6 目の前にいる男 【6-4】

【6-4】

合併から少しずつ日々が重なり、『成和銀行』の色が、森口支店を支配し始めると、

中間管理職あたりで止まっている元『東日本銀行』の面々にも、

これからこの支店がどう動くのかが、見えるようになってきた。

37という年齢で副支店長となり、外側の顔にだけなっている山田支店長の下で、

謙はますます存在感を増している。


『……退行されるそうです』

『ご実家の方へ……』


新人やそれに近い行員なら、プライドもなく新しいシステムに身を投じられるのだろうが、

他の企業なら上司として扱われる年齢になっているのに、

あらためて、若い行員に手続きの方法を聞くような度胸を持つ人は少ない。

居場所をなくした人が数名、この秋に銀行を去ることが決まり、

業務とは違ったところで忙しさが増していく。


タイミングがずれてしまっていた梶本君との食事会は、

初めて誘われてから10日後、やっと実行に移された。

梶本君に指定されたのも、とあるホテルのロビーだった。

このホテルには昔、2、3度、謙と来たことがある。

夜景の綺麗なお店や、高級料亭などが入っていて、

普通に食事をするだけでも、結構な金額を取られてしまったはず。

同じテーブルで、梶本君と向かい合う姿を想像してみたが、どうもしっくりこない。


「米森さん」

「あ……お疲れさま」


別支店から向かって来た梶本君は、何が食べたいですかと私に聞いてきた。

フランス料理、和食、そしてお寿司など、選ぼうと思えば何でもある。


「うーん……」

「俺は何でも大丈夫ですから」


隣に立つ梶本君と、高級なシャンパンも、音をさせずに飲むスープも、

どこか違っている気がして……


「ねぇ、梶本君」

「はい」

「私が食べたいものでいいって、そう言ってくれたよね」

「はい」


私はそれならと頷き、梶本君の手を取った。そして駅に向かってまっすぐ歩く。


「米森さん、あれ? どこに行くんですか」

「私が選びますので、ついてきて下さい」

「はぁ……」


話をすることが上手で、明るく笑う彼だから、もっと違う場所がいい。

それからも、何度か繰り出される『どこに行くのか』という問いには答えないまま、

私はいつもの駅に戻ってくる。

そう、私と梶本君が、毎日使う、いつもの駅。


「米森さん……」

「はい、着きました、ここです」


私が食事の場所として選んだのは、駅のガード下で営業している『串焼き』の店だった。

『ジュピター』と同じくらいの小さな店で、サラリーマンたちがよく利用している。

美味しい串焼きの匂いに、何度も誘われかけたのだが、女がひとりで入るのには、

ちょっと勇気がいる店だった。


「前から気になっていたの、美味しそうな香りがして。
今日は梶本君が一緒だから、堂々と入れるでしょ」


さて行こうかと前へ進むが、梶本君は一歩も動かない。


「どうしたの」

「どうしてですか……」

「どうして……って?」

「あのホテルの中にある店に、俺と入るのは嫌でしたか」


『男のプライド』を傷つけてしまったのだろうか。

あまりにも身近な場所と、リーズナブルな店選びが、悪かったのだろうか。


「梶本君と入るのが嫌だなんて、そんなことはないの。ただ……」

「ただ?」


正直、梶本君の給料も、だいたい想像が付く。

親と離れてひとり暮らしをしている後輩に、高いディナー代金を出させて、

いい気分とはいかない気がした。

もちろん、そのものズバリとは言わないが、なんとなく誤魔化し伝えてみる。


「ごめんね……先輩面して」


恋人でもない後輩に、高いお金を払わせるのは気がひけた。

受け身になることを、避けたのだ。


「でも、本当にここに来たかったの。ここは梶本君としか来られないじゃない。
美味しかったよねって、話題に出来ないもの」


そう、それはウソではなく、本当の気持ちだった。

『ジュピター』の情報を、互いに披露したように、このお店の情報も共有出来る。


「気分を損ねたのなら謝るね。梶本君が、あのホテルでの食事を希望するのなら、
私、あらためて誘ってもらうことにするから。でも、今日はここにしよう。
私がおごる」

「ダメです。今日は俺がおごります」

「でも……」

「いいです、『串焼き』で。ここ、メチャクチャ美味いですから」

「来たことあるの? 梶本君」

「ありますよ、当たり前じゃないですか」


少しだけ口を尖らせた梶本君が、いつの間にか明るい笑顔に戻っていた。

私は遠慮無く食べさせてもらうからと宣言し、扉を開ける。

威勢のいい声がして、私達はカウンターの一番奥に並んで腰かけた。



【6-5】

『恋する気持ち』を伝える方法は、人それぞれ
押すべきか、引くべきか……悩む歌穂の思いはどこに……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント