8 策略に乗る男 【8-2】

【8-2】

帰宅の電車内で、小林さんの顔が何度も蘇る。

こんな失礼な態度をした娘の話は、すぐにでもあの人に伝わるだろう。

怒りに狂い、家に呼び出されるのは間違いなく、また母がどうしようもない状況の中で、

行ったり来たりを繰り返す。

自分の周りにあるものは、都合よく自分のものだと思うクセは、

一生治らないのかもしれない。


「はぁ……」


もう、何度もそんなことはやり過ごしてきた。

今回もただ、心を閉ざしていれば、それで終わりだろう。


最寄り駅を降り、街灯の下を歩いていると、後ろからバイクのエンジン音がした。

どんどん近付く音の恐怖心から振り返ると、ライトがとにかく眩しく、

その光りに目を細めた瞬間、私のバッグは男に奪われた。


「あ、ちょっと!」


声を出してみたものの、バイクはあっという間に私を置き去りにし、

角を曲がって消えていく。反対側を歩いていた人も声をあげてくれたが、

そんな弱い声など、悪の中に身を落とした男には、何も聞こえていないのだろう。





「ですから、バッグを盗られたのです」


どうにもならないことはわかっていたが、私は駅前にある交番に駆け込んだ。

携帯だけは手に握っていたので助かったが、財布も手帳もバッグの中にある。

バイクも盗難ものなのか、最初からこういうことをするために乗っていたのか、

ナンバーもついていなかった。唯一覚えているのは、男のヘルメットが白だっだこと。


「はい、今書いていますからね。少し落ちついてください」

「私は落ちついています、でも、のんびりしていることではないですよね、
妙な言い方をされているのは、そちらでしょ」


訴えて、用紙に記入し、どうしようかと頭を抱えていると、

目の前の警官が連絡した別の仲間から、

川の草むらからバッグが見つかったと、連絡をもらった。

交番で待ち続けていると、時計は11時を回っていく。

駅についたのはまだ10時前だったことを思うと、

くだらないことに巻き込まれたおかげで、1時間以上も無駄にした。


「お待たせしました」


一瞬で自分のものだとわかったが、一応中身を確認する。

財布の現金はなくなっていたけれど、カードや保険証などは揃っていて、

手帳もポーチも、とりあえず入っている。


「現金はなくなったけれど、とりあえずそれ以上の被害にならず、よかったね」

「……はい」


被害にあったのだから、よかったなどありえないけれど、

それでもまだ大事にならずに済んだ。

私は全ての書類を記入し、バッグを受け取り、あらためてマンションへの道を歩いた。



『父』に会うような、普段やらないようなことをしたから、

こんなことが起きたのだろうか。それとも、罪のない小林さんに、

父への恨みをぶつけるようなことをしたから、天罰をくらったのだろうか。

私はまたバッグを取られないように、両手で抱えながら歩き続け、

マンションの扉の前で、バッグを開き、小さなチャックのあるポケットから、

カギを出そうと手を入れる。


「あれ?」


いつもなら閉まっているはずのチャックはよく見ると開いていて、

指を入れても、カギは見つからない。川に放り投げられた拍子に開いたのか、

それともお金を盗んだ犯人が、自分で開いたのか、それはわからない。

私はオートロックの扉の前でバッグの中身を見続けるが、カギは出てこなくて、

その間も戻ってくる他の住人が、こちらを不思議そうな目で見る。

怪しい人だと思われては困るので、一度外へ出た。

見上げた私の部屋は真っ暗で、隣の部屋には灯りがついている。

私は『302』の番号を押し、梶本君の声を待った。


『はい』

「こんばんは、米森です。ねぇ、ごめん、オートロックだけ開けてくれない?」

『どうしたんですか』

「上で説明する」


梶本君が開けてくれたため、カチャンとロックの解除される音がした。

私は中に入り、止まっていたエレベーターに乗ると上へ向かう。

その間もカギを探したが、見つけられないまま3階に到着した。

エレベーターを降り、部屋の方を向くと、

私の様子をおかしいと思った梶本君が、扉を開けて待っていた。


「どうしたんですか」

「ごめんね、巻き込んで」


私は、駅から歩いているときバッグをひったくられ、そのおかげで交番に行き、

この時間まで引っ張られたこと、入っていると思っていたカギがなく、

開けられなかったことを正直に語った。


「川にバッグが投げてあったっていうから、きっと、その時に落ちたのかな」

「でも、犯人が持っているという可能性もありますよ」

「……あ、そうか」


この暗い夜では、川へ行っても小さなカギなど見つかるわけもない。


「警察には報告しましたか?」

「報告?」

「はい、無くなった物がどういうものなのか、用紙に書かされたでしょう。
カギもないことを言わないと……」

「……そうなの?」


私は廊下で携帯を取り出し、先ほどお世話になった交番へ連絡を入れる。

マンションの壁に音が反響してしまうことに気付いた梶本君が、

とりあえず部屋の中へと、私を引っ張った。



【8-3】

目を見て話をしてみても、心の中までは見抜けなくて。
歌穂は一人、戻らない日々を思いため息をつき……
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