2 余計なことをする男 【2-4】

【2-4】

「で、これが東日本の全てになるけれど」

「はい……16件ですね、預金の重複は」


1日勤務がある中での数時間、二人で預金リストを並べ確認する作業が続く。

やるごとに要領もわかり、迷って考える時間は少なくなった。

互いにペンを置き、少しの空白がそこに生まれてくる。

言うのなら、ここだろう。


「梶本君」

「はい」

「昨日はごめんなさい。お風呂、掃除してくれていたから」

「あ……あぁ、そんなに大げさなものではないですよ。
俺の方が借りてしまって、申し訳ないくらいです」


梶本君は、たいしたことはしていないと軽く笑った。

さらに言葉を足そうとすると、別の場所から、資料を持った行員が入ってくる。

私は姿勢をただし、話題を元の方向へ戻すことにした。


「口座、用途が別のものに関しては、特にいじる必要はないでしょうけれど、
全く同じようにしているものについては、確認した方がよさそうね」

「はい」


互いにペンを同じタイミングで持ち、なぜかため息をついた。

顔を見合わせると、梶本君が楽しそうに笑い出す。


「何? おかしい?」

「エ……あぁ、すみません。おかしくないですか?
今、同じタイミングで俺と米森さん、ため息ついたんですよ」


『同じタイミングだ』と思い、私も確かに一瞬顔を上げたけれど、

そこまで笑えるほど楽しいだろうか、

鉛筆を転がして笑っている、中学生でもあるまいし。


「梶本君は幸せな人ね、こんなことでこれだけ笑えるなんて」

「あ……あぁ、そうですね。幸せなヤツだと思いますよ。
だって、笑っていた方がいいじゃないですか。絶対に不幸な気がしないでしょ」


そういえばここのところ、心から笑ったことなどなかった気がする。

テレビを見て、クスッと笑うことはあっても、

お腹を抱えるなどという状況には、遭遇しない。


「はい、そろそろ笑い終えてくださいね」

「はい……」


梶本君は残りの資料を運びますと立ち上がり、ファイルを持った。

その瞬間、束ねが甘かったのか、書類がバラバラと下に落ちる。


「あ……」

「あぁ……」


全くもう、と思った瞬間、私は自然と笑みを浮かべていた。

梶本君が目を大きく丸くして、驚く顔がよみがえってくる。

今度は、落ちた紙を拾ってあげると、

それをしゃがんだまま受け取ろうとした梶本君の頭が、デスクの角にぶつかり、

彼は頭を抱えてしまう。


「イッツ……」

「ちょっと……もう、落ち着きなさいよ」


なんだか一連の流れがおかしくて、私は気付くと必死に声を抑えていた。

何秒か前まで、取引先の真剣な話をしていたのに、そこから急に書類が落ちて、

さらに梶本君が子供のように頭をぶつけてしまった。

なかなか見られない光景に、笑いが止まらなくなってしまう。


「米森さん……」


名前を呼ばれたけれど、笑うことを止めなければいけないけれど、

梶本君が真顔で見ていることがおかしくて、止まらなくなってしまった。

私は手でごめんなさいと謝り、少し離れた場所に向かう。


「ひどいなぁ、俺は真面目に仕事をしていたんですよ。
そこまでおかしいですか?」

「ごめん……ちょっと、許して」


腹筋ってここにあるのだと、笑いながら考える。

笑いがやっと止まった頃には、休憩時間が始まり、

高野さんたちの楽しそうな声が、廊下から聴こえてきた。





その日の午後、照らし合わせが終了したことを、

梶本君と一緒に副支店長へ報告を入れた。

謙は昨日のことなど何もなかったかのように、平然とした顔で私たちを見る。


「大丈夫だな……それなら担当者に声をかけて、すぐに対応をしてください」

「はい」


私は頭を下げて、部屋を出ようとした。

謙は、後ろに向きかけた私の動きを止め、少し待って欲しいと言ってくる。


「梶本はこれでいい。東日本のことで米森さんには少し聞きたいことがあるから」

「あ……はい」


梶本君は、失礼しますと頭を下げ、部屋を出て行ってしまった。

私は話しならこの場所で聞きますという態度で、いつでも出られる場所に立ち、

距離を保ったまま謙を見る。


「そう怒った顔をするなよ。昨日は悪かった」


謙は、こちらの気持ちも考えずに、つい、言葉を出してしまったと謝ってくれた。

時が経ったのだから、私が別の幸せを見つけていても、

それをとやかく言える立場にはないことも、納得する。


「それでも……君への思いは、終わっていない」


昨日とは違い、強引な素振りなどはどこにもなく、

謙は話はそれだけだと、書類に目を通し始めた。

私はあらためて失礼しますと頭を下げる。

パタンという音がして、扉が閉まり、そこで初めて大きく息を吐いた。





それから1週間後、高野さんと梶本君が仕切る『合流歓迎会』が行われた。

行員たちはそれぞれ自己紹介をし、和やかな雰囲気で会を進めていく。

若い行員たちは、すでにあちこちでグループを作り盛り上がっていて、

最後に山田支店長の挨拶があり、1次会は終了した。


「2次会はカラオケです。希望の方は残ってください」


私は携帯を開き、時間を確認した。

幹事をしてくれた高野さんに、ありがとうと挨拶をし、先に帰ることを告げる。


「そうですか? 米森さんも行きましょうよ、たまには」


高野さんは、一応先輩に対しての礼儀として、誘いなおしてくれた。

まぁ、内心、ホッとしていることくらい、私にだってわかる。

しかし、若い頃ならカラオケにも付き合えたが、今は遠慮ではなく本当に行きたくない。


「ありがとう、またにします」

「わかりました。では、米森さんは不参加ですね」

「うん」


横にいた梶本君に、私が不参加であると嬉しそうに話した高野さんは、

参加する人数を数えだした。上司たちに頭を下げ、地下鉄の駅に向かう。

まだまだ盛り上がるぞと若手たちの声が聞こえ、私はその声を耳に受けながら、

階段を下りていく。

自分の足音に並ぶ存在を感じ横を見ると、謙が同じように階段を下りていた。




【2-5】

昔の彼と、隣の後輩に振り回される歌穂……
『恋』する気持ちは、どこかに落ちているのか。
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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ありがとうございます

ナイショコメントさん、こんばんは
発芽室では、お名前を伏せておきたい方には、
このように呼びかけています。

>Green Daysから読ませて貰ってます。

うわぁ……ありがとうございます。
となると、FC2小説の方から、来てくださったのかな?

書くこと、空想することが大好きな私のブログです。
ご自分のペースで、お気楽にお楽しみください。