13 騙される女 【13-5】

【13-5】

「それじゃ、気をつけて」

「梶本君こそ、こんなに遅い時間になってしまって」

「いいんです、そうしたかったのだから」


私達は駅の中で別れると、それぞれの方向へ歩き出した。

梶本君は8番線、私は1番線になる。

歩き出し人の波に紛れ、つなぐ人のいなくなった手を、何気なくポケットに入れた。

そこに、1枚のカードがあり、私は少し前のことを思い出す。


ホテルの料金を払うとき、梶本君が出したカード。

梶本君は、携帯が鳴り出したためフロントを離れ、

そのかわり、私が戻されたカードを受け取った。


「やだ、返さなくちゃ」


すぐに振り向くと、梶本君はまだ間に合うくらい先を歩いていたので、

私はその後ろ姿を見ながら、追いかける。

実家に戻って、カードを使う用事でもあったら困るのは彼。

人とぶつかりそうになりながら、距離を縮めた時、梶本君は8番線の階段を素通りした。

場所を間違えているのだろうかと思っていたが、

最後の9番線の階段も、そのまま通りすぎ、駅から出て行ってしまう。


私は、携帯を開き時間を確認する。

都心を走る電車はまだあるけれど、長い距離を走る電車は、終わりになる時間だ。


私は手を伸ばせば届きそうな梶本君を見つめながら、

声をかけることなく、後ろを着いていくことになり、少しずつ不安が膨らんだ。

電車に乗ると言っていたのに、どこへ行くのだろう。

忘れ物でもあったのなら、もっと慌しく動くだろうし、

深夜バスにでも乗るつもりなのなら、最初からそう話してくれるはずなのに。


駅を出てから彼が向かったのは、タクシーが並ぶ場所だった。

まさかタクシーで戻るのだろうか。



東京から群馬



普通ならば考えられない。

梶本君は、タクシーの前を通り過ぎ、さらに1本先の道に向かった。

そして、道路の端に立つと動きを止める。

そこに走ってきたのは、1台の黒い車だった。

彼の前に止まると、後部座席から、一人の女性が姿を見せる。

真っ白いコートに身を包んだ女性は、梶本君に抱きつき、嬉しそうに顔を上げた。

梶本君は、その行動を嫌がることなく受け入れているように思えてしまう。




目の前で起きていることの事実を、私はどう受け止めたらいいのだろう。




梶本君は、その人の頭を軽く叩き、一緒に後部座席へ乗り込んでいく。

運転しているのは誰なのかわからなかったが、その車はすぐに走りだした。



話したくないのなら、無理に話すことはないと、

私は確かに言ったけれど……



実家に帰ると言ったのは、梶本君だったはず。

遅い時間でも電車があると言ったのは、彼だったはず。

あの車に乗って、あの女性と一緒に消えていく意味は、どこにあるのだろう。



まさかとは思うけれど、あり得ないと思うけれど、

私はまた……騙されているのだろうか。




『精一杯、愛している』人に。




行き先のわからない車を追いかけることは出来ず、

彼のカードを持ったまま、私は1番線へ戻った。

実家へ向かう電車の中で、冷静に思い返してみる。

そう考えると、今日の梶本君は、何かに追われていると思えるくらいだった。

いつもなら、優しく視線を合わせてくれるのに、今日はあまり合わずに、

何か別のことを考えているような、そんな気さえした。

重なる身体を抱きしめながら、どこか不安で、私は何度も彼に口づけた。


それは、この予感だったのかもしれない。

何かがどこかで動いているという、嫌な予感。


携帯を開き、どういうことなのかと途中まで文章を打っていたが、

顔を見て話すべきだと考えを変え、『カードを持っている』ことの内容だけにする。



『ごめん、カード渡しそびれてしまったの。私が持っているから』



送信ボタンを押すはずの指が、勝手に動き出す。



『電車、間に合った?』



どういう返事をもらうことになろうとも、結局、ため息をつくだけなのに、

私は我慢できずに、送信ボタンを押してしまう。

携帯を閉じ、電車の揺れに身を任せていると、数分後に梶本君から返信が届いた。



『乗れました。安心してください。日曜日はそんなに遅くならないはずです』



あなたが私に、ウソをつく理由。

知らなくてはならないかと思うと、不安ばかりが膨らんだ。





次の日の土曜日。私は気分転換になるかもしれないと思い、

実家の近くに出来た美容院へ出かけた。待っている間、何気なく週刊誌を取る。

見開きの広告があり、一人の女性が、少し口を尖らせるポーズで、

商品の宣伝をしていた。



『うるつやリップ』



そう、以前、井上さんがこのモデルさんと梶本君がタクシー通勤していたと、

話したことがあった。梶本君は昔世話になっていた事務所の後輩で、

特別な間柄ではないと言っていたけれど、この髪型と雰囲気から、

昨日の女性が彼女ではないかという思いが、膨らんでいく。

昨日見かけた車は、タクシーではなかった。

だとすると、運転していたのは、事務所の関係者なのだろうか。

かわいらしく片目をつむり、アピールするようなモデルの顔が、

私のことを軽く見ているような気がして、誌面を閉じた。



【13-6】

幸せの中にいるからこそ、一歩をしっかりと踏みしめたい。
穏やかな日々の中に、小さな、小さな疑問符が一つ……
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コメント

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さて、どうなる

拍手コメントさん、こんばんは

>歌穂はまた同じ恋をしてしまうのでしょうか。
 急展開でドキドキしながら読み進めました。

ありがとうございます。
梶本と歌穂が心を通わせていった様子を、しばらく追っていたので、
今回の展開に驚いた方も多いかな……と。

梶本が歌穂に見せていなかったもの

それがどういうことなのか、続きでお楽しみください。

コメントありがとうございます。とっても励みになります!