7 守られている女 【7-4】

【7-4】

どれくらい経っただろう。

私の休憩時間になり、同僚に声をかけ更衣室へ上がる。

階段で声がしたので、体を扉の影に隠し、ほんの少しだけ外が見えるように立った。


「支店に顔を出すのなら、来る前に連絡くらい寄こしてくれ」

「すみません、午後の新幹線でと思っていたの。
でも、どうせならあなたのお世話になっている方に、挨拶をしたかったし」


あなた……という言葉が、私の心をチクリと刺していく。

私には、使えない。


「先に戻りますね」

「あぁ……」

「何時頃帰ります?」

「今日はそれほどかからないはずだ」

「はい」


ごく普通の会話が、私の心をかき乱した。

謙のあの部屋に、奥さんはこれから向かうのだろう。

帰る時間など気にすることなくあの部屋に居続け、当たり前のように彼の横に座るはず。

あの腕に抱き締められることも、唇を重ねることも、許されている人。

ヒールの音がして、つま先が見え、勇気を出して上を向くと、

パールのイヤリングをつけた女性の横顔が、一瞬だけ見えた。

確かにあまり背は高くなくて、髪の毛もショート。


「あ……あなた」


謙の肩口についていた小さな糸くずを、奥さんはさりげなく手に取った。

あの人が、謙に選ばれた人なのだ。


「みなさんにご挨拶はいいかしら」

「仕事中だ。廊下から頭だけを下げておけばいい」

「はい……」


聞こえて来る声、届く言葉、交わす視線、

私には、ほんのこの何秒が、とてつもなく長く思えた。

どうすることも出来ないまま、バッグから弁当箱を取り出し、

余韻が消えてしまうまで、ロッカーの前でじっと耐え続けた。





私が昼食を半分くらい済ませた頃、井上さんをはじめとした行員たちが、

買い物を済ませ、昼休憩のために上がってきた。

井上さんは、高野さんの分も買ってきたとお弁当を渡し、

お茶を出す役目をし、二人の前に顔を出した高野さんに、うらやましいと連呼する。


「でもさ、少しイメージ違ったよね」

「何が?」

「私、有働副支店長の奥様って、もっとモデルさんのような人だとそう思っていたから」

「あ、わかる、わかる、それ」


高野さんは、お茶を運んだ時の話を、井上さんのために披露した。

もう一人の副支店長は、奥さんのことを知っていたらしく、

謙を含めて3人が、笑い声の中にいたと言う。


「楽しそうに話をしているから、私もつい言っちゃって」

「何を?」

「有働副支店長は素敵だから、一人で東京に置いておくと危ないです。
私の同期も、メチャクチャ憧れていますって」

「は? そんなこと言ったの? ヤダ、もう!」


井上さんは、自分のことを変な形で伝えてくれたと、高野さんに言い返している。

私は、残りを少しずつ減らしながら、その問いに対して、奥さんがどう答えたのか、

それが気になった。


「で? 奥様はなんて答えたの?」

「うん……それは嬉しいですって。
女子行員のみなさんに嫌われていないのならほっとしますって。余裕の笑みだったわよ」

「余裕?」

「そうそう、『私は妻』っていう余裕?」


高野さんのスマートフォンが音をさせ、贔屓にしている店のセールの知らせが届いたと、

そこから謙の話題は消えてしまった。私は食べ終えたお弁当箱を閉じ、

それをロッカーに戻す。

小さな鏡に自分を写し、30分くらい前に見た、謙の奥さんの顔を思い出した。

確かに威圧感などなく、優しそうな人だったけれど、

私が謙と付き合っていた頃、

少なからず『東京』に他の誰かがいたことは知っていたはずで、

それでも彼を手放すことがなかった気持ちを思うと、芯の強さはあるのだろうと、

あらためて感じてしまう。



同じ人に、二度も負けるのは……嫌だ。



私はロッカーを閉じると、頭を仕事モードに切り替えた。



【7-5】

それぞれの立場はあるけれど、全てを取り払えば、一人の男と女。
歌穂のまわりも、慌ただしく動いていく……
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