12 愛を見せる男 【12-1】

12 愛を見せる男


【12-1】

タクシーはマンションから離れた場所で待機するのか、少しバックをし始めた。

邪魔にならない場所を選ぶと、そこでライトを絞る。


「突然で申し訳ないけれど、宣言して来るものでもないと思いましたので」


その声に、私は視線をタクシーから奥さんの方へ戻す。





謙の奥さんは、私のことを知っていた。




でもこの間、銀行に挨拶に来た時には、顔を合わせた覚えがない。

だとすると……


「二度も人の相手を横取りしようとするなんて、
あなたの精神状態は、理解が出来ないわ」



『二度も……』



謙の奥さんは、昔、謙が心を揺らした相手が私だと言うことを知っていた。

当時も、顔を見たことなどなかったはずなのに。


「謙がどうもおかしいと思って調べたら、あなたのことがわかった。
『東日本銀行』の米森歌穂さん。一人暮らしをしていた彼の面倒を、
かいがいしく見てくれたそうね」


結婚する前、遠距離恋愛をしているはずの謙の様子がおかしいことに気付き、

こちらでの生活を調べていた。私と謙が歩く姿でも、どこかで見たのだろうか。

奥さんの強い目に、立場が悪い私は下を向く。


「主人が副支店長として戻ることも、知っていたのですか?
いい加減にしてください。主人を惑わすのはやめて……」


『惑わす』などと、言われたくはない。

確かに、謙が副支店長として『森口支店』の中に入り、あの懐かしい声を聞いた時には、

体中の神経が反応していた気がするけれど、

でも、私は、責められるような線を越えてはいない。


「惑わしてなんていません」

「何を言っているのよ、あなたでしょ、
あなたが謙に、私と別れて欲しいとでも言ったのでしょ」

「違います」

「違う? なら、どうして……」


どうしてと聞かれても、別れて欲しいなど、私は頼んだ覚えはない。

私がその理由だと叫ばれても、その事実などないのだから。

うまくいかなくなったことを、八つ当たりされるのは、納得がいかない。


「副支店長とお話し合いをしてください。私がからんでいないことは、
聞いていただけはわかるはずです」

「『やり直したい』って、彼はそう言った。自分の人生をやり直したいって。
やり直しにふさわしい人がいるのかと聞いたら、彼は黙ったまま何も言わなかった。
いないのなら、いないと言うでしょう」


どうして、私はこんなところで責められるのだろう。

私は本当に、何もしていない。

ご近所の目もあるし、真実でないことなのだから気分も悪い。

『離婚』を言い出したのは謙であって、今のことは二人で話し合えば済むはずなのに。

過去のことまで持ち出されて怒られても、私にはどうすることも出来ない。

互いに目をあわせず、黙ったままになってしまった。


どうにかして中に入って行きたいけれど、奥さんの方が扉に近いために、

突き飛ばすわけにもいかない。


「あなただって、いい年齢になっているのでしょうに……」

「米森さん……」


忘れ物を買いに行った梶本君が、戻って来てしまった。

梶本君は、謙の奥さんを知っていたようで、その場で頭を下げている。


「先日は……」

「あ、いえ……」


謙の奥さんは、ここで別の行員と顔をあわせるとは思っていなかったようで、

梶本君と私の顔を、視線が行ったり来たりする。

これでわかってもらえるだろうか。私が謙を惑わしたわけではないことも。


「どうしたんですか? 何かありましたか」


どうしたのかと聞かれて、私も奥さんもここで語れる内容ではなかった。

謙の奥さんは、今まで威勢のいい言葉をぶつけていたのに、

急にトーンが下がってしまう。

このままいけば、来年の春にも謙は支店長になる。

部下である行員に、妻としてみっともないところは見せられない。


「とにかく、人のものを平気で盗もうとする、
ずうずうしいあなたの思い通りにはなりませんから」


奥さんは、捨て台詞のような言葉を残し、待たせていたタクシーに乗ると、

嵐のように消えていった。

タクシーの排気ガスの匂いが、だんだんと薄くなる。



そして曲がり角で消えてしまった。



あの人はそれでいいかもしれない。

謙を責め、文句を言い、自分のテリトリーへ帰ることが出来るのだから。


「米森さん……」


私は、身勝手なあなたのせいで、一番知られたくない人に、

話したくないことを話さなければならない。

正直で明るく笑う、彼の前で。


「どうして副支店長の奥様がここへ……」

「うん」

「話はよくわからなかったのですが、責められてましたよね。
何があったのですか?」


過去のことを、今さら悔やんでも仕方がない。

当時はそれが一番自分に必要だと、そう思い疑わなかった。

二人で中へ入り、エレベーターに乗っていく。

梶本君は、あたたかいぬくもりがすぐそばにあるのだと、

無言になった私を、両手で抱き寄せてくれた。



【12-2】

実る『恋』もあれば、終わる『恋』もある。
歌穂は一歩ずつ前に進み、『時』を見つめ直すことに……
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