4 ハッキリ言う男 【4-2】

【4-2】

「羨ましかった?」

「はい。旅にこだわりがあるのかなって」

「こだわり……うん、まぁ、少しだけね。以前の代理店なら、私のこともわかって、
好みそうな場所をあらかじめ探してくれたりしたけど、
こっちに来て、まだ1週間も経っていないの。
代理店の人もよくわからなかったから、私の感覚を理解してもらえるまで、
しばらくはバトルになるのかもね」

「バトル……ですか」

「そう、こっちもお金を払って行くわけでしょ。
ただ、いいですよと言われたところではなくて、
自分自身が納得したところに行きたいじゃない」


私はその通りだと思い、頷き返した。

自分の気持ちは、自分自身が一番よくわかっているのだから。


「パンフレットをあれこれ見せてもらって、
気に入った部屋を予約したいと言ったけど……」

「ダメでしたか」

「予約がね、2ヶ月先まで入っているって」


矢野さんはそういうと、両肩を落とすような仕草を見せた。

なんだかかわいらしい人で、自然とこっちも笑顔になる。


「私ね、旅の目的があれなのよ」

「あれ?」


そう言われて矢部さんの視線を追いかけると、

喫茶店の店内には、ハンドタオルほどの大きさで描かれた景色が、

小さな額縁に入って飾られていた。

海の絵、牧場の絵、これは全て旅先でスケッチし、色鉛筆を使い描いたという。


「色鉛筆ですか、これ」

「そう……油絵も好きだったけど、
道具をごっそり持っていかないとならないのが面倒になってしまって。
簡単に描ける方法に変えたの」

「へぇ……」


色鉛筆も色々な色があるのだと、あらためてそう思う。

激しさも、優しさも、冷たさも温かさも、しっかり表現されていた。


「いやぁねぇ、女も年を取っていくと、色々なことが面倒になってくるみたい。
ダンナや子供でもいて、強制的にやることがあれこれあれば、
そんなことを考えることもないのだろうけれど」


矢部さんも、私と同じ独身女性だった。

注文したブレンドの横に、いつの間にかシフォンケーキが並ぶ。


「あ……私、これ」

「いいの、これは開店サービス。ご希望の方に、つけてるのよ」

「そうなんですか?」

「そうなの。これからはここで頑張っていかないとならないから」


矢部さんに勧められ、私は遠慮なくケーキをいただくことにした。

フォークを軽く押すと、綺麗に半分になっていく。

口に入れると優しい甘さが広がっていくけれど、

コーヒーに合わせて食べるため、しつこさはない。

しっとりとしていて、食べた後笑顔になるような美味しいケーキだった。


「美味しいです」

「本当? ありがとうございます」


今日は『ジュピター』の開店日。

あの情報通、梶本君より先に味わったのかと思うと、少し優越感に浸れるから不思議。

この味を、どう表現して見せようかと、あれこれ考える。


「で、米森さんは、どういう旅をしようとしたの?」

「私も一人旅です。時々、フラッとどこかに行きたくなるんですよ」


私は、自分が銀行員で、いつも数字ばかりを追いかけるので、ストレスが溜まり、

いきなり旅に出たくなるのではないかと分析した。

矢部さんは、数学の嫌いだった自分には、絶対に向かない職業だと首を振る。


「数学とは違いますよ。計算機もありますし」

「いえいえ、数字を追いかけると思うだけで頭がクラクラするのよ。
今まで働いていた店でも、多少売り上げの計算はしたけれど、それでも雇われだったから、
まぁ、どこかのんびりでしょ。でもこれから、この小さな店の仕入れと売り上げの数字を、
ひとりで追うのかと思うと、それだけでため息がどっさり出そう」


偶然に出会った人なのに、これだけ話しやすいことが不思議だった。

互いの仕事の話、趣味の話、たった1杯のコーヒーを注文しただけで、

私は1時間以上も座ってしまう。


「ごちそうさまでした」

「こちらこそありがとうございました。これからもご贔屓にお願いします」

「はい……」


扉を閉め、カランというベルの音を聞き終えた後、

私は、コーヒーは外で飲んでもいいものなのだと、初めてそう思った。





次の日、高野さんは仕事を急に休んでしまい、井上さんがフォローした。

元々、彼女に出世欲などあるようにはとても見えなかったが、

昨日、銀行を退行する時のはしゃぎっぷりからすると、

たった一日で急に具合が悪くなったということが、どこかしっくり来なかったが、

その理由は昼食時に、井上さんが語ってくれる。


「失恋旅行?」

「あ……いや、割り切り旅行ですかね」


高野さんにとって、この行内では井上さんが一番仲良しだと思っていたが、

女同士の友情も、なかなか包み込むような優しさだけではないらしい。


「あやめ、梶本さんにプッシュしていたのに、
昨日の飲み会であっさり言われてしまって、
で、前からアタックしてくれた人の方へ行くことにしたって」


貴重な昼休み、私が高野さんの休み理由を聞いたわけではない。

井上さんが、得た情報を披露したくて仕方がなくて、聞いてくれる人を探していたら、

私にぶつかった、その方が正しいと思う。

高野さんは、梶本君が入ってきてからずっとお気に入りだった。

やりたくもない幹事も引き受け、必死に自らをアピールしたが、

梶本君は、その乙女心をバッサリ切ってしまったと言う。


「思っている人がいますからって、振られたそうですよ。
あまりにもあっさりと言われたので、涙も出なかったって」


梶本君の思いは、梶本君にしかわからないのだから仕方がないが、

彼のあの性格だと、本当にバッサリ言ってしまったのだろう。

君のこういうところは素敵だけれど……というフォローなど、

おそらくなかったのではないだろうか。


「そうしたら、今朝、私ここに来る前に見たんです」


私は、お弁当の中身を確実に減らしていく。

同じ時間から食べ始めている井上さんは、半分も減っていない。

何を言いたいのかわからないけれど、出来たら静かにコーヒーを飲みたいが、

井上さんのテンションの高さからすると、無理な可能性の方が大きかった。



【4-3】

『恋』の駆け引き……探る男と、探られる女
日常が、窮屈に思えてしまう時は、心が疲れているのかもしれなくて……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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