8 策略に乗る男 【8-5】

【8-5】

「すみません、ありがとうございました」


とりあえず、次の日に管理会社へ連絡を取り、

マスターキーで部屋を開けてもらった。

業者が来られるのは、週明けの月曜日ということになり、

それまでを過ごせるように、管理会社がカギを貸してくれる。

中からはチェーンをかけ、とりあえずの防犯対策を取った。


「梶本君、昨日は助かったありがとう。なんとかなりそう」

「いえいえ、米森さんが泊まるのなら、もう少し掃除しておくべきでした」

「そう? 男の一人暮らしにしては、綺麗だなとすぐに思ったわよ。
もしかしたら、掃除してくれる人がいるのかな……って」


話の流れでつい、そういう発言をしてしまった。

梶本君は、少し寂しそうな顔になる。


「言いましたよね米森さん。俺はあなたに惹かれているって。
まだ、冗談だと思われているんだな、きっと」

「あ……ごめん」


そうだった、梶本君は私のことをそう思っているのだと告白してくれた。

調子に乗って余計な発言をしたことを反省する。


「そんなに信用されないのなら、いっそ、暗闇の中で迫っておけばよかったかな」

「は?」

「あはは……ウソですよ、これはウソです」


梶本君へ挨拶を終えて、私は部屋に戻った。

カギが見つかっていない以上、誰が持っているのかわからない状況は変わらないけれど、

隣に梶本君がいるという事実が、気持ちを落ち着かせてくれた。

それでも、夜をここで過ごす気持ちにはならなくて、

この週末、私は電車に乗り、母のいる実家へ戻る。


「歌穂、お帰り」

「うん……」


父は家にいなかった。

昨日のことがあるから、いてくれなくて助かったけれど、

それはまたそれで、あの女の顔が浮かび、気持ちは静まらない。


「それで大丈夫なの?」

「大丈夫よ、週明けに業者さんが来てくれるの。早く変えないと落ち着かないから、
仕事はお休みさせてもらうつもり」

「まぁ……」


母は、そんなことがあった部屋は出たらどうだと提案してくれたが、

私は気に入っているから出たくないのだと返事をする。


「だって、別に大きな町でもないでしょ。何かあるの?」

「あるの」


『竹原川花火大会』

そして……



『割り切れないから腹も立つんでしょうね』



同じ思いを抱く人が隣にいること。

あのマンションを出たくない理由が、一つ増えている気がした。





マンションの鍵は無事交換され、私は1日だけ仕事を休ませてもらったが、

次の日には仕事へ戻った。

噂話だけは素早い高野さんから、大変だったですねと声をかけられる。


「うん、バイクのひったくりには気をつけてね。今、流行っているらしいから」

「はい……そうですよね」


事件を知らなかった後輩たちから、どんな犯人だったかと聞かれ、

私は覚えている範囲で、特徴を語る。

その輪の中に梶本君もいて、知っているということは言わずに、

一緒に聞き続けてくれた。

話が盛り上がっていると、そこに謙が姿を見せる。

井上さんがすぐに駆け寄り、

私が昨日バイクのひったくりにあったことを、ご丁寧に説明してくれた。


「あぁ、昨日主任から聞いた。危ないところだったな、米森さん」

「はい、すみませんでした。急にお休みをいただくことになって」

「いや、仕事の方はいいんだ。ただ……君が怪我をするようなことにならなくて、
本当によかった」

「ありがとうございます」


上司としては、当たり前の反応だ。

私はそう思いながら、残りのお弁当を食べていく。

その日は昨日の分まで張り切って仕事をし、なんとか定時に終わる目処がたった。


「えっと……あ、いたいた、米森さん」

「はい」


渉外担当の大木さんが、私に声をかけてきた。

普段あまり接点がないのに珍しいなと思っていると、

外にお客様が立っていると教えてくれる。


「お客様?」

「うん、従業員出口のところにいるから、何か御用ですかと聞いたらさ、
米森さんを待っていると言うから、で……。小林さんっていう男性、わかる?」


小林さん。

その名前でわかる男性は、ひとりしかいない。

名刺を渡したわけでもないし、連絡をしたわけでもないのにと思ったが、

相手は父の紹介だった。私の職場がどこなのかくらい、

データをして持っているのは当たり前。


「あ……わかります」


『男っけのない米森さんを、男性が待っている』ということで、

高野さんと井上さんが妙にそわそわし始めた。

困ったことになってしまった。

ここに来てしまうなど、考えたこともなかったのに。

私が顔を上げて前を見ると、梶本君と謙の顔が、両方こちらを向いていた。



【8-6】

目を見て話をしてみても、心の中までは見抜けなくて。
歌穂は一人、戻らない日々を思いため息をつき……
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