14 隠し事をする男 【14-4】

【14-4】

『リジュームプロダクション チーフマネージャー 工藤真弓』



「あの……」

「梶本圭をご存知ですよね」

「……はい」


プロダクションの名刺の名前と、押しの強そうな女性の登場に、

何を聞いたわけでもないのに、私はこの人が誰であるのか、すぐに理解した。


私が梶本君を追った日。

あの黒い車を運転していた人、確か工藤さんという名前が、彼から出ていた。


『もっと複雑な事情』という謙が残した言葉が、

押し込めていたはずの底から這い上がってきて、息が苦しくなる。


「大事なお話があります。どうかこのまま私とタクシーに乗ってください」

「いえ……でも……」

「話はすぐに終わります。申し訳ないですがあまり時間がないのです。もう……」


工藤さんの言葉に、私は従うことしか出来なかった。

知らない人とタクシーに乗ることなど、避けたかったが、

『梶本君』と名前を出されて、無視して走ることが出来なかった。

すでに曲がり角に用意されていたタクシーは、私たちを乗せ、どこかへ向かっていく。


「ごめんなさい、強引な誘い方をして。でも、あなたに直接話をするしかないと、
社長とも結論を出しました」

「はい……」

「梶本に話をしろと何度も言ったのですが、全く進展しないまま、年末になります」


バックミラーに映る『森口支店』が、どんどんと遠ざかっていく。

戻れない迷路の中に連れ込まれたような複雑な思いが、私の心を支配した。


工藤さんというマネージャーの方は、それ以上何も言わないまま、

黙って前を向いていた。





年齢は、私よりも少し上だろう。

いかにも厳しそうで、しっかりとしている印象が持てた。

タクシーで到着した店では、一番奥の個室に通される。

今から話す内容が、単純な話ではないことがわかる気がした。


「どうぞ」

「はい」


何を言われるのだろう。

私は、それを了承しなければ、ならないのだろうか。


「米森さんもお忙しいでしょうから、さっそく本題に移らせていただきます」

「はい」


余計な世間話など必要はない。

聞かなければならないことだけを聞いて、すぐにこの場を出て行きたい。


「梶本から、実家の事情は聞いていますか」

「はい」

「どこまで……」

「どこまで?」

「はい。どこまで梶本は話をしていますか」


工藤さんの問いかけに、私は梶本君から聞いていた話の全てを語った。

伯父さんの借金のこと、それを返済するために銀行を辞めること、

工藤さんは最後まで聞き続けてくれた後、大きくため息をつく。


「やはりそうだと思っていました。
それでは、本当のことは何も伝わっていないようですね」

「本当のこと?」

「はい、梶本の抱えている事情は、もっと大きいものです」



『あいつの抱えている問題は、簡単なものではない』



頭の中が、謙が残したセリフに支配され、どんどん思考回路がさび付いていく。

嫌な雰囲気が、この場の空気を重たく変えた。

工藤さんは、ここからはまだ正式な発表ではないので、

絶対に口外しないで欲しいと念を押し、私には全てを話す必要があるのでと語りだした。

梶本君から聞いていたように、伯父さんが借金を作った事実は間違っていなかったが、

金額はもっと大きく、『1000万円くらい』になるという。


「1000万」

「はい。もう、数年前から問題があったそうです。梶本の親もそれを隠していましたが、
現実は隠し通せるものではなくなってしまって……」


梶本君は、大学時代にバイト感覚でしたモデルの事務所社長に、

銀行に入ってからも、熱心に戻ってくるように言われていた。

そんな話も、私は初めて耳にする。


「梶本の実家の事情が『東日本成和銀行』側に伝わりまして、
合併などで人員整理を考えていた幹部側から、『退職』を突きつけられていたこともあり、
梶本の方から、仕事をさせてもらえないかという連絡が入ったのが、9月のことです」


梶本君は、自分から銀行を辞めるわけではなくて、銀行側から退職を迫られていた。


「社長に、借金の肩代わりをと頼みに来ましたが、
うちとしても、全てを受け持つわけにはいきません。
仕事をする代わりに、なんとか実家を残す方向へ話を進めていましたが、
そこに大きなチャンスが舞い込みまして……」


梶本君の実家が持つ土地を、ある程度処分し、

それでも残る金額を肩代わりしようとしていた社長のところに、

舞い込んだ大きなチャンス。


「『Rioni』の専属モデルの話が、事務所に来ました」


『Rioni』

そういえば、高野さんと井上さんが、話していた。

一般公募で専属モデルを探すという話題。


「『Rioni』はご存知の通り、イタリアを拠点とした一流ブランドです。
女性のブランドというイメージが強いでしょうが、今は男性のものにも力を入れています。
その『Rioni Tokyo』のチーフプロデューサーである片桐さんが、
梶本を日本代表のモデルとして専属契約出来ないかと、名だしされまして」


梶本君が、『Rioni』の専属モデル。


「片桐さんは、アジアの展開も任されることが決まりました。
梶本が大学時代モデルをしていた時も、高い評価をしてくれていた方です。
その後、活動をやめ銀行に就職したことも、もちろん知っています。
しかし、『Rioni』側が、元々他の色がない人を探していたこともあるので、
ぜひと声がかかりました」


全責任を持つプロデューサーが、

学生モデルだった頃から、梶本君に目をつけていた。

名だしで出てくるということは、ほぼ決まっているということ。


「梶本には運があると、社長も喜び、すぐに話を本人に振りました。
もちろん梶本も納得し、来年2月には正式に契約をという話まで進んでいます。
『Rioni』の専属モデルとして動けるのなら、契約料もありますし、
その後の仕事が広がることを考えても、実家の土地を全て残すことも可能になります」


だからだった。

梶本君は、銀行を辞めることで、土地も残せるのだと、自信を持っていた。

私はそんなに簡単なことではないと思っていたけれど、こういう話が動いていたから、

だから言い切れた。


「あの……モデルは一般公募だと、何かの記事で」

「はい、マスコミ的にはそうなっていますが、梶本がOKを出せば、
メインは彼で決まります。他にも数名選ばれますので、
それを選考することになるでしょう」


私の知らない世界の話だけに、スケールが大きくてよくわからない部分もあるが、

それが本当のことなら、梶本君が土地を処分すると言った話と、結びつかなくなる。


「でもこの間、梶本君は、土地を諦めると……」

「はい。いざ、契約書にサインという段階になり、梶本はNGを出しました」

「NG? それはやらないということですか」

「そうです。『Rioni』側からは、期限は2月の10日。
それ以上は待てないと言われています」


実家が救えることに、乗り気だった梶本君が、どうしてNGを出したのだろう。


「なぜ……話が進まないのですか」

「梶本が条件を飲まないからです」

「条件……」


トップブランドの専属モデル。

海外に何度も行き、生活すること。イメージを損ねないように、

普段から色々と気をつかうのだろう。

梶本君がNGを出した条件、そして私がここにいる意味、

それがつながっていく気がしてしまう。




「ここまで話をすればおわかりですよね。
あなたと別れること……いえ、女性の影があるのでは困る。
とにかく、プライベートに関する項目が、数十項目ありました。
それを全てのむこと、それが『Rioni』の出してきた条件です」




工藤さんは、ものすごく重い話しをあっさりと言い切り、コーヒーを一口飲んだ。



【14-5】

男のプライドと女の意地。
歌穂の恋模様は、あらたな絵を描いていくことに……
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