13 騙される女 【13-3】

【13-3】

「ごちそうさま、片付ける」

「いいから……」


玄関前で迎えてくれた時のキスから、そう、時間は結構経っている。

互いの話を済ませ、エンジンをかけたとき私が止めてしまったのだ。

ここは……



逆らえない。



スカートの内側に、彼の手が入り込む。

首筋に落とすキスの熱に、私は冷静ではいられなくなっていた。

顔を彼の方に向け、誘うように手を首に回す。

彼の腕は私を支え、上着のボタンを外してくれた。

隔てるものがなくなっていく度、互いに吐き出す息は荒さを増していく。

胸元に唇がさまよい、私はその心地よさに、思わず声を上げた。


「……運んで」


あなたを愛したい、そして愛されたい。

梶本君は私を膝の上に乗せ立ち上がると、そのままベッドへ移動させる。

頭の下にあった枕から、彼を感じ、私は腕を下に回す。

たったこれだけで、私の身体から、思いはあふれてしまう。


互いに触れ合いながら、唇を合わせ続け、気持ちの高ぶりを探っていく。

彼の左足が、私の脚を横へと開かせた。

抑えている腕の向こう側が見えないのに、その刺激だけは強く響いてくる。

乱されていることが、酔わされていることが何よりも嬉しくて、

私は彼の腕をつかみ、ひとつになることをねだった。





梶本君に言われた通り、それから彼は週末になると、群馬の実家に戻ることが続いた。

季節は秋からしっかりと冬になり、そろそろ街にはクリスマスの色も見え始める。

二人で出かけることが出来ないのは寂しいけれど、

それでも、隣同士に住んでいるので、会えないことの不自由さは感じない。



そう思っていた日、突然、私の携帯電話が鳴った。


「はい」

「歌穂か」

「はい……」


電話の相手は父で、母が2階から階段を滑り落ち、右足を捻挫したという話だった。

もちろん入院し、退院するのだが、買い物や家事をこなすことは出来ない。

強がりで大丈夫だを繰り返す母に何も言わず、私は実家に戻った。


「ごめんね、歌穂」

「本当よ、ここから銀行に通うの、いつもの倍時間がかかるんだから」

「うん……」


傷ついた母を、一人にしておくことは、さすがに出来なかった。

あの父も気になるのか、珍しく毎日家に戻ってくる。

予想外の出来事が、予想外に家族を集めるきっかけに貢献した。


「あぁ、もっと細かく切って」

「もっと? 結構細かいと思うけれど」

「ダメよ、ここで手を抜くと、臭みが残るんだから」


台所に立つ娘に、あれこれ指導する母。

梶本君が週末に出かけ、私は平日もこうして実家に戻っている。

『いつでも会える』が『なかなか会えない』に代わり、

その分『会いたい』という気持ちを抑えながら送る日々は、思いだけを募らせた。





「米森さん、これ、お願いします」

「はい」


『会える』のは、職場だけになった。

私は仕事をしながら、同じフロアで動く彼を目で追っていく。

書類を見ていた梶本君の視線が、自然と上に向かう。

見ていたことを気付かれたくなくて、私はPC画面を見た。

『合併』そして『再編』を乗り越えた『森口支店』は、

さらに強くなろうとする行員たちにより、新しい形を作りつつあった。





「うわぁ、見て、これ、一般公募だって」

「あ、本当だ」


いつもの昼休み。先に休憩に入った高野さんと井上さんが、

雑誌を広げて何やら談義を続けている。

今まで女性ものの洋服を手がけてきたトップブランドが、

来年の秋から紳士ものに乗り出すことが決まり、

その専属モデルが数名、一般公募で選ばれると、その告知が雑誌に乗っているらしい。


「今まで、どこのCMにも出ていない、色のない人だって」

「ミスターも応募する人がいるらしいって」


ミスターとは、大学で行われる『ミスターコンテスト』のことだ。

『北大』で優勝した梶本君のことを、ふと思い出す。


「ねぇ、梶本君、銀行なんて辞めてさ、華やかな世界に出戻ればいいのにね」

「は? 梶本君?」


突然そう言い出したのは井上さんだった。

彼なら、背も高いし、以前モデルの経験もあるのだからと、勝手な後押しをする。

高野さんは年齢がもう26になっているからどうなのかなと、

こちらも勝手に悩みだす。


「だってさ、『Rioni』って、結構、OLに人気のあるブランドだし、
スーツを着せるわけでしょ? 年齢は高めでいいんじゃないの?
『君をエスコート』だよ」


『Rioni』

確かに、学生が着る服装と言うよりも、社会に出た女性をターゲットにしていた。

銀座などにも確か、店を構えていたはず。

本店はイタリア。本物志向の女性から指示を受けているので、

女優さんも『Rioni』の服を選ぶようになると、一つ段階をあげると聞いたことがあった。


「銀行で、年金貯蓄のあれこれをご年配の方にお勧めするようなことより、
絶対にお金になるし、彼ならやれるのにもったいないよ」

「あはは……そうかもね、そういえば」


梶本君はたいしたことがないと謙遜したけれど、二人の会話を聞いていたら、

その頃の姿が気になった。



【13-4】

幸せの中にいるからこそ、一歩をしっかりと踏みしめたい。
穏やかな日々の中に、小さな、小さな疑問符が一つ……
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