10 勘違いをする男 【10-1】

10 勘違いをする男


【10-1】

『メール』を送った次の日に迎えた朝。

私はいつもより早く目覚め、お弁当を作った。



『卵焼き』



昔付き合っていた頃、謙がよく褒めてくれた。

外で食べるときには、味や形を変えて、よく持って行った。

こうして、何かが起こる度に、抜けていない記憶に戸惑い、気持ちを乱していたけれど、

それは無理に忘れてしまう物ではなかったことに、やっと気付いた。



『それはそれ』



今の私は、こんなふうに思えるのだから不思議。

昔聴いていた曲を聴くと、当時のことが懐かしくなるのと同じで、

誰でも当たり前に持っているもの。

そうだったよね、こうだったよねと考えているうちに、また別の形に変わっていく。


「あとは……何で埋めよう」


それよりも、今日は何があってもここへ戻ってくるのだと、もう一度決意する。

32にもなって、恥ずかしさもあるけれど、気持ちを認めてしまうと、

心はどんどん前に出ようとする。


「よし、完成」


私は支度を整えて、今頃寝癖と格闘しているかもしれない人の姿を思い出し、

少し笑顔になりながら、扉の前を通った。





『昨日はすみませんでした。今日、楽しみにしています』


梶本君からのメールは、通勤時間の中で携帯に届けられた。

この何本後ろの電車に、彼は乗っているのだろう。

隣に立つサラリーマンは、経済新聞であくびの出る顔を隠し、

前に座る女性は、マニキュアの色加減を気にしている。



私は……

今日という1日が、充実した日になるように、それだけを考えた。





広げられる札の束、数える機械の音。

いつもと同じ光景が、私の目の前にある。


的確な指示を出す謙が前にいて、何か考える仕草を見せた。

書類をめくる手、動く喉、そして立ち上がる。



いつもと同じ時間が流れているはずなのに、私の見る景色は……





変わった。





トラブルなく仕事を終え、スーパーに寄ると、材料をカゴに入れていく。

お金を支払い、少し早歩きで部屋に戻り、決めていた順番で料理を揃える。

思っていたものが、料理として形になっていくのは楽しい。

梶本君のご両親が作ってくれた野菜が、肉や魚とコラボレーションすることで、

違った顔を見せ始めた。


こちらは、支度が整ったことを確認し、もう一度温めるつもりだし、

冷蔵庫で冷やしてあるものの状態も大丈夫だ。

時計に目をやると、8時30分になっていたので、

私は携帯を取り出すと、『準備完了』のメールを送った。


それから10分後、梶本君は、昨日とは違った顔とお土産で、目の前に現れた。

玄関で靴を脱ぐ前に、昨日はすみませんでしたと謝ってくれる。


「どうして謝るの?」

「いや、あんなふうに帰るのは、失礼だったなって」


そう、あの瞬間は確かに驚いた。

何をしてしまったのか気持ちが焦り、それが小さな怒りに変わっていった。

でも、そのおかげで気付いたことがある。


「もう謝罪は終了。とにかくどうぞ」


私は上がってほしいと勧めた後、コップを2つ用意した。

そう、以前、箱根で見つけ、気に入ったあのコップ。

お酒を入れた後の泡が、細かくて美味しいらしい。


「あ……これ」

「そう、酔っぱらった私が、梶本君に押しつけてしまったあのコップです」


梶本君も、あの日の酔った私を思い出してくれたのか、少し口元を緩めてくれた。

ビールをそれぞれに注ぎ、乾杯をする。

『ロールキャベツ』や『野菜のグラタン』

特別オシャレでもない家庭料理だけれど、いただいた野菜だけは最大限利用したつもり。

梶本君は、本当によく食べてくれた。

量を入れたお皿から、形が減っていく。

食べるスピードが落ちてきた頃を見計らって、本題をスタートさせないと。


「久し振りだった、あれこれ考えながら過ごしたのは」


梶本君は、どういう意味ですかという顔を、私に見せた。



【10-2】

心の変化に気がつくと、見えている景色も変わってくるようで、
『思い』は人を、笑顔にも不安にもさせていく。『恋』する歌穂と、そして……
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