4 ハッキリ言う男 【4-6】

【4-6】

順調に週末へ向かう木曜日、順調ではない人が一人、私の前に座っている。

謙は、赴任してきてからの無理がたたったのか、夏風邪をひいたようで、

声がいつもと違っていた。話すたびに喉が痛いのか、何度も咳払いをする。

仕事の隙間が出来れば席を立ち、コーヒーで喉を湿らせているのかもしれないが、

その辛さを解消するほど、効果はないようだった。

午前中はともかく、午後になるとさらに状況は悪化する。

私は書類に印をもらうため席を立ち、謙の前に向かった。


「副支店長、確認の印をお願いします」

「あ……うん」


充血している目が、辛そうだった。どこか視線もうつろになっている気がする。

もう無理などせずに、今日は早退した方がいいのではないだろうか。

謙の手から、確認印が落ち、私はそれを黙って拾う。


「あぁ……申し訳ない」

「副支店長、今日はもう無理をされずに、帰られたほうがいいのではないですか」


謙は顔を上げ、時計を確認したが、あと数時間だからと受け入れなかった。

人に弱みを見せるのが嫌いなことは、重々知っている。

でも、この謙を見ている自分自身が、辛くなるのだ。




心がそばに寄り添いたくなる気がして……




「無理をされる方が、逆に仕事に支障が出ますので」


あえて突き放すように、冷たく言葉を並べた。

個人的な感情など何もなくて、ただ病人を黙って見過ごすのが嫌なだけ。


「全てを背負われても、フォローが出来ません」


謙は何度か小さく頷くと、私の書類を受け取り、印を押した。

それでも早退することはなく、力を振り絞り、また別の仕事をこなし始める。

昔から、私の言うことなど、絶対に聞く人ではなかった。

自分でこうだと決めたら、誰が何を言っても、譲らない。

だからこそ、人と競い、人より上の位置を勝ち取ってきたのだろう。

これ以上、彼に何を言っても無理。

私はそのまま書類を束ねると、その先は謙を見ないように心がけた。





しかし、次の日、金曜日。

朝礼は、謙のいない状態で始まった。

山田支店長は前に立ち、ここからの景色は久し振りだと笑顔を見せる。


「今日は、有働副支店長が体調を崩されて休みになりましたので……」


そう、謙が仕事を休んだ。

私が彼の後輩として働いていたときにも、そして二人で向かい合っているときでも、

仕事を休んだことは一度もない。

人にも厳しい代わりに、謙は自分に対しても厳しい。

気合いなんてものでは立ち上がれないほど、体調が悪いのだろうか。

午前中の仕事をなんとかこなし、私は休憩室へ向かう。

お弁当を前におき、携帯電話を開くと、

電話帳から一番奥に押し込んでいたアドレスを呼び出した。



『有働謙』



消してしまおうと思っていたのに、結局、消せなかった番号。

登録したときの番号は一桁だったのに、今は滅多に開かない場所へと移動させた。

あれからアドレスが変わっているのなら、通じることはないはずで、

誰に言われたわけでもないのに、弾のこもった拳銃を耳元でひく気分になる。

メールのタイトル部分に『米森です』と入れた。



『大丈夫ですか』



本文はこれだけにしておいた。

返信が出来るくらいなら、なんとかなっているだろう。

それに、もしかしたらもう、別の人が使っているアドレスかもしれない。

余計な情報をあれこれ入れて、面倒なことになるのも困る。

送信ボタンを押す手が少し震えたが、メールはあっという間に送られ、

特に異常を示すようなコメントは戻ってこなかった。


謙は一人で暮らしていると、そう言っていた。

それでも、具合が悪いとなれば、別に住んでいる奥さんが出てくるかもしれない。

もう、気持ちが離れていると言っていたけれど、

全く連絡を取っていないとは思えなかった。声を聞けばすぐに異常さに気付くはず。




まだ『愛している』と思うのなら、そばにいたいと考えるはず……




さといもの煮物を口に入れた時、メールが戻る音が聞こえ、

私はすぐに画面を見た。



『アドレス、残してくれていたのか』



あのアドレスは、まだ謙のものだった。

つないでしまった細い糸、メールの文面はそれだけだった。

これでは、病状がどうなのか、全くわからない。



『薬は飲んだの?』



どこまでなのか考えもせずに、私はまた返信をする。

食事をしようとした箸は動きを止めたままで、

気持ちはずっと携帯の画面だけを見続ける。

返信が出来るのなら、どうにかなるはずだと思っていたのに、

1つを知れば、2つ目が知りたくなる。



『寝ていればどうにかなるよ、心配するな』



私と謙は、今、確かにつながっている。

そう思うだけで、鼓動が速まり、気持ちはさらに前へ向かう。

薬は絶対に飲まないとならないこと、寝ているだけでは栄養を取れないこと、

仕事の進み具合まで、懸命に文章にし続ける。





気付くと私は……





知らなくてもいいはずの彼の住所を、自ら聞きだしていた。



【5-1】

『恋』の駆け引き……探る男と、探られる女
日常が、窮屈に思えてしまう時は、心が疲れているのかもしれなくて……
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