15 迷い続ける女 【15-6】

【15-6】

次の日、仕事を終えた後、私は休憩室でコーヒーを飲んだ。

何もない金曜日、行員はほとんどが帰宅してしまって、休憩室にも誰もいない。

部屋の明かりを見上げ、圭がいないとほっとするような気もした。

一緒にいると嬉しいのに、どこかでいなくなることを考えてしまう。

事務所での打ち合わせが色々とあるとは聞いていたが、

あの工藤さんは、それから何も言ってこない。

圭が嫌だと言ったことを、受け入れたのだろうか。


「おや、米森さん、まだ残ってたの?」

「あ……熊沢課長、お疲れ様です」

「お疲れ」


法人課の熊沢課長、定年近い人だけれど、明るくて話しやすい。

熊沢課長はコーヒーをカップに入れ、立って飲み始める。


「課長、ここへ座ってください」

「いやいや、僕は立って飲むのが好きでね。家でも家内におかしいと指摘されるけど、
それが一番落ち着くのだから仕方がないよな」

「そうなんですか」


熊沢課長は、金曜日なのに早く帰らないのかと言った後、

余計なことだなと、自分の頭をポンと叩いた。

私はいいですよと、首を振る。


「自分の部屋に戻るのが、なんだか嫌になってしまって……」


考えないとならないことが押し寄せてくるようで、どこか避けているのかもしれない。

熊沢課長は、若いのに何を言っているんだと笑い出す。


「あ、そういえば有働副支店長が同じことを言っていたな。
そう今、米森さんが座っているその席で、同じようにコーヒーを飲んで」

「……副支店長が?」

「あぁ……梶本を残してやれなかったことを、後悔していた」


謙が圭を、残そうとしていた。

思いがけない話に、私はカップを両手で握る。


「梶本は人当たりもいいし、正直な性格だから、お客様にも信頼されていただろ。
家族のトラブルがあったらしいけれど、それに余るくらい銀行に貢献できると、
相当強く言ってきたようだが……時期が悪かった。
本店の人事は、最初から退社としてしか、見ていなかったんだ。
今は、とにかく揚げ足を取ってでも、辞めさせようと言う雰囲気があるからね」


謙が庇っていたとは、全然思わなかった。

私が事情を知るもっと前から、謙は圭の危うさを知っていたのだろう。


「旧『東日本』側には、有働副支店長をよく思っていないやつも多いだろうに、
あの人はみかけより、熱い人だね」


熊沢課長はそういうと、コーヒーを飲み干した。

私は自分の気持ちが定まらないことにイライラし、謙にぶつけてしまった言葉を、

あれこれ思い出す。


「よし、充電完了だ。もうひと頑張りして帰るぞ。それじゃぁね、米森さん」

「あ……はい」


熊沢課長はカップを片付けると、また法人課へ戻っていった。

3月の年度末を前に、企業の借り入れの相談も増えている。

同じ銀行でも、忙しい時期がそれぞれ違っていた。



『梶本を残してやれなかったことを、後悔していた』



謙にも、彼なりの苦しさがあったのだと、私は残りのコーヒーを飲みながら、

じっと考え続けた。





帰りの電車に揺られながらも、私は心に何かつかえている気がして、

落ち着くことが出来なかった。謙が圭を庇っていたことなど、何も知らずに、

ただ冷酷な上司だと、言葉をぶつけ続けた。

謙にも立場がある。

それすらもわからず、言いたいことを言い続けた自分が一番幼く醜い気がして、

駅で降りると私は携帯を取り出し、番号を回していた。


「もしもし……」

『はい……』

「ごめんなさい、急に電話をして、米森です」


携帯のアドレスが変わらないことを知ってから、電話をかけることは一度もなかった。

どこかに線を引くべきだと決め、メールだけのやり取りで済ませてきたけれど、

今日だけはそうもいかない。


「熊沢課長から聞いたの」

『熊沢課長? 何を聞いた』

「あなたが圭を庇っていたって……」


謙からはしばらく言葉が戻らなかった。

やっと開いた口からは、君も忙しいなというセリフが返ってくる。


「忙しい?」

『あぁ、そうだ。怒りをぶつけてみたり、謝罪してみたり』


確かに、謙にはいつも怒りをぶつけるか、謝るかのどちらかだった。

何も言い返せないと思い、言葉が止まる。


『勘違いをするな。梶本を残そうとしたのは、君のためではない。
うちにとって必要な人材だとそう思ったからしたことだ』

「……はい」

『結局、人事の決定を覆せなかったのだから、まぁ、しなかったことと変わらない』


人にも厳しいが、自分にも厳しい。それが謙のスタイル。


「結果は仕方がないわ、ただ、そうしてくれたことが嬉しかっただけです」


それは本当に心の底から思うことだった。

あれだけ彼と仲良くしていた高野さんや井上さんは、すっかり圭が辞めることを認め、

どんな仕事をするのかと、逆に妙な興味だけを持っている。


「とにかく、ごめんなさい……」

『……歌穂』

「はい」

『今は自分のことを考えろ』


『東日本』と『成和』の勢力争い。

謙は私にそれだけを告げると、まだ人と会う予定だからと、電話を切った。



【16-1】

感情を出せる人と、出せない人がいる。
思いの深さは、言葉だけで知ることは出来ず……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

いつも楽しみにしています。
歌穂の苦悩に胸が痛くなります。
どうか幸せになりますように。

irohaさん、こんばんは
コメント、ありがとうございます。

>歌穂の苦悩に胸が痛くなります。
 どうか幸せになりますように。

そうですね、今、歌穂の心中は複雑なところです。
結末がどうなるのかは言えませんけれど、
どうか、最後までおつきあいください。