13 騙される女 【13-4】

【13-4】

私の知らない彼の姿。




「米森さんはどう思います? 年上の女性から見た、梶本君って……」


高野さんは、そういうと私に話を振ってきた。

私は、梶本君のモデル時代も知らないから、なんとも言えないといっておく。


「あれ? 見せたことないですか? あ……ちょっと待ってください。
まだありますから」


高野さんは更衣室へ向かうと、

自分のバッグの中から1枚のモノクロの記事を持ってきた。

それはとあるファッション雑誌で特集された、新人モデルのページ。


「これです、ほら、これ」


1ページに3人のモデルさんがポーズを取る。真ん中に立っているのが梶本君だった。

確かに、髪型の違いだろうか、顔ももっと小さく見えるし、

足を組んでいるからか、長く見える。


「今、髪も黒にしているでしょ、だからあまり想像つかないんですけど。
これですよ、梶本君。結構人気あったんです、
だからここで会って、もう、メチャクチャビックリしたんですから」

「へぇ……」


高野さんは、以前これを梶本君に見せたら、あやうくちぎられそうになったのだと、

エピソードを語ってくれた。


「ちぎられそうになったの?」

「そうなんです。こういう自分を職場の人に見せるのは嫌だって」


確かに、過ぎ去ったことをあれこれ穿り返されるのは、

私も好きだとは言えない。


「銀行にいるか、モデルをするか、それは梶本君が選んだことだから」


二人の勝手な話が終わりを告げるように、

私はあえて盛り上げるようなことは言わなかった。





「あの記事を見せられた」

「うん……素敵だったわよ、梶本君」

「いいですよ、無理に言わなくても」

「無理じゃなくて、本当だけど」


その日は金曜日、これから実家に戻る梶本君と、一緒に食事をすることになった。

母はずいぶん回復し、家の中なら少しずつ動くことが出来ている。

街のイルミネーションは、すっかりクリスマスになっていて、

その日を盛り上げるために、精一杯輝いていた。


「高野さんと井上さんが、『Rioni』のモデル公募に応募したらいいのにって……」


何気なく言ったことだった。冗談だとわかっているからこそ、告げているのに、

梶本君は明らかに嫌な顔をする。


「どう? ご実家の方は……」


梶本君の表情は、あまりいいものではなかったので、話を変えるつもりだったが、

重そうな顔つきは変わらない。

私も、家族のことをあれこれ聞かれることは好きではないので、

それ以上は語るまいと言葉を止める。

カップを持ち上げて、コーヒーを口に含んだ。


「すみません、心配だけかけて、あまり語れなくて」

「いいの、そんなこと。それぞれ家庭には事情があって当たり前だし、
ただ……行ったり来たりの生活を続けている梶本君の体が、
気になっているだけだから」


実家に戻るのだと言っても、楽をするために戻るわけではない以上、

気も張っているだろうし、疲れも取れないような気がした。

緊張の糸がどこかで切れてしまわないかと、心配になる。


「米森さん」

「何?」

「どうして銀行に就職したんですか?」

「エ……どうしたの? 急に」

「いや、聞いてみたくて」


どうして銀行に就職したのか、あの当時、それほどあれこれ考えてはいなかった。

窮屈な家庭から出るためには、誰もが納得する企業に入り、

一人暮らしをする資金を得ること。確か考えていたことは、これだけのような気がする。


「ごめん、たいした理由もなくて」

「いえ、そうですよね、普通」


いつも思っていることはしっかりと告げてくれる梶本君の、

どこか煮え切らないような言葉が、気になってしまう。

隠し事があるのなら聞きだしたいけれど、

それが全て救い出すことになるわけではないことも、私はわかっていた。

聞いても、どうしようもないこともある。

聞かせてしまって申し訳ないと思わせるようでは、逆効果。


「ねぇ……」

「はい」

「向こうに戻っていても、いつでも電話してくれていいし、
何時でもメールしてくれていいからね。
逆に、話したくないのなら、無理に話そうとしなくてもいいの。
梶本君の悩みに、私が関われないこともあると思う。
でも……心の奥では、いつもつながっていたい、それだけはわかっていて」


それぞれの家庭の事情を、全て飲み込むことは出来ない。

でも、二人の気持ちだけは、離れずにいたい。


「はい……」


二人で色々な話をして、小さなケーキを食べる。

時計は夜の8時になろうとしていた。

会計を済ませ店を出ると、駅へ向かって歩き出す。

実家に戻る梶本君が駅に向かいやすいように、始めから近いビルを選んでいた。


「それじゃ……」

「待って……」

「何?」

「もう少し、一緒にいてください」


梶本君はそういうと、私の腕を強く引いた。

私はその動きに遅れまいと、足を前へ出していく。


「このまま、帰らないで……」


梶本君は、曲がり角までくると、私の体を引き寄せた。

非常階段へ向かう踊り場には、誰もいない。

ただ息をしているだけなのに、苦しくなるくらいの熱を、

お互いの目に感じてしまう。


「……部屋……どこかに取りますから」


駅のそばにある『ステーションホテル』。私たちはそこへ飛び込んだ。

梶本君の強い誘いのまま、私はエレベーターに乗る。


「電車は間に合うの?」

「大丈夫です。各駅なら、11時少し前まであります」


また会えるのだから、無理をしなくてもと思う気持ちは、

彼の切なそうな顔の前で、あらわすことが出来なかった。

悩みを聞くことよりも、肌を合わせることの方が彼を助けるのなら、

私はそれに従い、精一杯応えてあげるべきだと、そう思えた。

あまり広くない、飾りもなにもない駅近くのホテルで、

私たちは本能のまま抱き合っていく。

隠すことなく声をあげて、彼を求め続ける。

壊されそうなくらい愛された後、私は彼を精一杯抱きしめた。



【13-5】

幸せの中にいるからこそ、一歩をしっかりと踏みしめたい。
穏やかな日々の中に、小さな、小さな疑問符が一つ……
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