16 追い込まれる男 【16-5】

【16-5】

圭の言うとおりに、知らない顔をして通り過ぎることも出来たが、

それでは自分が一生、後悔するような気がした。

私を守ることで、何も守れないのなら、それを受け入れることなど出来ない。


「圭が全くやる気がなかったのなら、また別かもしれない。
でも、あなたは条件を出される前まで、引き受けるつもりだったでしょ。
だからこそ銀行も2月で辞める決心をしたし、事務所の方と、
準備だってしてきていたはず」


すぐに『わかった』と受け入れてくれないことくらい覚悟してきた。

それでも、私は気持ちを曲げるつもりはないと、ここは強く出る。


「あなたがこの場所を借りた理由、向こう岸で経営していた、小さな工場の思い出。
それを感じられる場所だから借りたって、前に言っていたわよね。
私も同じ、父が優しかった頃の思い出を、ここにいると感じることが出来るから、
だから住み続けている」


無くしてしまったものを、思い出せるのが、『竹原川花火大会』。


「思い出は確かに残るけれど、でも、失ったことには変わりないの。
あなたにまた、同じ思いをさせたくないから」

「歌穂……」

「今なら……今の圭なら、ご両親や伯父さんご夫婦の思いも、
それから目指したいものがある妹さんの思いも、続けてあげることが出来るのよ」


それまで攻撃的だった圭の目が、少しずつ迷いの色を見せていく。

優しい人だから、きっと、辛いだろう。


「あなたの出発を、後押ししてあげられるのだと思うと、私は……」



私は……



「寂しいとは思わないから……」



『失う』のではなく、『旅立ち』をさせるのだと、私はそう言い切った。

圭とは静かな時間が続く。

1時間ほどの中で、結論は出すことが出来ず、その日は黙って部屋へ戻った。





「はぁ……」


涙など見せまいと、圭の前では必死に振舞った。

自分の考えを全て話し、仕事をすることが正しいのだと、そう言い切った。



でも……本音はとてつもなく寂しく、今この瞬間にも心が凍えそうになる。



私は、あえて自分でやることを見つけ出し、何も考えないようにした。





カレンダーは2月に入った。

『寺道支店』にいた女性が二人、『森口支店』へ異動になる。

4月からはさらに3名が増えることになっていて、

しばらくはまた、慌しい日が続く予感がした。


「失礼します」


その中で、私は午後に、支店長室へ呼び出された。

謙に指示されてソファーに座ると、

春から2階の融資へ異動してもらえないかと切り出される。


「融資へ?」

「熊沢課長からも、米森さんならと許可を得た。
『寺道支店』からの異動組をと思ったのだが、少し経験が浅いし、
支店が違うとそれだけやり方も違う可能性があるだろう。
高野さんと井上さんが下にはいるので、君には……と」


『東日本』に入ってから、長い間お客様の前で仕事をしてきたため、

どこか寂しい気もしたが、それだけ年数を重ねているのだから、

仕事の内容が動くのは仕方がない。


「そうですね、若い方がお店の前面に出たほうが……」

「嫌味を言うな」

「……わかっています」


正式な人事が決まれば、また報告すると言われ、私は席を立った。


「歌穂……」


謙の声に振り返る。


「君のところに、妙な電話がかかってくることはないか」

「妙な電話?」

「あぁ……」

「どういう?」

「……かかっていないのなら、それでいい」


謙はそういうと、背を向け、また仕事をしようとした。

私はドアノブに手をかけたが、気になってしまいもう一度ソファーの方へ戻る。


「どういうことなの? 説明して」

「確信があるわけではない……」

「でも、もしかしたらこれから、そういうことがあるかもしれないってことでしょ」


私の言葉に、謙は手を止め、確かにそうかもしれないと頷いた。

『東日本』と『成和』の合併後にくすぶる話が、絡むのだろうか。


「理央が……何かをしている気がするんだ」

「奥さんが?」


謙との離婚を了承したという奥さんが、私に何をしてくると言うのだろうか。

あれ以来、会ってもいないし、電話もかけられたことはない。


「『はやぶさ証券』とのことを、粕谷が言い出したのも、
もしかしたら……という思いがあってね。で、先に君に状況を聞いてみた。
何もないのならいいんだ。僕の思い違いかもしれない」


『はやぶさ証券』と『粕谷部長』と『奥さん』。

私には何もわからない。


「何かあったら、僕に教えてくれ」


謙はそれだけを言うと私に背を向け、ファイルをあれこれ取り出し、

すぐに仕事を開始した。





『今日、時間があるのなら、話をしたい』



仕事中、こんなメールを寄こしたのは圭だった。



【16-6】

『愛し方』は、人それぞれ。
迷い込んだ迷路の先にある道は、どこにつながるのか……
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