11 愛に向き合う女 【11-6】

【11-6】

『東日本』と『成和』の合併から半年経ち、

慌しかった支店同士のやり取りも、一段落を迎えたと思っていたが、

予定通りにことが進まなかったのか、それとも一気に行けと指示があったのか、

隣の駅にある『寺道支店』の閉店がさらに決定する。


「米森さん、ご存じでしたか?」


その情報は、研修に出かけていた井上さんから、昼食の時間に披露された。

私は『知らなかった』と首を振る。


「それ、本当のこと?」

「……だと、思いますけれど」


本店での研修は、新人、2年目、5年目と組まれている。

扱う商品や金額も増えていくため、行員は基本的に全員受けることが義務になっていた。

井上さんは、『成和流』のやり方は初めてだったので、とまどったと言い、

あれこれ内容を語ってくれる。


「で……さらに情報なんですけど」

「何? また別の支店?」

「いえ、違います。副支店長のことです」


謙の情報。

『森口支店』から別支店への異動でも、決まったのだろうか。


「副支店長って、仕事が落ち着くまで単身赴任だって言われてましたけど、
本当はうまくいっていないんですか? 奥様と」


唐突な話だったが、

井上さんは本店で『粕谷部長』が、誰かと話しているのを聞いたと言い出した。



『粕谷部長』



私と謙が『神波支店』で働いていた頃の支店長。

この間、友人の結婚式でもそういえば彼の話題が出たっけ。


「粕谷部長って、研修担当だったの?」

「担当ではなかったですけれど、管理者研修の準備とかで、本店にいましたよ」

「へぇ……」


あの人なら、『東日本』で謙が働き、

そこから『成和』へ行った経緯も知っているはず。

自分の下で働かせていた優秀な部下が、

持っていた仕事を放り投げて、結果的に別の銀行に行ったのだから、

どちらかというと、謙をよく思っている上司ではないだろう。


「井上さん」

「はい」

「副支店長の話、噂話にはしない方がいいわよ」


銀行という場所は、噂が飛びやすい。

人事異動も多く、すぐに環境が変わってく。


「もちろんです。でも、『出世はしても、家族には恵まれない』とか何とか……」


梶本君との付き合いが始まり、謙のプライベートのことなど、

気にしなくなっていた。たとえ、井上さんの言うとおり、彼と奥さんが別れても、

それは私に関係することではない。


「副支店長、仕事がますます忙しいのに……」


井上さんの心配は、どこまで本気なのかわからないが、

私はそれから話題に乗ることをせずに、残りのお弁当を食べ終えた。





その週の金曜日、仕事を終え自宅へ向かう。

今日は寒くなってきたので、お鍋でもしようかと思いながら、

あれこれ材料を思い浮かべた。


「日本酒……かな」

「何に決めました?」

「お鍋……どう?」

「あ、いいですね」


同じような時間に銀行を出た梶本君と、一緒に食べる夕食について、

あれこれ語り合う。今までなら適当に買い込んで、適当に済ませていたのに、

考えることも、作ることも楽しくて仕方がない。


「あ、でも梶本君、明日の朝出かけるのでしょう。お酒はどう?」

「出かけるって実家ですよ」

「そうだけれど」


駅前のスーパーに二人で立ち寄り、カートにカゴを入れた。

野菜の場所から、魚、肉と売り場を移動する。

梶本君は、途中でどこかに消えては、また私の横に戻ってくる。

お鍋の材料を全て買い込み、最後に美味しそうなパンを、カゴに入れた。


「あ……これ、美味そう」

「でしょ」


野菜にお肉、重たいものを持つのは梶本君が担当。

お鍋の具はどんなものが好きか、ダシの味はどんなものが好きか、

そんなことを話しながら歩いていた時、梶本君が声を出して止まる。


「どうしたの?」

「すみません、俺、買い忘れていたものがあって」

「忘れ物?」


梶本君は毎日飲んでいる『野菜ジュース』を買い忘れたことを思いだし、

すぐに買って帰るので、先に部屋へ戻って欲しいと歩いてきた道を戻り出した。

1日くらい飲まなくてもと思うが、

同じことを繰り返すと落ちつくのは、私にもよくわかる。

私が先につけば、準備も始められる。

おなかもすいているだろうから、早く支度をしてあげないと。



梶本君と別れてから1、2分で、マンションの前に着いたが、

1台のタクシーが止まっていて、その後部座席から一人の女性が姿を見せた。

ご近所の方かと思い、何気なく顔を見たが、次の瞬間、私の足が動かなくなる。


「こんばんは」


タクシーから降りてきたのは、謙の奥さんだった。

どうしてここに来たのだろう。私は頭を下げ、挨拶をする。


「この週末、主人は大阪に出張だと言っていたけれど、どうなのか……」


そうだった。謙は昨日から『大阪』へ出張している。

帰ってくるのは土曜になるので、書類関係は全て、ケースにまとめられていた。


「そう、うかがっておりますが……」

「そんな言葉遣い、わざわざしなくても結構よ。
あなたとお会いするのは……いえ、あなたの姿をこの目にとらえるのは、
私、初めてじゃないから」


『森口支店』に挨拶のために来た時と、表情は明らかに違う、

『女』の意地というようなものが、私に向かってくる。



「あなたが米森歌穂さん……でしょ?」



ヘビに睨まれたカエルのように、私はその場を動けなくなった。



【12-1】

『恋』に振り回されたあの日も、
『恋』にほっとした今日も、どちらも私……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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これからもわくわくで

拍手コメントさん、こんばんは

>せっかくの楽しい雰囲気の中にと思いつつも、
 これから何がおこるのか、やはりわくわくします。

わくわくしてもらえて、嬉しいです。
幸せと不幸せは背中あわせのようなものですからね。
歌穂のこれからも、応援してください。