6 目の前にいる男 【6-5】

【6-5】

「ねぇ、見て! ほら、ほら、ほら、月が綺麗!」

「米森さん、声が大きいです、響きますよ」


『串焼き』のお店は、本当に美味しいお店だった。

来たことがあるなどと、遠慮がちに言っていた梶本君だったが、

実は常連さんとも言えるくらいよく通っていたらしく、

店長さんが特別待遇でもてなしてくれた。

ビールのジョッキにサワーを作ってもらい、

酔ってしまったらなどという気持ちはどこかに飛ばしたまま、ご機嫌に飲んでいた。

『おもしろいお客さんの話』、『梶本君が来てなぜか皿洗いを手伝った話』など、

お酒が進む話が店長さんの口から、止まることなく語られた。


「楽しかった……あぁ、楽しかった」

「米森さん、声……」


そう、本当に楽しかった。

これだけ楽しくお酒が飲めたのは、久し振りだと思う。

綺麗な月を見ようと上を向いたら、足がもつれて倒れそうになったが、

梶本君がそれを支えてくれる。


「あらあら……ごめんなさい。失礼いたしました」

「大丈夫ですか、米森さん」

「大丈夫ですよぉ、梶本君」


同じマンションの玄関を開け、エレベーターにも揃って乗り込んだ。

あとは3階について、互いのドアの前でさようならをすればそれでいい。

遠い場所でお酒を飲んで、帰ってくることを考えたらとっても楽。


「今日は本当にありがとう。あんな唐揚げでこれだけ楽しい食事が出来たのは、
ラッキーです」

「そう言ってもらえたら、俺も嬉しいです」


カギをなんとか開けて、部屋の中を見たとき、ふと思い出した。


「あ! あ! あ……ちょっと待って」


私は左手で電気をつけ、梶本君を玄関で待たせた。

そう、渡していないものがあることを、思い出した。

小さな戸棚、その奥にある、これまた小さな箱。


「あった、あった……これこれ」


ビールやサワーなど、炭酸系のお酒を入れると、泡が細かくなるというジョッキ。

箱根へ行った時、土産物店で、見つけたんだっけ。

ジョッキのふちにくっついている小さな犬のアクセント、そうこれ笑っている。


「ねぇ、見て、これ、笑っているでしょ、おかしくない?」

「はぁ……」


私はくっついている犬のアクセントを、必死に指で指し示す。

見ているだけでまた、おかしくなってきた。

何を見たら、何をすれば、これだけ笑えるのだろう。

犬の世界に、これだけ笑顔になれることが、あるのだろうか。


「あのね、これを見たとき、梶本君の笑っている顔が浮かんだの。
あはは……ねぇ、おかしいでしょ……ねぇ、おかしくない?」


犬なのに、顔が笑っていて、なんだかものすごく愛嬌があって、

ちょっとしたことで、私を笑わせてくれた梶本君を、思い出させた。


「すぐに渡そうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
ごめんね、はい、差し上げますので、どうぞ……ほら、どうぞ!」


差し上げますと言ったのは、お土産のジョッキだったのに、

梶本君の手はその前を通りすぎ、なぜか私の背中に触れ、

そのまま私の体は、梶本君に抱き締められた。


「あ……あの……」


なぜだろう。どうして梶本君が私を抱きしめるの?

私、ふらついているわけでは、ないと思いますけれど。


「米森さん、俺、言ってもいいですか」

「言う? 何を?」


この状態で、彼は何を言おうとしているのだろう。

まさか、このまま部屋へ上がってもいいですかとか、

もしや押し倒してもいいですかなどと言うつもりだろうか。

お互いに、ふわふわと酔いが回っているし……

正しいことと間違っていることの区別も、もしかしたらついていないのか。



「俺……あなたに惹かれています」



『惹かれている』

頭の中で、たった6文字を冷静に分析する。

私は慌てて、体を梶本君から離し、あらためて距離を取った。

完全に酔ってしまったのだろう。

そう、互いに決めていた線より、はるかに高いところで酔っている。

だからこんなことになったのだ。


「梶本君、いくらお酒が入っているからと言って、そういう冗談はやめて」

「冗談じゃありません。正直な気持ちです」


梶本君は、思ったことを口にしないとならない性格。

だとしても、この場で、このタイミングで、私はどう受け止めたらいいのだろう。

26歳になったばかりの、モデルでも通用するような若い後輩が、

6つも年上で、たいしておもしろくも、かわいくもない先輩を好きだなんて、

とても冷静だとは思えない。


「もう一度言います。俺、あなたにすごく惹かれています。
きっと……」

「あ、はい、あの、ありがとう。
私も女性だから、そう言ってもらって嫌な気持ちはしないけれど、
でも、まともには受け取れない」

「米森さん……」

「受け取れない……ごめんね」


私はジョッキの箱を梶本君に押しつけ、体を押し出すようにした後、

そのままドアを閉めた。

何が起きてどうなったのかを分析した方がいいのかもしれないが、

なんだか急に力が抜けた。


「はぁ……」


その場に座り込み、梶本君の腕が残した感覚だけが、呼び起こされる。

『惹かれています』って、『好き』という感情を示しているはず。

確かに、それらしき言葉は、ちらほら聞いていたけれど、

でも、決して、向き合うまいとそう思い続けてきた。

モデルの女の子と一緒のところを、懸命に弁明したり、

私が『箱根』へ行く前も、一人なのかと気にしていた。


でも、だからといって……


「……やだ、もう!」


何年も『恋』から遠ざかっていた私なのに、急に慌ただしくなってしまった。


謙との距離を計っていたのに、梶本君との距離が計れなくなっていて、

慌てて先輩風を吹かせたけれど、悪い気持ちになってはいないことが、

また逆に迷わせる。



壊れたとは言え、妻のいる元彼と……

気持ちがまっすぐで楽しい人だけれど、6つも年下の人……



「あぁ、もう……」


私は座り込んだまま立ち上がることもせずに、しばらく膝を抱えた。



【6-6】

『恋する気持ち』を伝える方法は、人それぞれ
押すべきか、引くべきか……悩む歌穂の思いはどこに……
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