9 今に気づいた女 【9-1】

9 今に気づいた女


【9-1】

勤めている場所はそれぞれで、仕事もそれぞれだ。

でも、同じ駅を毎日使っていると、自然に顔を覚えることもある。

隣に立っているサラリーマンは、駅前のマンションに入っていく人で、

目の前で真っ赤なルージュをつけている女性は、確か……


そう、改札を出るとすぐにタクシーを拾う人。


私のことも誰か見ているだろうか、いつもコンビニに立ち寄り、

チューハイの缶を数本買っていく女だってこと。

待っている人もいない『おひとり様』だって、気づかれているだろうか。


「565円でございます」


お財布から細かいお金を取り出し、ぴったりに支払った。

一日の終わりがしっかり終了したようで、なぜか嬉しくなる。


「いつもありがとうございます」


店員にそう言葉をかけられ、私は秋の色を見せ始めた木々の中を、

マンションへ歩き始めた。



『僕なりの思い』



謙は奥さんに、どういうことを話したのだろう。

今までは、あまり真剣に取り扱わなかった人が、

乗り出してくるくらい衝撃的なことでも言ったのだろうか。



謙がもう一度、ひとりになる……



誰に遠慮をすることもない人になる。



やめよう。今、私が考えたところで、何も変わるわけではない。

顔を上げると、交番にいたおまわりさんが、私に向かって手招きをした。

この間のひったくりについて、何かわかったのかと思い、そのまま立ち寄ることにする。


「犯人が捕まったのですか」

「そうなんですよ、隣町でも同じようなことをしたけれど、
バイクでバッグをひったくった後、バランスを崩してね、
で、電信柱にこすって転んで、それで捕まりました」


犯人は怪我をして入院し、地域の安全を守るおまわりさんとしては、

一件落着というところだろう。


「お金は戻りませんよね」

「あぁ……そうだね……」


わかってはいたけれど、腹の立つ話だとそう思う。

罪のない人たちから物を奪い、それを平気で使った男が、

自分のおろかさから怪我をして入院した。

その入院費は、もしかしたら盗まれた私たちのお金かもしれない。


「完全に現金狙いだったらしくて、カギを盗んでいるという話はないようだよ」


現金以外のものには、絶対に手をつけていないと、犯人は堂々と宣言したらしく、

私はわかりましたと頭を下げ、そのまままた歩き出す。


「何が堂々と宣言よ……ふざけるなってば!」


そばにあった石ころを軽く蹴飛ばすと、柵に当たって『カン』という金属音を響かせた。





家に戻って、買ってきたものを冷蔵庫に入れた。

明日のお弁当は何を作ろうかと、残っているものを確かめる。

たいしたものでなくても、当日の朝決めようとすると、

頭がボーッとしていて、決まらないことがあるからだ。


野菜室から顔を出している面々を見たあと、壁を見る。

そういえば、この野菜をもらった後、何もお礼をしていない。

あの時は、父に呼び出された憂鬱さを抱えていたのに、

梶本君のお母さんが彼に宛てた手書きの手紙を見て、心が少しほっとしたっけ。

その後、小林さんのピントのズレに気持ちを乱したまま、ひったくりにあって、

私は隣に泊めてもらった。


そのお礼もしないままに、今日が来てしまっている。

お野菜を『食べてしまう』前に、預かり物は返しておかないと気分が悪い。

何かを買って返そうかとも思ったが、それよりもいい方法。





その次の日、私は朝から大きく息を吐き、隣の扉を叩いた。

時間的にはまだ、会社に出ているということはないだろう。

少し遅れ気味に『はい』と返事が聞こえ、梶本君が姿を見せた。


「おはよう」

「おはようございます。また、何かありましたか」


梶本君と話すときは、そんなに何かがあったかしらと思いつつ、

私は、今日夕食を一緒にしませんかとお誘いした。



【9-2】

ピンチのあとにチャンスあり。ようはそれをつかめるか!
32歳、歌穂の『恋する思い』は、何をつかむのか……
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