第40話

第40話




美咲を連れて、『陵州』へ戻ったのは、再会をしてから1週間後だった。

母は同じ女性同士、美咲の体調を心配し、

申し訳ないと謝る美咲をただ黙って抱きしめた。

親父は過去にこだわらず、未来を見なさいとアドバイスをしてくれ、

弟の恭介は、少し早いけれど言いながら、赤ちゃんの靴をくれた。


「早すぎるだろ」

「いや、真里菜が選びたいってうるさくてさ」


真里菜さんというのは、恭介の彼女で、同じ『陵州大』に通う一つ年下の子だ。

俺は恭介の耳元で、『マネをするなよ』とつぶやくと、

あいつは軽く舌を出して、笑った。



その日の午後車に乗り、二人で『晴日台』を目座す。

駐車場に車を止め、100メートルくらいをゆっくり歩いた。


「大丈夫か」

「うん」


見える景色は変わらない気がするが、感じる風は、また一段階秋へ向かう気がする。

美咲に寒くないかと尋ねると、あいつは大丈夫だと首を振った。

美咲の大丈夫は信用できないなと笑う。


「もう強がったりしないわよ。駿介にきちんと話します」

「あぁ……そうして欲しいね。『妙谷温泉』まで、
また行かされるのはたまらないからさ」


そういえば、『妙谷温泉』へ行こうと思ったことがあるという話を聞いたのも、

確かこの『晴日台』だった。

幼い頃から何度も登らされて、どうでもいい山としか思っていなかった場所が、

いつの間にか自分の心を支えてくれる場所になっていた。


「これから『陵州』は変わっていく」

「うん」

「古くてもいいところは、しっかりと残すべきだけれど、
強引にでも変わっていかないとならないこともある」

「うん……」


広がった道路、細くて狭い道だったところはしっかりと舗装され、

街灯が少なかった場所にも、人や工場が増えた分、灯りがともった。

そして、地元の人たちから期待と不安と、そして羨望の眼差しを受けた建物が、

しっかりと骨組みをあらわし、ここから変わるのだと宣言しているように思えてくる。


「『さゆり』の2階の部屋で寝ているとき、いつも思い出すのはこの景色だった。
『金村園』のアパートでも、中学や高校の建物でもなくって、この『晴日台』なの」

「うん」

「緑がたくさんあって、その濃淡が眩しくて。
季節が変わるたびに、緑の場所が移っていって……」

「そうだね」


お茶の緑から、木々の葉が茂り、秋には一面が黄色に変わる。

そしてまた、新しい『緑の季節』へ、動き始める。

どれくらいだっただろう、ただ黙ったまま、景色を互いに見続けた。


「そろそろ行こうか……」

「うん」


美咲を車に乗せ、向かったのは『金村園』だった。

今朝連絡をした時、金村さんが午後にならないと戻らないことを玲から聞いていたので、

その指定された時間に到着を目指す。

これから何度も挨拶をするつもりはない。

でも、一度だけきちんと向かい合い、『感謝』はするべきだとそう思った。

美咲は少し緊張するのか、『金村園』に近付くと、口数が明らかに減った。


「美咲……」

「大丈夫よ、挨拶しなければいけないことは、私が一番わかっている」


乗り越えないとならない壁を目指し、俺はアクセルを踏んだ。





店の前の駐車場に車を止めると、事務所から数名の女性が姿を見せた。

美咲は『あっ……』と声を漏らし、お世話になったパートさんたちだとそう言った。

その先頭に立ち、車にかけよってきたのは、

美咲を一番かわいがってくれた赤城さんだった。

窓ガラスを軽く叩き、うっすら涙を浮かべ、美咲ちゃん……と連呼する。

美咲は自分から扉を開け、赤城さんに抱きついた。


「あぁ……美咲ちゃん、無事だったのね、元気だったのね」

「赤城さん……」


誰が誰で、どういう付き合いがあったのかまではわからなかったが、

その後ろから出てきたのは、店の制服を着た玲だった。

俺はパートさんたちに頭を下げ、玲のところへ向かう。


「悪いな、忙しいところ」

「本当よ。朝からあっちこっち電話かけて、大変だったの」

「電話?」

「そうよ、あそこにいるのは、みんな辞めてしまった人たち。
美咲が戻ってくるから、会いに来ませんかって、私が声をかけたのよ」


玲が美咲のために声をかけたと聞き、俺は言葉が出なくなった。

その表情があまりにも驚いているように思えたのか、

玲は、人のおでこをこぶしで軽く叩く。


「どういう顔しているのよ、駿介」

「いや……でも……」

「うちが美咲に悪いことばかりしてきたと、言われるのもしゃくでしょ」


玲の性格はよくわかっている。プライドが高く、人に媚びないあいつとしては、

これが精一杯できる出迎えの思いなのだろう。


「金村さんは……」

「事務所にいる」


歓迎してくれている人たちの輪から外すのが申し訳なく、

声をかけるのをためらっていると、美咲の方がそれに気付き、

挨拶を先に済ませてくるとパートさんたちに声をかけた。

赤城さんは、しっかりねと肩を叩く。


「大丈夫です。駿介がいますから」


のろけのようなセリフに、赤城さんは『心配して損をした』と言い、

周りのパートさんたちと笑い出した。俺は美咲の手を取り、あらためて事務所に向かう。

ノックをすると、入りなさいと声がした。


「失礼します」


事務所の中にある一番大きな机の前に、金村さんは腰掛けていた。

俺は美咲をかばうようにしながら、一歩ずつ近付いていく。


「お忙しいところ、急にすみません。今日は挨拶をしに来ました。
僕たち、結婚をすることになりましたので、その報告も……」

「結婚の報告なら、東京に住む親にすればいいだろう。私には……」

「いえ、美咲がここにお世話になったことは、紛れもない事実です。
金村さんに報告を済ませてから籍を入れるのが正しいと、そう思うので」


それはウソでもなく、本当にそう思うことだった。

別に許可などして欲しいわけではない。反対されても気持ちは変わらない。

ただ、宣言だけは聞かせたかった。


「伯父さん……長い間、お世話になりました。
きちんと恩を返せなかったのは、申し訳ないのですが、私なりに頑張ったつもりです」


金村さんは、俺のことも美咲のことも、見ようとはしなかった。

書類に目を通し、振り分ける作業を繰り返す。


「金村さん」


俺は目の前に立ち、もう一度名前を呼んだ。

金村さんはそこで初めて顔を上げる。


「『陵州』はこれから変わると思います。
この場所を大切に思い、この場所を好きだと思う僕達が、
古いものを大事にしながら、新しいものを受け入れていかなければなりません。
僕はこれからも、その架け橋になれたらいいと、そう思っています」


美咲を異分子のように扱い、辛い思いをさせてきた人がここにいる。

本当ならば胸ぐらを掴んで、今までの恨みを晴らしたいところだけれど、

『金村園』も、それなりに苦労していることが見て取れるだけに、責めきれない。


「僕は東京に出て、『陵州』をあらためて見直しました。
そこで気付いたことを、これから大事にして、仕事をしていこうと思います」


『東京』へ出て思ったこと、それは……


「君のやり方に、私があれこれ言える立場ではない」


金村さんはそういうと立ち上がり、背を向けてしまった。

俺はあらためて美咲の手を掴み、その背中に目を向ける。


「『金村園』のお茶は、美味かったです……」


美咲と揃って頭を下げ、事務所から出ると、家からはおばさんも顔を出してくれた。

玲は、大きな紙袋を美咲に手渡している。


「玲ちゃん……」

「これ、男か女かまだわからないんでしょ。仕方がないから黄色を買いました。
どっちでも着られるように」


玲の母親は美咲の手を握り、体を大事にするようにと告げると、俺に頭を下げてくれた。

俺はありがとうございますと返礼をする。

パートさんたちはあらためてお祝いを贈るからと声をかけてくれ、

俺たちは世話になった人たちに見送られながら、『金村園』をあとにする。



そう、たとえ世の中がどんなに便利になろうとも、

結局、動かしていくのは『人』なのだ。

『人』とのつながりを大事にしない企業は、伸びることなどないだろう。





俺と美咲は、正式に籍を入れ夫婦になった。



証人の欄には、二人の希望として、福山部長と、能美さんに名前を書いてもらう。

しかし、あれだけの取引をこなしている福山部長が、『婚姻届』を前にし、

手に汗ばかりをかくと言い、何度も大きく息を吐いた。

俺と美咲を、食事に招待してくれた奥さんと杏奈ちゃんも、

こんなことはめずらしいと笑う。


そして能美さんは、誰もいない部屋で真剣に書くと襖を閉め、

10分以上も出てこなかった。用紙を渡してくれた時には、目が真っ赤で、

それを見た美咲も、もらい泣きをしていた。





それから……





新しい年を迎え、冬の寒い雪が降りそうな日、美咲は病院に入院し、

無事『女の子』を出産した。名前は『芽衣』となる。

大倉家にも室井家にも初めての孫で、両方の祖父母も目じりは下がりっぱなしだった。



さらに……時は経ち。








「あぁ、もう、行ってきます」

「芽衣、携帯」

「キャー! まずい、忘れてた」


慌しい朝は、どこの家庭も同じだろうか。

私は新聞を広げながら、3人の子供がいなくなるのをじっと待つ。

長女の『芽衣』は高校生になり、長男の『司』は中学1年、

そして末っ子の次男『卓』は小学校の4年となった。


「おい、芽衣は昨日も遅くまで携帯をいじっていたぞ」

「今は全てメールやラインだそうですよ。電話なんかかけたら、迷惑だって」

「迷惑? 電話はかけるものだろう」

「私たちの頃とは違うんですよ……あ、いいですか? もう片付けて」

「あぁ……」


私は空になったカップを美咲に手渡した。

平成も25年目を迎え、昭和のことなどすっかり昔のことになった。

携帯も電話なのかパソコンなのかわからないくらいに進化し、

相手から電話が来るのをじっと待つなんて光景は、どこにも見ることがない。


「まだ、時間は大丈夫ですか?」

「うん……陵州へは午後につけばいい。シンガポールから視察の方が見える。
私も現場に出向かないとならないからな」

「茶畑、綺麗でしょうね」

「そうだな……」


私は『ボルテックス』の開発部長の一人になった。

入社当時に憧れていた福山部長が、当時こなしていた職に、少しずつ近付いている。


「恭介さんのところの『真紀』ちゃん、『坂田小学校』で児童会長になったって、
この間お母さんが電話で話してましたよ」

「児童会長? 女なのにか……」

「女だからなんて時代じゃないんですよ、今は……。
大学でも応援団長が女性であるところが増えてきたって、ニュースで聞きましたから」

「ほぉ……」


時代はどんどん変わっていく。それは当たり前のことだ。

私は新聞を閉じると、食器棚から湯飲みを出す。


「おい、お茶を入れてくれないか」

「お茶? 今、コーヒーを飲んでいたのに?」

「いいから、いいから……」


美咲はわかりましたと頷き、『金村園』のお茶を急須に入れ、お湯を注ぐ。

私はその茶葉の香りを受け入れながら、あの『晴日台』の景色を思い浮かべた。


『Green Days』終わり





駿介と美咲二人の『Green Days』におつきあいありがとうございました。
最後まで読みましたという方、ぜひ、感想を聞かせてください。
いつも訪問ありがとう、ポチリもしていただけたら、さらに嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ありがとう

拍手コメントさん、こんばんは

>二人の長い歩みがあり、幸せな日々もあり、満足できました。
 長かったような短かったような、終わると寂しいです。

はい、私も終わって寂しいです。
10年の歩みを追いかけて、二人を本当に成長させた気分です(笑)

また、次の創作にもぜひ、おつきあいくださいね。
コメント、ありがとうございました。とっても励みになります。

ありがとう

拍手コメントさん、こんばんは

>年代的にちょうど彼等とかぶるもんで
 「あ~そうだったなぁ~」なんて思いながら 読ませてもらってました^^

私も、自分の頃を思い出しながら、懐かしく書き進めてました。
あの頃は、あの頃で、色々進んでいる気分でしたけれど、
今の進化ぶりを思うと、アナログだったんだなと、あらためて思ったり。

> ハッピーエンドになるだろうなぁとは思っていても
 駿介まさかの浮気もあってドキドキしましたよ

あはは……ねぇ(笑)
距離が離れると、それだけ難しいこともあるかなと。
まぁ、人生色々あります。

また、次もお気楽におつきあいください。
コメントありがとうございました。とても励みになります!

ありがとう

ナイショコメントさん、こんばんは

>年齢も、おそらく主人公たちと同年代。
 そうだったなと思ってみたり、懐かしいなと笑ってみたりしながら、
 読み続けました。

私も二人に近い年齢です。
携帯もまだまだでしたし、デジタルもまだまだの時代でしたよね。
楽しんでいただけて、とってもうれしいです。
コメントありがとうございました。また次もおつきあいください。
こうして反応をいただけることが、何よりも励みになりますので。