12 愛を見せる男 【12-2】

【12-2】

「ごめんね心配かけて。後からきちんと話すから」

「はい……」


そう、ためらうことなく全てを話そう。

間違いなく私は、今あなたを見つめている。

彼が離婚しようが、一人になろうが、もう、過去には戻らない。

今なら戻らないと、宣言できる。


あれだけこだわっていた彼のぬくもりも、気付けば思い出すこともなくなっていて、

私は目の前の幸せに、心を落ちつかせているのだから。



私は……

彼にウソだけはつきたくない。



私の部屋へ二人で入り、お鍋の準備をした。

包丁を持ち材料を刻むが、ネギが半分くらいになったとき、止まってしまった。

このまま心に抱えたまま、笑って食事など出来そうもない。

どんな反応をされるかわからないが、先に話しておくべきではないだろうか。


「ねぇ、今話をしてもいい?」

「俺はいいですけど、米森さん……」

「いいの。なんだか話してしまわないと、食事も喉を通らない気がして」


私は梶本君に、謙との過去を全て語ることにした。

隠していることが何かの拍子でバレてしまったら、逆に誤解を生む気がした。

とんでもない女だと思われたら、それはそれで仕方がない。

過去も今も、私には違わないのだから。


「『東日本銀行』に入って、右も左もよくわからない頃、
有働副支店長は私の先輩だった。窓口業務をフォローしてくれる立場だったから、
クセのあるお客様が難題をふっかけてくれば、すぐに対応してくれたし、
梶本君もわかるだろうけれど、昔から仕事ができる人だったから、
後輩からも、同僚からも信頼が大きかった」


謙は、あの当時、行員の誰よりも光って見えた。

自分に自信を持ち、仕事に妥協をせず、

かといって、周りに押し付けるようなこともしない。

この間、法人課の熊沢課長が言っていたように、的確な判断が出来、行動も素早かった。


「1年もしないうちに有働副支店長の方が別支店へ異動になったけれど、
それから数年経って、また別の支店で再会した。年齢は私より5つ上で、
始めは本当に頼りになる先輩だと思っていたのに、それがいつの間にか……」


そう、いつの間にか、私は彼自身を好きになっていた。

今の若い行員たちのように、飲み会へ出かければ、

どうにかして話せるチャンスを作ろうと思い、そばにいられる時間を持ちたいと思った。


「一人の男性として、好きになっていたの。彼のためにお弁当を作ったり、
休みの日には、一緒に出かけたりもした」


美味しいと褒めてくれた『玉子焼き』。

公園のベンチで広げ、二人で食べたこともあった。


「でもね、当時、有働副支店長には遠距離恋愛をしている彼女がいたの。
途中でそれに気付いて、私も気持ちを抑えようとしたけれど、出来なかった。
一緒にいれば、そばにいればきっと、最後は私を選んでくれるだろうと願ったまま、
彼と会いつづけた……」


約束のない期待。

それでも、会えるだけで、触れるだけで幸せだった。


「その彼女というのが、今の奥さん」


私は、あの人に勝つことが出来なかった。

身体だけはそばにあったのに、心まで奪うことが出来なかった。


「有働副支店長は『成和銀行』に引き抜かれたのよ。一応、『東日本』を辞めて、
『成和』に再就職したことにはなっているけれど、実際には引き抜かれたの。
そんな日が突然やってきて、私は、残されてしまった」


彼にとっては、『東京』にいるときだけのキープ。

結局は、そんなところだったのだと、今では思えてくる。

謙は、私と別れてから、半年ほどで今の奥さんと結婚した。


「知られていなかったと思っていたのにね、気付いていたんだって、
相手が私だったこと。で、今回、『東日本』と『成和』が合併して、
有働さんが副支店長としてやってきた『森口支店』に私がいた。
離婚の話が持ち上がる中で、行員として私がいることを知った奥さんが、
原因はあなたではないのかって、そう言ってきた……これが全部」


話している間中、梶本君からは何も言葉が出てこなかった。

表情で心を読み取ろうとするが、話す前と今で変わっているようには思えない。


人の彼だとわかっていながら、『恋愛』に走った私に対して、

呆れているのだろうか。謙が副支店長として目の前にいるのだから、

同じ行員として働いている梶本君には、話したくなかったことなのに。



それも、過去の私が悪いからなのだろうか。



「ごめんね、こんな話を聞かせることになって」

「いえ……」


わかっている。誰だって過去のことなど聞きたくないし、話したくもない。

でも、正直で優しいあなただから、私は……


「梶本君だから……」

「はい」

「あなたに、ウソはつけないから……」


ウソをついて、この場を繕ってみても、きっと見抜かれてしまう。

だらしがなくても、人に非難されようとも、これもあれも私自身。


「米森さん」

「何?」

「一つだけ聞きますね」

「うん」

「米森さんの気持ちは、今、俺に向かってますよね」

「うん……」

「有働副支店長を見ていても、過去に戻りたいとは思いませんよね」

「うん……」


梶本君を好きになっていたことに気付いてからは、

謙への思いに揺れたことなど1度もない。

それはウソでも強がりでもなく、本当のことだから。

私は自信をもって、しっかりと頷き返す。


「だったら、俺はそれを信じます。もう、話はわかりましたから。
鍋、作りましょう」

「梶本君……」

「誰にだって、傷ついた思い出くらいありますよ。
副支店長の奥様にも、きっとわかってもらえます。
きちんとしていれば責められるようなことはないんですから」


梶本君は、そういうと食器戸棚からお皿を出したり、グラスを出したりし始めた。

私ももう一度包丁を握り、ネギを持つ。


「ありがとう」

「いえ……」


まっすぐで優しくて、それでいて強い人。

梶本君への思いは、また一つ深くなる。

ふたたび、ネギを刻みだすと、背中越しから梶本君の腕が、そっと私を包んでくれた。



【12-3】

実る『恋』もあれば、終わる『恋』もある。
歌穂は一歩ずつ前に進み、『時』を見つめ直すことに……
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