4 ハッキリ言う男 【4-3】

【4-3】

「『うるつやリップ』のCM、米森さん知ってますか?」

「『うるつやリップ』? どんなものだっけ」

「あ、ほら……女の子が電車から飛び出してきて。驚く男性にキスするやつです」

「あぁ……」


そういえば、ドラマの間に流れるCM、何度か見たことがあった。

名前は知らないモデルさんだけれど、唇がぽてっとしたかわいい子だった記憶がある。


「今朝、梶本君と一緒にタクシーに乗っていました。
彼女はそのままどこかへ行きましたけど、梶本君は駅裏で降りたんですよ」


今、やっと意味がわかった。

井上さんにとっては、高野さんが振られた話ははじめからどうでもいい話題で、

この梶本君とそのモデルさんが一緒だったところを見かけたと言う

事実を知らせるために、必要なものだったのだろう。

『思っている人』というのが、このモデルさんだという事実。


「井上さん」

「はい……」

「人のプライベートに、あまり首を突っ込まない方がいいわよ。
梶本君がどういうふうに生活していようが、行内に持ち込むことではないから」

「……はい」


学生の頃、まがりなりにもモデルをしていたのだから、

そういう業界の人と付き合いがあっても、驚くことではないだろう。

プロのモデルが持つかわいらしさと比較されてしまっては、

高野さんもかわいそうかもしれない。


「それじゃ、悪いけれど少し早めに降りてきてね。
2時には書類をお渡ししないとならないから」

「あ……はぁ~い」


忙しいのは今日がピークだろう。

明日は美容院に立ち寄って、伸びた髪を少し切ろう。

あさっては洋服を見に行って、旅行で着れる服を1着だけ買っていく。

そして週末、私はゆっくりお湯につかる予定。


高野さんが休んだ仕事の分も、なんとかフォローし、

その日の仕事を終えると、私は電車に乗り家へ向かった。

いつものコンビニに向かうと、店の中に梶本君を見つける。


「こんばんは」

「あ……こんばんは」

「今日は直帰なの?」

「はい」


梶本君は、午後から別支店へ向かっていた。

いつも買っているのか、雑誌を手に取っている。

私は、お風呂上りに飲める小さなワインを買おうと、売り場を探す。


「米森さん、前に言っていた喫茶店……」

「あ、うん『ジュピター』でしょ? 落ち着いていていいお店だったわよ。
今週は開店サービスでシフォンケーキをつけてくれるの。
これが甘さ控えめで美味しかった……。
梶本君も時間を見つけて行ってみた方がいいわよ」


梶本君の、きょとんとした顔。

あの時、そう書類を落とした時の顔と似ている。

『やった!』という感情が、私の中で湧き上がる。


「驚いた? たまには私も情報を披露しないとね」

「……もう、行ったんですか?」

「うん、開店日に」


勝ち負けではないのになんだか楽しくて、私はワインのボトルを手に取ると、

レジへ向かう。梶本君もカゴの中に商品を入れ、私の後ろに並び、

『そうなんだ……』を何度か繰り返した。


「850円になります」


私は千円札を出し、お釣りを受け取ると、いつものコンビニの扉を開く。

追いかけるような足音が聞こえ、横を見ると梶本君が並んでいた。


「なら、よかったですね」


少し前のきょとんとした顔ではなく、梶本君の表情は、なんだかとても落ちついていた。

私の方が先に行ったという事実に、もっと悔しそうな態度をするかと思っていたのに、

この展開は予想外。


「よかったって?」

「楽しかったってことでしょ。今の話し方だと」


梶本君はそう言うと、軽く笑った。

6つも年下のくせに、なんだか上から言っているように聞こえて、少し悔しくなる。

私のかわいらしくない面が、顔を出していく。


「あ……そうそう、そうでした」

「今度は何ですか? 何か発見でも?」


井上さんからの情報、本人に言ってみようかと思ったけれど、言葉が止まる。

そう、人のプライベートのことをあれこれ言うなと言ったのは自分なのだから、

あの話は、知らない振りをする方がいいはず。


「いえいえ、ごめんなさい。なんでもないです」


妙な返しになってしまったけれど、それも仕方がない。

いくら言い返すつもりでも、あまりにも品がない。


「今朝のタクシーのことですか?」

「あ……あれ?」


私、顔にでも書いていたのだろうか。

あっさりと言い当てられてしまい、指摘するつもりが、そうならなくなる。


「今朝、ちょうど降りるところを井上さんに見られて。
別に隠さないとならないやつでもなかったから、そのまま挨拶しましたけど、
渉外の大木さんから、少し前にメールが来て。
『お前、鴫原有紀と付き合っているのか』って」


『鴫原有紀』

へぇ、あのCMモデルさんの名前って、そういう名前なの。

元々、芸能界などあまり知らないので、わからなかった。


「……でしょ? 米森さん」


こうなったら仕方がない。

相手の女性は、モデルとして名前も売れてきている人なのだから、

見る人が見たら、妙な噂を立てられかねない。

私は、そうフォローするつもりで先輩面を吹かせてみる。


「あいつは、そんなんじゃありません」


梶本君の軽めの笑顔は、一瞬で曇り空の顔に変わってしまった。

いや、曇りを通り越して、怒りすら感じられる。

私、そんなにまずいことを言ってしまったのだろうか。


「昔、世話になっていた事務所の後輩です。どうしても話があるって言って、
こっちは朝型の生活ですけれど、あいつは夜遅くまで仕事があったから、
通勤時間の間ならって、話を聞く約束をして……で……」


鴫原さんが自らタクシーに乗り、私たちのマンション前に来たこと、

梶本君は人目につくので、こういうことをするなと注意したこと、

それでも彼女が引かないので、タクシーの中で話を聞く条件で乗りこんだこと、

話は終わるどころか、内容まで明らかになりそうな雰囲気を見せる。


「あ……あの、ごめん」


私は、梶本君が語っているのをわかっていながら、あえて言葉を止めた。



【4-4】

『恋』の駆け引き……探る男と、探られる女
日常が、窮屈に思えてしまう時は、心が疲れているのかもしれなくて……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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