7 守られている女 【7-6】

【7-6】

「これ、本当はどこか別のところに渡すものではないですか?」


梶本君は、あの日、私が押しつけたまま、部屋を押し出してしまったので、

受け取ったことにしておいたけれど、グラスが2つ入った袋と、

1つ入った袋の2つを渡されるのは、不自然ではないかと思い、

そのままにしていたと教えてくれる。


「俺にもし、3つくれるつもりなら、1つの袋に入れてくるでしょ。
米森さん、酔っていたから、余分に寄こしたんだろうな……と、違いますか?」


そう、その通りだった。

私は『うん……』と頷き、ごめんなさいと言いながら、袋を返してもらう。


「ごめんね、梶本君に余計なことをさせて。これ、自分用に買ってきたものなの」

「……だと思いました」

「だらしがない先輩で、すみません」

「いえいえ、いいですよ」


私はお酒に結構強いのだと思っていた。

あの何もかもを忘れようとして、酔いつぶれてしまいたい日にも、酔えなかった。

それなのに、梶本君と食事をしたあの日は本当に酔っていて、

ふわふわとした記憶しか残っていない。

いや、梶本君の強烈な告白を除いては……だけれど。


「ありがとう……」


私の口から出てきたのは、その一言だった。

お野菜やお米をもらったこともあるけれど、失敗したことまでフォローしてもらった。

私の方が6つも年上で、社会人としての経験もあるはずなのに、

なんだか『ご迷惑』だけをかけている気がする。


「では……おやすみなさい」

「はい」


梶本君は残りの野菜やお米を入れたダンボールを抱え、背中で扉を開けると、

そのまま出て行った。大きさがふぞろいのじゃがいもに、オレンジが眩しいにんじん、

新聞紙にくるまれた美味しそうなキャベツ。


「いただきます」


『生き甲斐』

趣味を飛び越えたくらい、一生懸命育てたお野菜。

私は野菜の向こう側にいる、梶本君のご両親に向かって、頭を下げた。





次の日、仕事を終えて、父のいる大学を目指した。

会いたくないのが本音だけれど、今朝、母から念押しするようなメールが届き、

これは無視して通り過ぎることは出来ないのだと確信する。


『神南大学 心理学部教授』


米森源太郎の肩書きは、こういうものだった。

事務局へ向かい、父のいる場所を聞きだすと、私は気分の乗らないまま、

教授室を目指した。

学生たちが笑いながら通り過ぎていく。

彼らは、あの人に敬意を払い、頭を下げる立場なのだろう。

私からすれば何も立派なところなどないけれど。


「歌穂です」

「あぁ……入れ」


父と顔をあわせるのは、2年ぶりくらいだった。

とりあえず娘としては、体の具合はどうなのかと聞くべきだろう。

扉を開けて、とりあえずしっかりと閉める。


「お父さん……」


そう言った目の前に見えたのは、父ともう一人の男性だった。

スーツ姿に、真面目そうなメガネ。どこかの出版社の人か、それとも放送局の人か、

先客がいるのなら、外で待っていないと。


「すみません、お客様なら」

「いや、そうではないんだ。歌穂、ここへ座りなさい」


父は嬉しそうに私を手招きする。

そして、目の前にいた男性は立ち上がり、こちらに向かって頭を下げた。


「歌穂さんですか。私は、『共栄総合病院』の内科で医師をしている、
『小林雅雄』と言います」


父の前に座っていたのは、『共栄総合病院』で先生をしている小林さんだった。

父とは『心理学』の勉強会で知り合い、交流を深めたのだと話してくれる。


「歌穂、小林君は研究者としても一流の男だ。去年までロンドンで勤務していて、
発表した論文は、賞も取ったほどだ。年齢は……」

「あ……はい、今年で37になります」




37……謙と一緒。




「うん……懸命に医学の道を追い求めていたら、いつの間にか年齢が重なっていた、
そうだろ」

「いえ、先生。かっこよく言えばそうですが、ようは私に魅力がなくて」

「何を言っているんだ。君くらいの条件を持つ男が、もてないはずがない。
君がその気になれば、すぐにでも相手になりたいという人が現れるだろう。
その前に私が君と会えたこと、それが重要だよ」

「先生、過大評価をしすぎですよ」

「いやいや……」


私の頭は、すぐに答えを導き出した。

つまり、父は私の相手にこの人をと薦めるつもりだろう。

32にもなっていまだに独身で、結婚して孫を見せることなく、

一人で暮らす手のかかる娘に、自分が気に入った男を押し付ける父親。

強く呼び出されたことの『策略』を感じながらも、私は罪のない小林さんに、

しっかりと微笑を返した。



【8-1】

それぞれの立場はあるけれど、全てを取り払えば、一人の男と女。
歌穂のまわりも、慌ただしく動いていく……
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