1 かわいくない女 【1-4】

【1-4】

その日の仕事を終え電車に乗り、駅で降りる。

人の流れの中で改札を抜け、コンビニに立ち寄り、適当に食料を買い込んだ。

お腹が満たされればそれでいいはずなのに、食べもしないものまでカゴに入れてしまう。

レジ前で『おでん』の香りが私を誘い、こんにゃくとタマゴを買ってしまった。


「1,320円です」


料理を作ることが嫌いではなかったのに、近頃は昼間のお弁当を作るだけで、

疲れ切ってしまう。どうせ誰かが待つわけでもないし、

余計なことに時間を取られるよりも、効率がいい。

歩きながら開いた携帯には、近頃やっとメールを送る方法を覚えた母から、

『たまには戻って来なさい』という誘いの言葉があった。


『家に戻る』ということは、私にとって覚悟のいることだった。

父がいることも嫌だし、またいないことも嫌だった。

その場所に向かわなければ、嫌なことには遭遇しないわけで、

なんだかんだと理由をつけては、もう2年くらい家には帰っていない。


自分の家が、ごく普通のものならば、給料が出れば両親にプレゼントを買い、

記念日にを一緒に祝うものだろうが……


「あ……こんばんは」

「こんばんは」


私の家は、どうみても普通ではない。

それを知っていくうちに、結婚も家庭も、どこか別世界にあるものに変化していった。


降りた人と交替して、乗り込んだマンションのエレベーター。

2階を素通りし、3階で開く。

私の代わりに乗り込む人が立っていたので、頭だけを下げた。

向こうも会釈をし、互いにすれ違う。


「あ……」


私とその人との間で、エレベーターの扉が閉まっていく。

すれ違ったのは、今日、有働謙と一緒に『森口支店』へやってきた、

『成和銀行』の梶本圭だった。


「えっと、あの……あ、そうだ、米森さんですよね」


反射神経はいいようで、閉まりかけた扉を手で押さえ、梶本君は私の名前を言った。

私はそうですと頷き、とりあえず作り笑いに表情を変える。

気持ちを解放できる部屋まであと少しということろで、

余計な時間を取りたくはないのに。


「このマンションなんですか?」

「えぇ……301です」

「……俺、302です」


話を聞くと、梶本君は、2ヶ月前から隣に住んでいた。

ここの間取りは1LDK。独身ばかりが住むマンションのため、

家族同士のつながりもない。

つまり、本人同士が顔を合わせなければ、たとえ隣どうしても、何もわからない。

それにしても、同じ銀行という職種に所属しているのだから、

通勤時間も同じようなものではなかったのだろうか。


「俺、森口支店の前は結構田舎の方だったんですよ。
ここからだと2時間近くかかるので、朝も、6時くらいには出てましたから」

「6時に……」

「はい」


梶本君は、一度入ったエレベーターから降り、

どうしてもこの場所に部屋を借りたかったのだと笑った。



「『竹原川花火大会』が見られるので……」



ただ、通りすぎてしまう話だと思っていたのに、

梶本君の理由を聞き、私は受け流すことが出来なくなった。

『花火大会』が見られるからという理由は、私がこの場所を借りた理由と同じ。


「へぇ……そうなんだ」

「はい。米森さんはご存知ですか? ここから……」

「まぁ、やっていることは知っているけれど、特に気にしてないと言うか……」



自分でもかわいくないとそう思う。

素直に、同じ理由で借りたのだと話をすれば、多少盛りあがるのに。

初めてあったような職場の人間と、プライベートに盛り上がる必要などない。

どうせ疲れるに決まっている。

私の口は、自分の心を見せたくなくて、当たり前のようにウソをつく。

咄嗟にでも、自分を庇うウソがつけるようになったのは、ここ数年のことかもしれない。


「そうですか。今年は見て下さい。きっとこの部屋を借りてよかったなって、
思いますよ」


『竹原川花火大会』

東京にはもっと大きな花火大会があるし、

全国で見てみたら、もっと有名なものもある。


「そうかな……」


私は、梶本君に頭を下げると、そのまま部屋へ向かった。

梶本君が話をしているうちに、エレベーターは他の階に向かってしまったようで、

彼が階段を下りていく音がする。

カギを差し込み、右に回し、そして扉を開け、そのまま閉める。

真っ暗な部屋へ入り、まっすぐに進み、カーテンを思い切り開いた。


ここからだと、『竹原川花火大会』は真っ正面に見える。

私がまだ子供で、大人の世界の黒い部分など何も知らない頃、

大好きだった父と一緒に見た花火。


「……となり……か……」


私はカーテンを閉めると、部屋に灯りをつけ気持ちを現実に戻す。

今まで、何も気にならなかったただの白い壁が、少しだけ気になった。




【1-5】

かわいくない女に、素敵な恋は訪れるのか……
ぜひ、最後までおつきあいください。
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