由だが、責められるのは身の程を知らないと噂される美咲の方だ」

「は?」


玲の父親は、そういうと、逆に俺の横を通り過ぎようとする。

このまま行かせてはなるまいと、呼び止めた。


「金村さん」

「なんだ」

「美咲に……何か余計なことを言っているんですか」

「余計なこと?」

「だから……」

「私が美咲に話すのは常に真実だけだ。余計なことなど、一つもない」


玲の父親はそういい残すと、そのまま止めてある車に向かい、運転席に乗り込んだ。

エンジン音が響き、排気ガスの臭いだけを残す。

もっと言い返すべきだったと思いながら両手を握り締めたが、

あたるところなどどこにもなく、ただ、雲の漂う空を見上げるだけだった。





『玲の婚約破棄』


この話題は、当たり前だが田舎の人間たちにはすぐに広まった。

それと同時に、何も根拠がない美咲親子の話も、一緒にくっついて広がっていく。

玲は手伝いをするといい家に戻ったが、気持ちが晴れないとあれこれ言い訳をつけ、

実家に戻ってからも、同級生たちと遊びまわっているという。

自分には全く関係のない話だけれど、苛立つ思いはどうにもならなかった。


「なぁ、手伝わせろよ、あいつに」

「駿介が興奮してどうするのよ」


お父さんとお母さんが、一緒にアパートの契約をすることになり、

美咲も東京へやってきた。ランチに使うナイフとフォークが、

キリキリと皿の上で音を立てる。


「玲が『婚約破棄』されたのは、美咲のせいでも何でもないよ。
今、玲がしていることを見たらわかるだろ。
実家に戻ったのに、すでに働ける年齢にあるのに、手伝いもせずに遊んでいる娘、
誰だって嫁さんにしたいと思うか?」


化粧をすることを覚えても、男と知り合うコツを覚えても、

限りなく玲は、子供だ。


「玲ちゃん、本当にその人のことが好きだったのよ、きっと。
まだ心の傷が癒えないの。だから今は遊んでくれていていいと思っている」

「美咲……」

「私は秋にはいなくなるし、そうすれば気持ちも変わるでしょ」



『秋』



そう、その季節が来たら、美咲は東京へやってくる。

美咲は、しばらくはバイトでもしながら、資格でも取ろうかなと、明るい話題をし始めた。

玲への怒りに満ちていた俺の頭は、美咲のためにとなんとか切り替え、

『秋』から始まるだろうと思える、楽しい時間のことを考えるようにした。





新年明けからの、あまりおもしろくない話題は通り過ぎ、

季節は5月を迎えることになった。

俺は、後部座席に申し訳なさそうに座る杏奈さんを乗せ、

福山家の車を運転し、『陵州』へ向かう途中にいる。

本来なら福山部長が一緒に来るはずだったのだが、

先にスタートした工事にトラブルが発生し、急遽昨日、現地へ入ってしまった。

とりあえず、茶摘み日程の都合で杏奈さんだけ先に『陵州』入りし、

明日の夕方、部長の代わりに奥さんと一番下の柚奈ちゃんが

追いかけてくることになっている。


「ごめんなさい、大倉さんに迷惑をかけてしまって」

「いやいや、いいんだ」


杏奈さんは卒業に向けた作品作りを開始していて、その1枚に『陵州の茶畑』を選んだ。

今日は俺が運転手となり、スケッチ場所の確認に向かう。

道は思ったよりも空いていたが、そうは言っても結構長い時間の運転で、

ずっと黙っていると重たい空気に押しつぶされそうだった。


「杏奈さん、次のサービスエリアに寄ろうか」

「エ……あ……はい」


俺は左にウインカーを出し、高速の本線からサービスエリアへ入った。

場所は高台にあるため、この先を走る道が結構見渡せる景色のいい場所だ。


「うわぁ……綺麗」

「でしょう」


杏奈さんは持ってきたカメラを取り出し、何枚か写真を撮り出した。

俺は、いらっしゃいませと声をかける屋台のおばさんを見て、

あることを思い出す。


「杏奈さん、ちょっと中に入るね」

「はい」


そう、このまま手ぶらで帰ったら、また母親にブツブツ言われそうだ。

何か土産になるものはないかと探すと、

昔よく榎本の家で出してくれた、大根の漬物に似たものが売られていた。

同じようなものを作る業者があるのだと思いながら手に取ると、

裏に貼られたシールに『榎本食品』の文字を見つける。


「いらっしゃいませ……どうですか? 今、フェアなんですよ」

「フェア?」

「はい、地元産業を応援しようと言うことで、期間限定なのですが、
こういったものを置いてあるんです」


レジの横にあるワゴンの中に、漬物やお茶を使ったパウンドケーキ、

そしてせんべいが入っていた。

確かに、土産物というよりも、そこら辺のスーパーで売ってあるもののようで、

過剰な包装はされていない。

『三田村』の住所表示に、榎本の家がまた、小さくても事業を続けていることがわかり、

俺は少しでも役に立てばいいと、漬物袋を5つその場で買った。


「ごめん、杏奈さん買い物してきた」

「いえ……色々と写真を撮っていたので大丈夫です」


俺が榎本の漬物を見つけ、少しだけセンチメンタルな気分になっているとき、

マイペースな杏奈さんは、つながれている犬を撮ったり、

コンクリートから必死に芽を出し咲いている花を撮ったりしながら、

それなりに時間を過ごしていた。

カメラに何を撮ったのか、色々と説明される。


「本当に杏奈さんは、植物や景色が好きなんだね」

「はい……」


俺たちが車に戻ろうとすると、大判焼きを売っていたおばさんが、なぜか前に歩いてきた。

カメラのシャッターを押そうかと、名乗りでる。


「ほら、写真だろ。そこに並びなよ。
おばさんこう見えてもしょっちゅう頼まれるから腕は確かだよ。
はいはい、デート記念に押しますよ」


こういったところのおばさんは、押しが強い。

この場所に立て、体は少し斜めに向けろと、頼んでもいないことをし始めた。

俺と杏奈さんは、記念撮影をするような間柄ではないと説明しようとしたが、

だったらなんだと言われ、長引くのも面倒だと思い言われた通りに横に並ぶ。


「すみません、大倉さん」

「いや、俺が買い物なんてしているから、ごめんね杏奈さん」


互いに申し訳ないと謝りながら、予定外の記念写真をそこで撮った。





「すみません、ずうずうしくお邪魔して」

「いえいえ、スケッチは2、3日で済みそうなの?」

「はい……」


杏奈さんは、2つ先の駅にあるホテルにあらかじめ予約を取っていた。

自分たちの部屋を開けるから、うちに泊まってもいいのにと母親は提案したが、

それはあまりにも申し訳ないからと、福山部長の奥さんからNGを出された。

駅前のホテルなら、電車に乗り、『晴日台』に向かうのにも便がいいため、

今日だけは俺が車で案内し、明日からは自分で山に登ると計画を語る。

昼食だけを大倉家で済ませ、車で『晴日台』へ向かう。

スケッチ用に残す写真を撮るにも、絶好の陽気だった。


「大倉さんは、ここで育ったんですね」

「うん。親父とお袋は土地の人間じゃないんだけどね。でも、俺はここで生まれて、
ずっとここで育った」


『陵州』の田舎道を歩き、走り、転び、色々な人と出会い、

色々なことを経験した。


「うちは父と母は両方東京生まれで、それも都心に近いんです。
だから、こういった田舎の景色とは、あまり縁がなくて……」

「そうなんだ、奥さんも東京の人なんだね」

「はい……」


車は順調に道を上がり、そのまま途中にある駐車場へ止まる。

いつもは閑散としているはずの場所が、結構な数の車で埋まっていた。

何かあっただろうかと考えていると、山の上から人の声がし始める。

車から杏奈さんを降ろし、絵が描ける場所を探していると、

目の前に出てきたのは、地元の有力者たちだった。

揃いのはっぴを着込んだ姿に、今日がどういう日だったかを思い出す。



『茶摘詣』



今年も無事に『茶摘』が出来ることを、

見守ってくれた山の神に感謝するという地元行事が、行われる日だった。

玲の親父はもちろん、薮本さんやその他数名の男たちも姿を見せる。


「あれ? あんた『ボルテックス』の大倉駿介じゃないのかい」


俺に気付いた薮本さんは、今日もまた何かの視察かと尋ねて来た。

今日は仕事ではありませんと首を振り、その場を納めようとする。


「とかなんとか言って、もしかしたら工事の再開が早まったとか?」

「いえ、仕事のことではなくて……」


薮本さんの後ろを、玲の親父が通り過ぎる。

俺を一瞬見た後、隣に立っている杏奈さんを見た。

俺は、その口元が怪しげに、少しだけゆるんだことを、見逃さなかった。




第30話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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ドキドキ

ナイショコメントさん、こんばんは

>あー、せっかく、駿介が寄り道から戻って?
 美咲といい感じになっていたのに、また女の影が。

あはは……ねぇ。
もう少し、どうなるのかしら……とやきもきしてください。

コンビニ対応、確かに嫌なことがあると、避けちゃいますよね。
でも、どんな対応だったんだろう。
逆の立場(店員)の私としては、ちょっと気になるところです。