7 守られている女 【7-1】

7 守られている女


【7-1】

梶本君の言うとおり、資料作りはそれほど大変なものではなかった。

普段ならあまり人がいない場所で、一部ずつ重ねると、確認していく。


「何から何まで成和は合理的なのね。
東日本では上の会議資料を新人が作るなんてこと、ありえなかったし」

「そうですか。俺は入行して最初に、資料整理の担当をさせられました」

「入行してすぐ? 本当?」

「はい。年功序列とか、勤務何年とか、全くこだわりがないですからね」

「あ、そうなんだ」


確かに、梶本君の言うとおりだった。

『年功序列』や『ベテラン』などという言葉が飛び交わないからこそ、

東日本から移籍し、年齢もまだ若い謙にも出世が回ってくる。

ようは実力次第。


「別の会社のやり方に慣れるまでは、大変かもしれないですね。
俺は最初からこうだったから、あまり悩みませんけれど。
東日本にいた人たちが大変だって、他支店の同期もみんな、言っていました」

「うん……」


そうだった。春の合併から半年足らずなのに、『森口支店』だけでも5人が辞めた。

理由はそれぞれで違っているけれど、一緒なのは全員『東日本銀行』の行員だったこと。

本当に入行1、2年目なら、新しい組織の中で、

わからないと手を挙げることが出来るけれど、何年も仕事をしてきた私たちは、

そう簡単に言うことが出来なくなる。



仕事をしてきたという『プライド』が、それなりに存在するから。



「そうだ、昨日、あれから店を閉めた店長が、俺にメールをくれたんですよ。
振りつけの話」

「振りつけ? なんだっけ」

「忘れちゃったんですか、米森さん。まぁ、結構酔ってましたしね……」


梶本君に含み笑いをされながら、酔っていたからわからないと言われると、

意地でも思い出したくなった。


「ちょっと待って、思い出すから。昨日の今日でしょ……」


昨日は、店長さんのお勧めをいただいて、それから年齢の話しになって……


「あ……思い出した」


『串焼き』のお店の店長さんが、私と2つしか年が違わなかったため、

高校生の頃に流行った歌の話が咲き、とあるグループの歌の振り付けが話題になった。


「そう、それですよ。一緒に踊れて楽しかったって。
また連れて来てくれって言われました。どうしますか? 米森さんさえよかったら……」

「ねぇ、梶本君」

「はい」


私はまとめていた資料をしっかりと止め、一度手を休めた。

他のことをしながら、資料を作ってミスがあったら大変なことになる。


「昨日は本当に楽しかった。でもね……」

「でも?」

「梶本君の気持ちは、受け取れない。それだけは話しておくね」


『惹かれている』という思いには、応えることが出来ない。

ストレートな人だから、きちんと伝えておかないと。

一緒に食事をすることも、話をすることももちろん嫌ではないけれど、

それとこれは別。


「なぜですか?」

「なぜって……私、今年で32になったの、梶本君よりも6つも上だし……」


もっと自分が若かったら、見切り発車のような恋も、悪くはないはず。

最後まで到着するのかなどわからなくても、その時が輝いていればいいと、

見えない場所に向かって、必死になれただろう。

梶本君がいい人なのは、私だってよく知っているから。


「『6つ上』、それが、米森さんの拒絶の理由ですか?」


同じように資料を作っていた、梶本君の手も止まった。

何かを言わないとならないのに、言葉が続かない。

意志を伝えているのは私のはずなのに、梶本君の押しの方が明らかに強かった。


「でも……」


何を言おう。どうやって相手を納得させよう。

嫌いなわけではないので、逆に難しい。


「そんなに構えないでください。せっかく米森さんとは隣同士で、
色々な話も出来るようになっていたのに、そう言葉に詰まられると、
俺、悪いことをしたような気になります」


悪いことをされたわけではないけれど、『告白』の前に戻れるのなら、

戻りたいのが正直な思いだった。

隣に住む、少し気の合う後輩。


「こちらこそ、すみません。そんなふうに悩ませるつもりはなかったんです。
ただ……俺、本当にあなたを……」



あなたを……



梶本君が、私を……



「ねぇ、だからそれがわからないの。こんな私のどこがいいの? 冷静に考えてみてよ。
仕事をするときはいつも無表情だし、話だって楽しくもないし、
顔だってスタイルだっていいわけじゃない。しかも6つ年上なのよ。
条件なんて悪いことばかりじゃない。それなのに『惹かれています』って言われて、
全てまともに受け入れるほうが……」


言葉が、いきなりあふれてしまった。

梶本君の、罪のない顔に向かって、矢のように飛んでいく。


「受け入れるほうが、おかしいでしょ」



『米森君、君……いいお話はないのかい?』

『米森君、君はきっと、結婚に理想を描きすぎだよ』

『米森君に紹介するのは、難しそうだな』



上司たちは、私が贅沢なのではないかと言いながら、

本心は君に問題があると、心で思っていたはず。

そう、謙だって私が、自分の目指す『妻』には向かないと思い、離れていった。

大学教授という社会的に地位のある父親も、家庭を守ることなど出来ず、

愛されてもいない妻なのに、男のところから出て行くことも出来ない母。

そんな二人に育てられた私。


普通という言葉が、ずっしりと重たい。


自分では普通だと思っているけれど、私という人間を反対側から見てみると、

きっと欠点だらけだろう。

温かいものを築こうとする人が求めるものも、本当はよくわからないのかもしれない。

そう構えてしまうことが、自分で嫌になる。


「どうしてそんなふうに、枠にこだわるんですか?
魅力なんて人それぞれで、決めてしまうものではないですよ」


梶本君には、私の気持ちなど絶対に理解してもらえないだろう。

一生懸命に恋をした思いは踏みにじられ、理想とすべき親は、

目を逸らしたくなるくらいの『愛』と『意地』でがんじがらめになっている。

成功したという実感も、見せてもらったという記憶も、何もない。


「とにかく……ごめんなさい」


あなたには、もっともっと素敵な人が現れるはず。

私はまた、1枚ずつ資料を重ねて続けた。


「ごめんなさい……かぁ……」


言い方がまずかっただろうか。それでも私にはこういうしか出来ない。

梶本君に悪いところなど、何一つないし。


「わかりました。米森さんが気にするのなら、もう、口には出しません。
でも……」


でも……



「でも、俺はあなたが好きですから」



結局、梶本君はそれからも、いつもと同じように資料作りを続け、

少し取り乱しそうになった私も、冷静を装い仕事を続けた。



【7-2】

それぞれの立場はあるけれど、全てを取り払えば、一人の男と女。
歌穂のまわりも、慌ただしく動いていく……
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