16 追い込まれる男 【16-4】

【16-4】

「どうぞ、ご遠慮なく納めてください」

「……どういうことでしょうか」

「どういう……とは」


これだけのものを、差し出してくれるとなると、

それなりに交換条件があるのだとそう思った。母に離婚するように説得しろとか、

自分の存在を認めろとか、そういうことだろうか。


「何も裏はありません。
お父様から歌穂さんが、お金を男の人のために用意しようとしている話を聞きまして、
そのお気持に賛同したいと、思っただけです」


父は、坂口弥生に、私が男への愛情に溺れ、ただ貢ごうとしているのだと、

説明したらしい。この女からお金を借りるのは、

気持ちとして受け入れたくはないものだったが、

この500万円があれば、確かに土地を売る必要はなくなるかもしれない。


「男の思いに応えるのが、度胸のある女のすることです。
私への憎しみにこだわって、この機会を流してしまうのは、もったいないですよ」


坂口弥生はそういうと、もう一度、あらためて私の方へお金を押し出した。

そういえば、父が彼女を愛し始めたのは、まだ大学の助教授時代だった。

当時教授をしていた男性との接待に、この店をよく使ったとそう聞いたことがある。

坂口弥生は、父と貢ぐべき男だと思い、自分の力を最大限発揮し、

ここまで持ちあげたのだろうか。


「昔もこうして……父を支えたのですか」


『神南大学 心理学部教授』として、名をあげる父を、

この女性は、影でお金を使い、支えてきた。



父を頼りにすることしか出来ない母とは、全く違う愛し方で……



「私の……愛し方ですので……」



坂口弥生の笑みが、過去の積み重ねに対する自信に思えた。

私は封筒を、そのまま彼女へ押し返す。


「これは結構です。私はこれを受け取るつもりはありません」

「歌穂さん」

「いえ、正直に言えば、ここへ来るまではお借りするつもりでした。
彼と二人で返していけば、それでいいとこだわりも捨てるつもりでした。
でも、今は違います」

「違う……とは?」

「私は、私のやり方で、彼を『愛する』つもりです」


今、ハッキリとわかった。

私が何をし、どうすべきなのか。

座布団から下へ降り、あらためて坂口弥生に頭を下げる。

あなたを一生認めることはないだろうが、今日は私が頭を下げるべき日。


「本当にいいのですか」

「はい」


私は襖を開け廊下へ出ると、通り過ぎる従業員たちに頭を下げ、そのまま店を出た。





仕事に乗り気だった圭。

その後押しをしようとした事務所。

美大を目指す妹と、野菜作りを生きがいとしている両親や伯父夫婦。


仕事をするのなら頂点を見るべきと言った謙。

そして、『愛』のためには手段を選ばない坂口弥生。


色々な人たちを関わりながら、私は一つの結論を見出した。

カレンダーは着実に2月へ向かっている。

一歩ずつ前に進み、マンションの灯りを確認すると、私は圭の部屋を尋ねた。


「はい」

「こんばんは」


圭は私が定時に出たのに、マンションへ戻らなかったので、

何かがあったのか気にしていたと、そう言ってくれた。

自分だって遅くなるときがあるのに、私の時にはいつも心配する。

出会った頃と、彼は何も変わっていない。

私は、たまには人と会うこともあるのと言い、買ってきたチューハイの缶を開ける。


「グラス……貸して」

「何? なんだか明るいけれど、いいことがあった?」


いいことがあるわけではない。

とてつもなく、哀しい気分だけれど、それでも気持ちはしっかりしていた。

これをしなければ、きっと私は後悔する。

圭と半分ずつグラスにお酒を入れ、軽い乾杯をした。

一緒に買ったつまみを、テーブルに並べてもらう。


「ねぇ、圭」

「何?」

「『Rioni』のモデル、引き受けて」


圭の表情が一瞬で暗くなった。何を言っているのかと言う表情で、

それについてはもう話をしたはずだと、言い返される。


「ううん、話なんてしていないでしょ。私は何も納得していなかったもの」

「歌穂」

「銀行を辞めて、向かないかもしれないと思った仕事に、
もう一度チャレンジすることが決まった。
だとしたら、モチベーションをあげるためにも、最高の舞台に上がるべきだとそう思う」


どうせチラシの仕事くらいしか出来ないだろうと言っていた、

高野さんや井上さんの鼻を明かして欲しい。

圭は望まれて銀行を去るのだと、そう思って欲しい。


「運は平等にあるのかもしれないけれど、つかまなければ逃げていくもの。
戦う姿勢がなければ、モデルの仕事もきっとうまくいかないと思うから」


謙は確かに厳しいが、彼は自分の思いを貫いている。

だからこそ強く、前へ進めるのだろう。

圭だってきっと……そう出来る。


「私、決めたから」

「……条件はわかっているよね」

「わかっているわ。その覚悟もつけてきた」


つけてきた……わけではない。つけなければと必死に思っている。

失いたくない人だけれど、私が、お金や意地で、縛り付けてはいけない人なのだ。

『選ばれる人』というのが、この世にはいるはず。


「何があったの? 工藤さんから連絡があった? それとも社長?」

「誰からもないわよ、本当に。工藤さんは一度お話させていただいただけだし、
社長さんの顔は、全く知らない。私が悩んで考えて、出した結論」

「歌穂にとっては、俺はそれだけのものなの?」

「……違う」


私は圭にわかるように首を振り、言葉を否定した。

『それだけのもの』ではないからこそ、

私にとって大切な人だからこそ、ここまで悩みぬいたのだから……



【16-5】

『愛し方』は、人それぞれ。
迷い込んだ迷路の先にある道は、どこにつながるのか……
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