8 策略に乗る男 【8-1】

8 策略に乗る男


【8-1】

2年以上ぶりに顔を合わせた親子は、結局たいした話をすることもなく、

ハッキリと決まらない再会を約束し、同じ空間を出た。

私は息苦しい場所から逃れられたことに、まずはほっとする。


「このお店でいいですか?」

「はい」


『策略』

そう言ってしまえばそれまでだけれど、

私は流れのまま、小林さんと食事をすることになった。

今日出会ったばかりなのに、『未来』がすぐそこにあるような、そんな話が展開する。


「私は内科医なものですから、患者さんとのコミュニケーションが非常に重要で、
米森先生には、その心理学的な要素から、
どう向き合うべきかをいつも解いていただいています」


小林さんは、患者の心を理解しないと、本当の意味で診療とは言えない気がすると、

そう意見を述べた。確かに、目の前に傷が見える外科医と違い、

内科医は心理状態や、生活習慣まで知らないとわからない部分も多いだろう。

小林さんは、語り口調も柔らかく、誠実な人なのだろうということは、

初めて会った私でも、感じることが出来た。




でも、正直、つまらない。

1分と言う刻みが、これだけゆっくりなのかと思ってしまう。




「何かを学ぶと、またさらに学びたくなるからでしょうね、
一つの病院に根を張ることが出来なくて、外国と日本を行ったり来たりしているうちに、
年ばかりが重なっていました。実家が病院を経営しているので、
出世にも興味はありませんし……」


小林さんは、それからも外国でどんな勉強をしてきたのか、

適当に難しい言葉を説明しながら、私に語ってくれた。

一生懸命なのはわかるが、これだけあれこれ語られると、

こちら側が言葉を発するタイミングが計れない。

質問をしようとしても、あっという間に通り過ぎていくので、

次の言葉を聞いているうちに、前はどうでもよくなってくる。

私の目の前に食べるものが何もなかったとしたら、考えるだけでも疲れそうだ。


「あ……申し訳ない」

「はい」

「私ばかりが話をしてしまって、これでは歌穂さんに呆れられてしまいますね」

「いえ……」


やっと止まった。

これで少しは会話になるだろうか。


「久し振りに日本へ戻ってきて、しかも、憧れの米森先生とお会いできたので、
気持ちが高ぶっているのかも知れません」


小林さんは、娘の私に気をつかっているのか、父のことを憧れだと言ってくれた。

父が、小林さんにどんな顔を見せているのかは知らないが、

少なくとも私が知っている『あの人』は、憧れてもらえるような『男』ではない。


「それはどうも……」


それでも、食事はお互いの仕事の話をしながら進み、

テーブルの上には、最後のコーヒーが登場する。

流れの中に浮かび続けるのもここまでだと決め、小林さんを見た。


「あの、小林さんよろしいですか」

「はい」

「こうして食事をするお時間を取らせてしまったこと、申し訳なく思います。
父に気をつかってくださっているのなら、もう、こんなことはしないでください。
おそらく、今日のこの設定も、父が勝手にしたことですよね」


真面目そのものの表情が、私の発言に少し驚きを見せた。

大丈夫です、あなたが悪いわけではありません。

責め立てようとしているわけでもありません。


「父からどういう話をされたのかはわかりませんが、これ以上のご連絡は結構です」

「はぁ……」

「32にもなっている娘が、気楽に一人暮らしをしていることが、
父には耐えられないようで」

「あ、いや、あの歌穂さん。私は米森先生が本当に好きで、
いえ、だからといって、今日ここにいるわけではなくて」


優秀な成績で大学を卒業したのかも知れないが、

この調子では、確かに女性をリードしていくのは難しそうだ。

勝手に語るか、相手の言葉に慌てるか、受け止めるという要素が見られない。


「それでは、父のどういったところに憧れているのか、教えていただけませんか」


社会的地位など、どうでもよかった。

私は、あの人に苦しめられることはあっても、憧れなど考えたこともない。

一緒に過ごす人とは、価値観が同じでなければ無理なはず。

小林先生は、私の口調に、どう言葉を送り出したらいいのかわからないようで、

さっきまでの楽しそうな顔が、困惑に変わってしまう。


「ごめんなさい。変な聞き方をしてしまって。でも、私、
父とは、もう長い間一緒に暮らしたことがありません。
母もいますが『家族』として暮らした記憶も、遙か昔です」


自分でも大人げないとそう思った。

表の父しか知らない人に、わざわざ裏の顔を教える必要などないのに、

『あの男』に憧れると宣言する人と、まともな会話になるとは思えなかった。


「心理学の権威などともてはやされていますが、家族の幸せさえ作れない人です。
どうか、そんな一面があることも、知ってください」


私は小林さんに頭を下げると、こんな終わり方になってしまい申し訳ないと頭を下げた。

小林先生は呆気にとられているだけで、焦点すら合わなくなっている。


「お先に失礼します」


電話番号もアドレスも交換することなく、私は自分の分を支払って、先に店を出た。



【8-2】

目を見て話をしてみても、心の中までは見抜けなくて。
歌穂は一人、戻らない日々を思いため息をつき……
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