10 勘違いをする男 【10-4】

【10-4】

「へぇ……高野さんが?」

「そう、驚いちゃった。私ってそんなにトゲトゲしていたのかな。
自分では変わっているつもりはないけれど」


響子さんからもらった『プラネタリウム』のチケット。

仕事を終えた梶本君と待ち合わせをして、見ることになる。


「あ……始まります」

「うん」


360度、全てが星空になり、椅子の角度が変化した。

真っ暗な中にポツンと自分だけがいるような錯覚に、陥りそうになる。

空はどこまでも広く、果てしなくて……



私の手に、触れたぬくもり。

梶本君の手が、私の右手をそっと包んでいた。



たとえ空が果てしなく広くても、私はひとりではないのだと、

届くぬくもりの優しさに、そう感じることが出来た。



はるか昔、まだ優しかった父が、私を抱きあげてくれた時のような……

優しい気持ち……





「素敵だった」


梶本君と『プラネタリウム』を見た後、同じビルの中で食事をした。

食事ももちろん美味しかったけれど、その日のメインはやはり『星』。

ごく普通の感想だけれど、それしか言えないくらい感動していた。

梶本君も隣を歩きながら頷いてくれる。


「響子さんにお礼を言わないと」

「米森さんがですか? 言うのは俺でしょ」

「あ……そうか、そうよね」

「いいですよ、言ってくれても」


梶本君は、わざとそう言い出した。響子さんに私がお礼を言ったら、

二人で出かけたことがわかってしまう。


「いいません、もう、間違えただけです」


私は駅のホームに立ち、何気なく空を見た。

満天の星空とは、とても言えるような状態ではない。

街の明かりに、負けてしまっているのだろう。


「まぁ、綺麗な星空は無理よね。東京は明るいから」

「そうですね」


もっと田舎ならば、こぼれ落ちそうな星空を見ることが出来るだろうか。

そういえば、梶本君の実家はどこだろう。

私は両親が揃って東京育ちなので、田舎を知らない。


「ねぇ、梶本君のご実家はどこ?」

「実家? あぁ、両親のですか? 父親はあの川の向こうでしたけれど、
今はもう祖父母は埼玉の方へ行きました」

「あ、ごめん、ほら、お野菜をいただいたでしょ? あれは……」

「あぁ、母のですね。母は群馬です」


そういえば、家に泊めてもらったとき、そんな話を聞いた覚えたがあった。

お母さんのお兄さん夫婦に跡を継ぐ人がいないため、

梶本君のご両親が、農業を引き継いだ。


「群馬かぁ……」

「はい、駅なんかはるか遠くにある場所ですからね、
『プラネタリウム』に近い空は見えますよ」


梶本君に言われ、私は大学時代にスキー合宿したことを思い出した。

そういえば、あのときも、空には星がたくさん輝いていたはず。


「そうだ、そうだね……」


一緒に電車に乗り、同じ駅で降り、同じマンションを目指す。

いつもなら結構長い道のりも、あっという間だった。

梶本君がカギを出して、私も一緒に通っていく。

エレベーターがちょうど1階にあったので、それに二人で乗った。

扉が閉まり、グンと音をさせたエレベーターが3階へ向かい始める。


「米森さん……」


呼ばれて振り向いたとき、梶本君の顔が近付いた。

私は目を閉じ、その思いを受け止める。

梶本君の右手が、私を支え、触れた唇から、

伝えている思いは、すでに全てとも言えるくらいだった。

何も映っていなかった小さな窓に、3階の景色が映る。

それを合図にキスが終わり、扉が開いた。

互いに数秒前の熱を思い出し、少し照れくさく下を向く。


「今日はありがとう。楽しかった」

「はい……」


熱を持ったことで、互いに別れづらい気がしていた。

梶本君から受けたキスの余韻が、体中をかけめぐる。

それでもここは私が先に部屋へ向かわなければと思ったとき、

梶本君の右手に引き寄せられた。


「あ……」


体ごと抱き寄せられ、本能のままにキスをした。

『愛されている』と感じられることだけで、何もかもをさらけ出したくなる。

息をしなければ苦しくなることに気付き、触れた唇を外していく。



「……離したくなくて」



あなたの腕の中で、もっとあなたを感じたい……



私がそう思いながら梶本君の顔を見ると、後ろの方でドアの開く音がした。

私たちは慌てて体を離す。知らない人の視線が気になり、互いに頭を下げた。


「おやすみなさい」

「おやすみ……」


数メートル先にいた女性に『こんばんは』と声をかけられ、

私は軽く頭を下げた。あの人は今、出てきたのだから、

私たちのことには気付いていないはず。





扉を閉め、バッグを下ろしてからも、

もしかしたら、梶本君がノックしてくるかもしれないと、

しばらくクッションを抱えて座っていたが、そういうことにはならなかった。

どこかじらされているような感覚が、より一層、彼への思いを大きくさせる。



そうだった。

『愛する』ことは、こういうことだった。

何もかもがその人へ向かい、心の底から自分をさらけ出したくなる。

乱れている思いでも、全て感じとって欲しいと、そう願うこと。



私はクッションを抱きしめながら、わき起こる思いを封じ込めた。



【10-5】

心の変化に気がつくと、見えている景色も変わってくるようで、
『思い』は人を、笑顔にも不安にもさせていく。『恋』する歌穂と、そして……
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