1 かわいくない女 【1-3】

【1-3】

「あの……梶本さん、もしかしてなんですが……」

「はい」


次の日の昼休み、私は出来上がった輪から少し外れた場所で、食事を取った。

互いに交流を深めましょうという、とってつけた言葉で梶本君たちを誘った高野さんは、

しっかりと隣の席をキープする。


「もしかしてですが、梶本さんは北大出身?」

「……はい」

「エ! じゃぁ、あの梶本君なの?」


どうでもいいと思っているのに、会話だけが耳に入ってくる。

梶本圭という男性は、学生時代、ファッション雑誌のモデルをしていた経験があり、

『北大』のミスターコンテストに、優勝した男だという。


「あの時って、髪の毛……」

「さすがに黒くしました。学生なら多少の茶髪もありでしたけどね」

「そうですよね」


『法人課』の熊沢課長が、休憩室に来ると、私のことを手招きした。

私は食べ終えた弁当箱を片付け、何かありましたかと尋ねてみる。


「有働副支店長が、話を聞きたいそうだ」

「話?」

「あぁ、順番に一人ずつ面接しているよ。
顔を覚えたいのと、どういう仕事を受け持っているのか、それを聞きたいからと」


仕事内容など、直属の上司たちが顔を並べて発表すればいいことで、

行員が一人ずつ、副支店長の面接を受ける必要などあるだろうか。

しかも、向こうだって私のことを覚えていないわけがない。

顔など、今更見て、覚えなおす必要などあるとも思えない。


「私は……」


面倒なことだと思いながら、休憩室にいるメンバーを見ると、

東日本銀行女子行員の中で、正社員なのは数名で、

中でも一番の年長者が私だった。

とりあえず、一番最初に声がかかるのは、状況としては普通のことだろう。


ここであれこれごねるわけにもいかず、過去のことは過去のことだと割り切り、

わかりましたと返事をする。

有働副支店長は小会議室にいるようで、私は階段を上がると、扉の前に立った。

ノックをしようとした手が、直前で止まる。



一呼吸置いて、自分のタイミングで中に入ろう。



ここは勝負の時だと念じ、大きく息を吸い込んで、そして大きく吐き出した。

あらためて扉をノックする。


「失礼します」


扉を開け、前を見た瞬間、彼の目が私の方を向いていた。

頭では過去のことだと割り切っていたはずなのに、この瞬間が勝負だと念じたのに、

心の奥がざわつき始める。


「どうぞ、座ってください」

「はい」


ばかばかしい、何をときめこうとしているの? 彼はもう結婚した。

当時、遠距離恋愛ですぐには会えない相手だったのに、

そばにいた私を遊び相手に利用し、それで仕事先を変え、いなくなった男なのだ。


「米森さんは後方を?」

「はい」



あなたが東日本にいた頃は、私は窓口業務でした。

これでも仕事を覚え、それなりに苦労をしたつもりです。



「そうですか、今回のシステム変更には、戸惑うことがあるかもしれませんが、
互いにフォローしあいながら、頑張りましょう」


相手があまりにも冷静な顔でこちらを見ていることが、

つい少し前まで過去を思いだし、鼓動を速めたことへの挑戦に思えてくる。

そう、この人は、愛した人を平気で捨てていける男なのだから、

『過去』もすでに流しているのだろう。

私も、自分の担当がどういう仕事なのか言葉を押し出しているうち、

完全に落ち着きを取り戻す。

『副支店長』として就任してきたが、彼ならきっと、もっと上を狙う。

長くて3年、いや、2年でこの支店を出て行くだろう。

周りの人間など、自分のコマでしかないと、全てを割り切り……


「成和からも数名異動しています。駅を挟んだ支店を閉鎖しましたので、
そちらで取引をしていた顧客のこともありますし、
一人、あなたと一緒に仕事が出来る者を置きますので」

「はい」

「指導をお願いします」


業務連絡を全て終了し、私は壁にかかる時計を見た。

休憩時間も終わり、あのうるさかったグループ昼食も、終わっている頃だろう。


「それでは、失礼いたします」


コーヒー1杯だけ飲んで仕事に戻ろう。



「歌穂……」



ドアノブへ向かった手は、つかむことなく下へ降りる。

なぜ今ここで、名前を呼ばれなければならないのだろう。


「まだ……一人だったんだな」


振り向くものかと口を強く結び、私はドアノブをつかむ。

一度頭を下げたが、彼を視界に入れることなく、壁になるよう扉を閉めた。





『歌穂……』





深く、重く……そして、性格とは正反対の優しい声。

有働謙の、私が愛した男の声が耳から入り込み、一瞬で身体を支配した。

ブラックのコーヒー、使い捨てのカップの中に、私の不機嫌そうな顔が揺れる。


何をしていたのだろうかと、今さらながらにそう思う。

謙と別れてから、それなりに出会いもあったけれど、付き合うところまでいけなかった。

こんな思いになるのなら、他の男の声を、眼差しを受け入れておけば良かった。





あの人に、愛されていた記憶が、自分の中でまだ消えていない……





いや、消せていない……





私は砂糖を半分入れることなく、コーヒーを飲み干し仕事に戻った。




【1-4】

かわいくない女に、素敵な恋は訪れるのか……
ぜひ、最後までおつきあいください。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

女って

拍手コメントさん、こんばんは

>今回は、女性目線の作品なんですね。
 すでに、感情移入して読んでしまいました。

はい、今回は、女性目線で話が進みます。
女って、心と言葉が合わないことって、結構あるでしょ(笑)

発芽室は、数だけは多いので、
無理なく、ご自分のペースでおつきあいくださいね。